ダンス!ダンス!ダンス!




日が陰り、夕闇に包まれる頃、人々は町の灯りに集まってくる。
夕飯を食べ、お酒を飲みに、友達と語らいに、恋人と逢うために……。
昼間とは違い、何処かホッとしたような顔をした人々の中を、若い3人組が歩いていく。
「結構、賑やかだなーー!スゲー!」
麦わら帽子を被った少年が、嬉しそうに辺りをキョロキョロと見渡している。
やがて香ばしい匂いに釣られて、串焼きの屋台に釘付けになった。
分厚く斬った肉にテラリと光るタレがたっぷりとかかり、それが真っ赤になった炭にポタリと落ちる。堪らなく食欲をそそる匂いが漂う。
「うあああ!!美味そう〜〜!おい、ナミ!これ!これ買ってくれ!」
「……私はアンタのお母さんか……」
憮然とした顔で、ナミが呟く。
いっそ天真爛漫なぐらい、ブンブンと手を振っているルフィに、同じ年ぐらいだろう娘達がクスクスと笑って通り過ぎていった。
「もう!アイツの事はアンタが面倒みてよ!」
ナミは憤然とした表情で、後ろから歩いてくる男を振り返った。
「俺はアイツの父親じゃねェよ」
ロロノア・ゾロはそう言って、ふああと大きな欠伸をする。
「でも船長でしょ!お仲間なんでしょ!」
「テメエは?」
あっさりと告げるゾロに、ナミはビシッと指を指した。
「違うわよ!何べん言わせるのよ。私はただ手を組んだだけ!海賊の仲間になんてなった覚えはないわ!」
強く言いきったナミを、ゾロはふーんという顔で見つめ、興味なさそうに横を通り過ぎた。
「んもう!」
なんなんだ、コイツらは。
(やっぱり早まったかも……手を組むにしてももっと別のを選べば良かった)
最初はもっと単純な奴らだと思っていた。
与しやすい、騙しやすい。さんざん利用して金をふんだくってやろうと。
だが、コイツらときたら……。
(海賊らしくないのよねぇ……)
少なくとも彼らは今まで彼女が知っている海賊とは、全然違う。
「おいナミ〜〜!なにしてるんだよ〜〜!なくなっちゃうだろ〜〜!」
そう叫いて、子供のように地団駄を踏んでいる男は、全くもって海賊に見えない。
そして、ちょっとよそ見をしたと思ったら、今きた道を平気で戻ろうとするような男は、全然血に飢えた野獣には見えない。
「ルフィ!これから夕飯を食べるんだから我慢しなさい!ゾロ!アンタまた船に戻るつもりなの?ちゃんと帰ってきなさい!」
そして、それをこうして面倒見ている自分がいる。
海賊嫌いの自分がだ。
まったく、どうなっているのかさっぱり判らない。



