自分のベッドで呑気に寝こけている男を見下ろしながら、ヒルダはフンと鼻を鳴らした。
かなりの傷を負ってはいるが、寝顔を見る限り問題はなさそうだった。
ベッドの脇に腰をおろし、脚を組む。
ベル坊は男鹿の隣ではなく足元あたりで眠っており、ヒルダはその体にシーツをかけ直す。
ついでに男鹿のシーツも首までひっぱりあげてやり、さらについでに額に触れてみた。
熱は出ていない。

『オレが親だからだ』

あれほど嫌がっていたくせに、生意気な口を利くようになった。
フフッと笑って、剥げかけている頬の絆創膏をぎゅうと押さえて貼りなおす。

「ヒルダさん、夕食ですよー」
「ヒルダ姉様?」

ガチャリと部屋のドアが開き、古市とラミアが仲良く顔を覗かせる。
ヒルダは男鹿の頬に、正確には絆創膏に手を添えたままでそちらを向いた。

「あぁ、すぐに行くから、先に食べておいてくれるか」
「え、食欲無いんですか? 大丈夫?」
「……ほら行くわよ古市」
「へ?」
「邪魔なのよアンタ」
「なんでいきなり暴言!?」

ラミアに蹴られながら古市も渋々と引っこんで、階下へと戻っていった。
どうやら何らかの誤解をしたラミアが気を遣ったらしく、的外れなそれにヒルダはまた笑った。

男鹿の学校の連中は、ヒルダのことを「嫁」と呼んでいる。
面倒なのでいちいち否定はしないしそういう事にしておいた方が便利そうだが、実際にそんな関係にあるわけではない。
確かに、ヒルダはベル坊の母親代わりとしてここにいる。
男鹿も、この世界での親としてここにいる。
それでも、ヒルダと男鹿が夫婦ということにはならない。
たとえ二人が同じベッドで眠ったとしても、男鹿がヒルダに手を出すことはないだろう。
不良のくせに妙なところで律儀で、奥手とでも言うのだろうか。
鈍いという言葉の方が似合う気もするが、とにかくヒルダは男鹿からそういう類の行為をされたことはなかった。

「……まぁ、この男に女の扱い方が解るとも思えんな」

誰も聞いていない独り言を呟いて、ヒルダは男鹿の顔の横に手をつくとゆっくりと上体を近づけた。
互いの息を感じるほどの距離まで近づいて、ぴたりと止まる。
閉じられたままの男鹿の目を見ながら、しばらくそのままでいてそれから苦笑した。

「やめ、だ」

どうして自分から、しかも相手の意識の無いときになど。

ヒルダは体を起こして、男鹿の鼻をつまんだ。
呼吸が苦しくなったのか、「んが」と変な声を出しながら顔をしかめる男鹿の姿にクスリと笑う。

「今回は良い働きだった」

鼻から手を離すと、男鹿は険しい顔でしばらく唸っていたがやがて穏やかな寝顔に戻って安定した寝息を立て始める。

「続きは褒美として与えてやる。貴様が起きたらな」

眠っている本人に聞こえるはずもないが、ヒルダはそう言い捨てて立ち上がった。

さぁ、いつになれば目覚めるか。
楽しみにしている自分には気付かないフリをして、ヒルダは部屋を出て行った。


(了)




『一歩手前』

バブ110あたりの妄想。

2011/06/13 UP

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