「高級ですけど何か?」と言わんばかりのいかにもなマンションの前で、神埼たちは昨日と同じようにぼけーっと口を開けて見上げていた。

「なんつーか、ムカつく通り越して引くよな」
「姫川先輩、ヘリも持ってんスかねー」
「さーな」

はしゃぐ由加に、隣に立つ神埼は心底興味の無さげな返事をした。
それが不服だったのか、由加は神埼の服の袖を掴むとぐいぐいと引っ張って抗議する。

「でもヘリっスよヘリ!? 乗りたくないんスか先輩は!」
「別にー」
「言ったら乗せてくれないっスかねぇ、姫川先輩…」
「……知らね」

そう答えた神埼が不機嫌な表情になっていることに気付くと、由加は首をかしげて下から覗き込んだ。
神埼は呑気な顔をした由加をじろりとにらみ返す。

「な、なんスか」
「別にヘリなんざ、持ってなくたって乗れんだろ」
「え? まじスか?」
「遊覧飛行で15分いくら、とかのコースがあったりすんだよ」
「へーーー! 物知りっスね神埼先輩!」
「ふ…まぁな」

由加に素直に褒められて、神埼の機嫌は多少復活する。
その隣でうずうずとテンションを上げながら、由加は満面の笑みを神埼へと送る。

「じゃあ今度よろしくっス!」
「あ?」
「楽しみだなー。そだ、この日曜とかどうスか?」
「勝手に決めんなパー子の分際で」
「え、日曜ダメっスか」
「ダメだ。第一昼間飛んで何が楽しいんだよ。普通夜景とか見るんじゃねぇーのか」
「じゃあ土曜の夜とか」
「土曜ねぇ……」

マンションの前には古市とラミア、そしてマンションの住人である姫川を除いた昨夜と同じメンバーが既に集合している。
彼らの存在に気付いていないはずもなく、おそらく忘れているのかもしくは気にしていないのであろう二人の会話の僅かな隙を狙って、夏目が笑いながら口を挟む。

「神崎君、みんな揃ったし入らない?」

そう言われてようやく神埼と由加が全員の方を見た。
二人揃って、自分たちの会話が周りからどういう風に受け取られていたかについて考えもしていない表情だった。
神埼は平然と「だな」と頷き、マンション入口のオートロックのパネルの前に立ち、昨日教えられた部屋番号をプッシュする。

「ひーめかーわくん!!」
「あーそーぼっ!!」

打ち合わせでもしていたかの如き神埼と由加のハモリがスピーカー越しに中の姫川に届くと、呆れた姫川の声と共に入口のドアが開く。
同時に住人らしき女性が中から出てきて、神埼たちの横を通り過ぎると階段を下りて行った。
ピシッとしたスーツを着て、綺麗な姿勢でカツカツとヒールを鳴らして歩く女性の後ろ姿を、由加は呆けたように見送った。
「ドキドキするっス」と言いながら挙動不審になっている由加の頭を、神埼は拳で軽くつついた。

「堂々としてろ、バカ」
「だってキャリアウーマンって、何かかっけースよね」
「まぁお前にはムリだろうな、ああなるのは」
「姫川先輩の彼女っスかね」
「あ〜〜〜?」
「だって姫川先輩、よくああいうナイスバディな女子連れてるじゃないっスか」

確かになぁ、と神埼は学校での姫川の様子を思い出す。
ほぼ金の力ではあるだろうが、美人な女を両手にはべらせて偉そうにふんぞりかえっているのを何度か目撃した。

「さっきの女がどうかは知んねーけど、あの野郎の好みっぽいな」
「はーーー何か住む世界が違う……」

エレベーターで25階に到着し、既に来ていた古市たちと合流すると、一同は姫川に言われたゲーム部屋のうちの一部屋へと向かう。
「部屋」とは言え、それぞれが5人家族でも十分暮らせるような広さの「住居」である。
この階の部屋の全てが姫川のものなので当然他の人間の気配はなく、午前10時にしてはやけに静かなフロアを歩きながら、神埼はちらりと横目で由加を見下ろした。

「何スか?」
「……いや、お前…姫川の取り巻きにでもなりてーの」
「はぁ? 何でそんな話になるんスか」
「何となく」
「別になりたくないっスよ。キャリアウーマンもムリだって分かってます」
「あっそ」
「ていうか」

目的の部屋の前に到着し、神埼が扉を開ける。
その背中に向かって由加は尋ねた。

「神崎先輩はああいうのは好みっスか?」
「ああいうの?」
「キャリアウーマン」
「………」

ドアを半分開いてノブに手をかけたまま止まり、神埼は振り返り由加を見つめた。
由加の後ろでは夏目を始め他の面々が、それぞれ微妙な表情で神埼の答えをこっそりと待っている。
当の由加は由加で、まるで主人からボールが投げられるのを待つ子犬のように目を輝かせて待機していた。

「……オレは別に、ああいうのが好みってわけじゃねーけど」
「よかった! ならイイっス!」

由加はそう言って笑うと、神埼の横をすり抜けるようにして「お邪魔するっス姫川先輩!」と叫んで中に一番乗りで入って行った。

「………」
「いやー、甘酸っぱいね神崎君」
「うるせーぞ夏目」

アハハハと笑う夏目に肩を叩かれ、それを振り払いながら神埼も中へと入った。
既に靴を脱いであがっていた由加が、振り返り神埼へと笑顔を見せている。

「神崎先輩! 早く早く! なんかすげーっスよ! パネェっス!」

ぶんぶんと必死に手を振る由加を見て、神埼は思わず笑ってしまう。

「はしゃぐな、パー子」


好みのタイプは?と聞かれなくてよかったな、と思ったことは、決して口に出さなかった。


(了)




『強いて言うならお前みたいな。』

バブ96あたりの神花妄想。
この二人かわいすぎだよね。
さっさと結婚しろ。

2011/06/21 UP

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