「全く、アンタそれでも海賊の船長なの?」
テーブルについたナミはそう言って、やれやれと溜息をついた。
ルフィがポカンとした顔で、ナミに向き直る。
「なんだ。おまえ、誰の仲間になったと思ってるんだ」
「私は誰の仲間にもなってません!」
「おばちゃーん!肉ー!肉持ってきてくれ!」
「人の話を聞け!」
「俺はとりあえず酒」
「アンタもよッ!」
マイペースに物事を進める2人に、またもやナミは切れかける。
横のテーブルにいた男が、不思議そうに彼らを振り返り、ナミは思わず赤面した。
ルフィが鼻を利かして見つけた「美味そうな」店は、地元の人間での混み具合といい繁盛しているようだった。
店の奥ではバイオリン弾きが優しい音色を響かせ、時折テーブルからチップを貰っていた。
そのテーブルの合間を、ふっくらとした女将がキビキビとした動作で料理を運んでくる。
ナミがざっと見たメニューを見ても値段は手頃だし、料理もたっぷりと入ってるようだ。
「いらっしゃい。まあ、私も店やって長いけど、肉持ってこいなんて注文初めてだよ」
笑いながらそう注文を取りにきた女将は、人の良さそうな笑顔を見せた。
釣られてナミも微笑むと、いくつか料理と酒を注文した。
だがルフィは不満そうだ。
「えー!?それっぽっちか?たりねえよ……」
「……アンタね、さっきの串焼きもキッチリ食べたくせに、何言ってるの?」
思わずガックリと肩を落とすナミに、ルフィはシシッと笑った。
「だって、美味そうだったんだもんよ〜〜」
ナミが我慢しろと怒鳴った時は、すでにルフィは串焼きを勝手に食べた後だった。
呑気な顔で「金はアイツから貰ってくれ」と言うルフィに、思い切り拳を打ち込んだのは言うまでもない。
「だってじゃないでしょ!もう、そういう所が子供だって言ってるのよ!!」
怒るナミに、ルフィは唇を尖らせた。
「俺の何処が子供なんだよー!それならナミだって子供だろー!」
「私の何処が子供なのよ!」
「じゃあ、おばさんか?」
先程から黙って2人の会話を聞いていたゾロが、何気なく突っ込む。
もちろん、こっちも遠慮なく殴った。
「こんな可愛い娘を捕まえてナニ言ってるのよ!揃いも揃って!」
「自分で言うかよ……」
「じゃあ、いくつなんだ?」
「私はまだ十なな……あ……」
そう言いかけて、思わずハッと気づいたように腰を浮かせた。
「今日……今日って何日!?」
急に挙動不審になったナミに、2人は不思議そうな顔をして、並んで首を振った。
「しらねえ」
「もう!」
キョロキョロと辺りを見渡す。
今にも剥がれ落ちそうなカレンダーが目にとまった。
丁寧に過ぎた日に×印がつけられてあるそれを見て、ガックリと力が抜けた。
「……ああ……18になったんだわ……」
「へ!?」
「今日よ……誕生日だったの」
そう呟いた声は、ナミ自身も呆れるほど力が抜けている。
今年の誕生日は島に帰ろうと思っていたのに……自分の為……というよりノジコの為に。
彼女はこの日、いつもご馳走を用意して自分を待ってくれている。
帰ってこれるか来れないかも判らない自分の為に、毎年、毎年だ。
そして今年も恐らく。
すっかり気の抜けたナミの耳に、ルフィの明るい声が飛び込んでくる。
「おおーー!お前の誕生日かーー!じゃあ宴だな!」
「……はあ?」
こいつ何を言ってるのか……と思いつつ、眉間に皺を寄せて振り返ったナミに、ルフィはとっておきの笑顔を向けた。
「俺の仲間の誕生日だからなっ!ちゃんと祝わねえと!」
「……って、何を言ってるの?だから私は……」
仲間なんかじゃないと言いかけたのだが、遅かった。ルフィはあっという間に厨房へと飛んでいき、忙しそうに働く女将を捕まえる。
「おばちゃーーん!ケーキ焼いてくれよーー!」
「へえ?」
突然の言葉に女将は、不思議そうにルフィとナミを見比べている。
「ケーキっても、うちじゃあ、そんなメニューは……」
「頼むよ〜〜!俺の仲間が今日、誕生日なんだ!」
ハッハッハと笑うルフィに、ナミはカァッと頬を染めた。
だが女将さんはその朗らかな笑いに、思わず相好を崩している。
「おやまあ、そうかい!そりゃ目出度いね」
「だろっ!しかも自分でそれ忘れてるんだから間抜けだよな〜〜」
「おやおや、こんな可愛い娘さんが、自分の誕生日も忘れちゃんなんてねぇ」
「ちょ、ちょっとルフィ!アンタ何を言ってるのよ!」
慌てるナミに、女将は顔をほころばせながら振り返った。
「いいよ!特別に焼いてあげるよ。どんなケーキがいいんだい?」
「えっ……」
そう言って、ニコニコと振り返った女将さんの笑顔に、思わず口ごもる。
何だか懐かしいような暖かい笑顔は、胸の奥に閉じこめた風景を揺り動かした。
「……えっと……でも……」
「遠慮なんてガラじゃねェだろ」
完全に高みからの見物になっているゾロが、面白そうに口を挟む。
「何よ、それ……」
そう態と強がるように言った口調は、どこか迷っっていて。
ナミはゾロとルフィと女将を交互に見つめてから、やがて彼女らしからぬ様子でモジモジとして呟いた。
「……じゃあ……あの……オレンジケーキとか……」
「オレンジだね?判った、ちょいと待っておいておくれ。それまで……」
そう言って、そのまるまると太った手をパンパンと打ち鳴らす。
それぞれに賑やかだったテーブルの客、演奏をしていたバイオリン弾きが、何事かと振り返る。
「ちょいとみんな聞いておくれよ。こちらの旅のお嬢さんが今日目出度く誕生日だってさ!」
「おぉーー!」
「そりゃあ素晴らしい!」
「おめでとう!お嬢さん!」
人々はワッと歓声を上げて、口々にナミに向かって祝福を述べる。グラスを掲げ、口笛を鳴らす。
「あ……ありがとう……」
ナミは大きな瞳を更に広げて、思い切り面食らっていた。
こんな風に大勢の人達に「おめでとう」と言われたのはいついらいだろう?
過去に封印してしまった遠い昔が思い出される。
村から離れた小さな家に、村人が集まってきてお祝いしてくれた遠い昔を。
