「どうやったらコーラを頭からかぶるんだよ」
「貴様が零したのだろうが。つべこべ言わずに手を動かせ」
「うるせぇな。いつもみたくてめぇが洗えばいいだろ」
「貴様も親ならそのくらいしろ」
「親じゃねぇ」
ブツブツ言いながらも、男鹿はTシャツの袖を捲くりあげ、風呂場のイスにちょこんと座る赤ん坊を見下ろした。
「…ちょいちょいっと拭きゃいーんじゃねーの?」
「今日は暑い。涼みも兼ねて早く洗って差し上げろ」
「へーへー」
男鹿は溜息と共にベルの後ろに座り込むとシャワーの水を豪快にぶっかけ、ボトルからガンガンとシャンプーを出して、緑色のアタマに乱暴に擦りつけて泡立てた。
「目に入らないようにしろ、泣いてしまうぞ」
「つかてめぇも手伝え。流し担当だ、流し」
男鹿の後ろで仁王立ちしていたヒルダだったが、その発言に靴下を脱いで風呂場の中に入ると、浴槽の縁に腰掛けた。
「ふん、素直じゃねーか」
「坊ちゃまのためだ」
ヒルダは素っ気無くそう応えて、そう床に転がっていたシャワーヘッドを拾い上げてから蛇口を捻って水を出す。
小さな体で大人しく頭を洗われている魔王は、男鹿のおぼつかない手つきの洗髪とはいえ気持ちいいのか、ご機嫌な様子で時折『ダ、』と声を漏らしている。
力の加減が分からないらしい男鹿のせいで、ガクガクと頭が左右に揺れることもあるが、それすらもどうやら楽しいらしい。
坊ちゃまが、喜んでらっしゃる。
ヒルダも満足気に微笑んで、男鹿に視線を移した。
ケンカ中の凶暴な顔つきとはまた違うが、やはりガラの悪い顔で子供の頭を懸命に洗っている。
この世界では一般男子高校生が他人、しかも赤ん坊の頭を洗うことなどそうは無い。
慣れぬ手つきなのも致し方ないことなのだろう。
ヒルダはまたフッと微笑んだが、目が合った男鹿に『何笑ってんだコノヤロウ』と言われたのですぐにいつもの冷たい顔に戻り『キビキビ手を動かせ、ドブ男』と返した。
ピキ…と額に血管を浮かばせつつも、男鹿は『よし、流すぞ』と言って泡まみれのベルの頭を顎で示した。
水の温度を確認してから、ヒルダはシャワーの水をベルの頭に向ける。
勢いの良い水と共に、白い泡が流れていく。
ベルはぎゅうと目を閉じて、やはり男鹿の乱暴な手つきでガクガク頭を揺らしながら、流れていく泡の感覚を楽しんでいた。
「貴様も手を動かせ。ほらそこ、根元にまだ泡が残っている」
「うるせーなーいちいち。オカンかてめぇは」
何となくムカついたので、ヒルダはシャワーの先を男鹿に向けた。
「冷て!!」
突然頭から冷水をかぶるハメになった男鹿は叫んで立ち上がり、ヒルダを睨みつける。
「何すんだてめぇ!! 風邪引いたらどうしてくれる!?」
「人間は、バカは風邪を引かないと聞いたが?」
「てんめぇ…」
ヒクヒクと口元を引きつらせながら、男鹿はシャワーを奪い取ると今度はヒルダの顔面に思いきり水をかけた。
「っ貴様!!」
「はっはっは!!」
ヒルダは手で水の攻撃から体を庇おうとするが、悪魔の表情を見せる人間は水をぶっかけ続けている。
逃げようにも浴槽の縁に座っていたので逃げ場は無く、結局全身ズブ濡れになった。
髪やスカートの裾がペタリと体に張り付いて、その感触が何とも気持ち悪い。
濡れ鼠になった姿に満足したのか、男鹿は高笑いしながら立ったままでベルの頭にシャワーの水を戻した。
ベルも二人の様子に声を上げて笑っていた。
額に張り付いた髪を払いながら、ヒルダは静かに立ち上がった。
「…人間の分際で、ナメた真似を……」
「…え、ちょ、ま」
何故か持っているいつもの仕込み傘に気付いた男鹿は、ギクリと身を強張らせる。
こんな狭い風呂場で刃物なんざ振り回されては、たまったものではない。
「わ、悪かったって。落ち着け、な?」
「お仕置きが必要だな…」
「ダ?」
「ちょ、待てって。血ぃ見たらベル坊が」
「黙れ」
水分が蒸発してるんじゃなかろうか、と思う程にドス黒いオーラを全身から出しているヒルダが刀を抜き終わる前に、男鹿は両手でガッチリとそれを握ってどうにか止めた。
足元では、放り投げられたシャワーヘッドが水を撒き散らしながら暴れている。
ベルはそれを見下ろして喜んでいる。
「離せ、クズが」
「待てって! ここで暴れたらベル坊も怪我すんぞ!」
「………」
一瞬ヒルダが躊躇したところで、男鹿は傘を奪いにかかる。
だがすぐに察したヒルダが抵抗し、その拍子に足元で暴れ続けていたシャワーヘッドを踏んでしまい、バランスを崩したヒルダと共に傘を掴んだままだった男鹿も巻き添えを食らった。
ヒルダは背中から倒れかけたが、男鹿は咄嗟に片手を離すと倒れる直前に床につき、傘を掴んだ腕を逆に天井に向けて引っぱり上げた。
おかげで同じく傘を掴んだままだったヒルダは、グンと持ち上げられて床に激突することは避けられたが、水に手を滑らせた男鹿が結局潰れて、ヒルダもその隣に倒れてしまった。
大した痛みは無かったがもろに顔面から床に潰れた男鹿の方は、片腕をついたまま上半身を起こし『いてーなクソ』と呟く。
ヒルダは自分の上に半ば覆いかぶさるような男鹿の顔を見上げ、その鼻が赤くなっていることに気付いた。
傘から手を離し、目の前の男の鼻をぎゅうとつまんだ。
「…何しやがる」
「…案ずるな、血は出ていない」
「あーそーかよ。いってーなクソ、てめぇのせいだぞ」
「元はと言えば貴様のせいだろう」
「いやいやそっちだろーがどーーーぉ考えても!」
「目の前で叫ぶな、響いて五月蝿い」
「くっ…!!」
自分の体の下に横たわるヒルダを見下ろしながら、『首締めてやろーかこいつ』と考えたのと同時に、男鹿は開けっ放しだった風呂場の扉から視線を感じた。
二人揃ってそちらに目をやると、そこには微妙な表情をした男鹿の父親の姿あった。
「………」
「………」
「………こ、こここここ」
ニワトリ?と呑気な男鹿の心中とは反対に、父はフルフルと震えながらビシリと指を突き出した。
「子供の見とる前で何をイチャついとるかたつみーーーーー!!!!!!」
「…なっ!?」
「………」
「ダッ!」
案の定、誤解だという説明も聞いてもらえぬまま、男鹿は家族から「エロ大王」だの「万年下半身野郎」だの「青春真っ盛り」だのと責められるハメになるのであった。
もちろん、ヒルダが助け舟を出すことはなかった。
『バス・タイム』
バブ23の表紙ネタだよ。
ベルゼは全ての回+表紙でネタが出来そうだよね。
大変。
2010/02/01 UP
TOP
SEO | [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送 | ||