少しぼぉっとしているナミにルフィはニカッと笑ってみせると、バイオリン弾きに向かってパチンと指を鳴らした。
「おっちゃん!なんか賑やかな曲、頼むよ!」
「おう、任せとけ!」
言うが早いが、先程までの落ち着いた曲とは打ってかわって、賑やかでリズミカルな音色がバイオリンから放たれる。
店中の客はワッと沸いて、自分達のテーブルを端へとどけ始めた。
直ぐに店の真ん中に、ちょっとしたスペースが出来上がる。
「ほら、行くぞナミ!」
「えぇええ!!??ちょ、ちょっと!」
ナミが驚いてももう遅い。
伸びてきたルフィに腕を捕まれるが早いが、すぐさまその開いたスペースに連れ出される。他の客もなだれ込むように、その中に入ってきた。
あっという間に、そこは踊り場となった。
老人も若いのも、男も女も、上手なのも下手くそなのも、誰もが思い思いにステップを踏み、側にいた他人と腕を組み踊り出す。
ナミはそんな彼らと次々と手を取り、グルリと回されてはまた次の手に委ねられる。
目が回りそうな程、目眩く交わるダンス。
人々の降るような好意と笑顔。
全くの他人と手を取り踊りあう昂揚と一体感。
目眩がした。倒れそうなほど。
だが気がつけばナミは笑っていた。笑っている自分に驚いていた。
知らない爺ちゃんと踊っていた。
知らない小母さんと腕を組んでいた。
名前も知らない厳つい親父と笑いかけられ、初めて会った青年に投げキスをされた。
振り向けばルフィが笑っている。口がバカみたいに広がっていた。
その後ろで、ゾロが1人だけ席についたまま酒を飲んでいる。その顔が笑っている。
(なに、アイツ1人だけクールぶっちゃって)
そう思った自分も、笑ってる。
ルフィもすぐに気づき、不満そうにテーブルに走っていった。
「何だよーー!ゾロも踊れよーー!」
「ああ?別に……俺はいいだろ」
「なに言ってるんだ!ナミの誕生日なんだからよっ……ッと!」
「どわあぁ!!」
ルフィがゾロの襟首を引っつかんでぶん投げた。
キャーという悲鳴を掻き分けるようにして、男が蹈鞴を踏みながらナミにぶつかってきた。
「キャッ!」
「っとと」
ドンとぶつかってきた男は勢い込んでナミともつれ合う。
結果的に抱き合うようになって、2人は中央に転がりかけた。
驚いた人達が身を引いたせいで、真ん中の2人が妙に浮き上がる。
途端に、ヒューヒューと冷やかしの声が上がった。
「うお!なんでなんでぇ、真打ちの登場なのか?」
「似合うじゃねェか、お2人さん!」
からかうような声に一瞬、呆然とし、お互い妙に赤くなる。
音楽が変わった。先程の賑やかな曲と違う、甘くしっとりとしたバラード。
気の利いた誰かが、店の照明を落とした。
一斉にどよめく場内の真ん中で、ゾロとナミは固まったまま動けないでいた。
彼らの回りに、他の客達が次々と相手を見つけては、手を取り合って踊り出す。
そのムードに気圧されたのか、ゾロは困ったように頭を掻いた。
「……って、どうすりゃいいんだ?」
「……しょうがないわね……手はこうよ」
そう言ってナミはゾロの手を取り、己の手を重ねた。
大きく、そして暖かい。それの動揺を隠すようにナミはもう片方の腕を取って自分の腰に当てた。
「そして片手はこっち」
「……こんなんで踊るのか」
「これで止めたらヤボってもんよ」
止めるだろうか?彼の性格ならありえる。
だが、ゾロはやれやれといった顔はしたものの、スルリとナミの腰に手を回した。
触れあった互いの身体に、心臓がトクンとなったことは見なかったふりをして。
そして音楽に合わせて、2人は足を運ばせる。
寄り添い合う身体が何処か恥じらっているのを感じながら、それでもナミは何か大きなものに包まれている幸福を感じた。
ノジコが家で待っていただろうに……と思いつつ、じわじわと染みいってくる暖かさに胸が詰まる。
ふと見ると、ルフィがテーブルに置かれた食事に食らいついていた。
その食べっぷりに思わず見入ると、彼がパッと顔を上げた。
ナミと目があうと、嬉しそうにニカッと笑う。釣られてナミも微笑み、目を伏せた。
クルリクルリと回りながら、ナミはより自然にゾロに擦り寄った。
その身体が微妙に緊張するのが感じられる。
「……どうした?」
「なにが?」
「……妙な顔してよ」
「別に……」
そんなことないわよ……と言おうとして見上げた男が、少し拗ねたような顔をしてることに目をみはる。
ひょっとして……気にしてる?
「……違うわよ。何よアンタの方が変な顔してるわよ」
「んな訳ねェだろ」
「せっかく可愛い娘と踊ってるのに、つまらながられてると思った?意外と可愛いわねー」
「うるせえアホ。別にそうならそうって言えよ」
ふんと横を向く男に、ウフフと笑った。
「……違うの。家でね、姉さんが待ってたろうになって思ったの」
「……あ?」
「いつも私の誕生日に待っていてくれてるから……今年はちゃんと帰ろうと思ってたのに、私……忘れていて……」
優しい音色がナミの背中を撫でる。人の側にいる暖かさが、素直に彼女の心情を吐露する。
「待っててくれたろうに……私ここで大勢の人に祝ってもらえていいのかなって思ったの」
「……」
「ゴメン。辛気くさい?だから、別にアンタと踊るのがどーのって事じゃないから」
わざと明るく言ったナミに、ゾロはぶっきらぼうな声で「そうか」と言った。
「……いい姉さんなんだな」
「うん」
素直に頷いてみせる。今のナミにとってはただ一人の人。絶対の証。
「でも、そんないい姉さんなら……」
「ん?」
「……お前がいい誕生日を迎えたって聞いた方が喜ぶんじゃねェのか?」
ぼそぼそと呟く男を、ポカンと見上げた。
灯りは落とされて部屋は暗いが、それでも判る。真っ赤だ。
「……アハハハ」
「笑うな!」
「ああ、うん。そうかな。そうだと嬉しいけど」
「どうだかな……」
「ちょっと!自分の言った事に責任もってよ」
「うるせえ!知るか!」
男はそう言って乱暴にナミを振り回し、慌てたナミは笑いながらますますゾロにしがみついた。




「おまちどおさまー!ケーキが焼けたよーー!」
母親のような声と一緒に、いい匂いが立ちこめる。
ルフィに負けないぐらいナミは嬉しい声を上げた。
その特大のオレンジケーキを女将は「これは私からのプレゼントだよ」とナミにウインクしてみせる。
ふうわりと焼き上がったケーキから、故郷の匂いがした──ような気がした。
並べられた蝋燭は18本。何故か吹きたがる船長を宥める剣豪。
そんな2人に、ナミは子供のようにアハハと笑った。





テーブルに伏せって眠っていたノジコは、ハッと目を覚ました。
どこかぼんやりとした顔で、キョロキョロと辺りを見回す。
「あら……夢だったのかしら」
時計を見たらだいぶ遅い時間になっている。この時間になってもナミが帰ってこないとしたら、今日はもう帰ってこないだろう。
今年の誕生日も帰ってこれなかったらしい。だが
「……変な夢見ちゃった」
思い出して、思わずクスッと笑う。
ナミが何処かの町で、大勢の人達に囲まれて誕生日を祝われている。
ちょっといい男と、いい雰囲気で踊ったりもしていた。
最初戸惑っていたナミの顔が、だんだんとほころび明るい笑顔を辺りに振りまく。
「ふふっ」
何だか胸の中が暖かい気分に包まれる。
ただの夢かとも思うが、あれが正夢だったらいいなと思った。
あんな風に楽しくやっていればいいんだけど。
いつもなら、このまま起きているところだが、今夜はちゃんとベッドで眠ることにしよう。
どの道、疲れた顔で出迎えてやるより、しゃっきりとした元気な顔の方がいいに決まってる。
この暖かな優しい思いを抱えて眠れば、あの夢の続きが見られるかもしれない。
その時は、出来れば隅っこのテーブルで見つめていたいものだ。



rokiサマ(CARRY ON)の、2005年ナミ誕DLF作品。

ナミさん、見知らぬ人にめっさ祝われとるー!
切なく嬉しいナミさん・・・・。
う・・うぉーーー!!!!(何故か泣く)
ナミさんへの愛がビシバシと。
いいなぁいいなぁ、好きですrokiさん(告白)。

そして踊る剣豪に興奮(笑)。

2005/07/03


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