純。









 「ゾロ、何を言い出す」

 「・・・・申し訳ありません」









私の父であり、この屋敷の当主・コブラの前でゾロは土下座をし、
深く頭をさげ、申し訳ないと繰り返した。



私は2人の間できちんと背筋を伸ばして座っていたが、顔は伏せていた。








父が困惑している。
無理も無い。
ゾロが突然屋敷にやってきて、自分との婚約を解消したいと言い出したのだ。

私はその理由を知っていた。








 「娘が何かしたか?」

 「いえ、お嬢さんは何も悪くありません」

 「じゃあ何故」

 「・・・・・好きな女が、できました」

 「・・・・・」







ゾロのはっきりとした口調に、膝の上でぎゅっと自分の手を握り締めた。


聞きたくない。






 「・・・私が言うのも何だが・・・・このあたりで君の嫁に相応しい娘は、ビビをおいて他にないと思うが」

 「・・・・・」

 「何も婚約解消せずとも、その女を妾にでもすればいいではないか」

 「それは、お嬢さんに失礼です。おれは一人の女しか愛せません」

 「・・・娘の気持ちを、分かっているだろう君も」

 「・・・・・」








立ち去りたかった。

父の言葉が自分を気遣ったものだと分かっていても、
惨めでたまらなかった。
























生まれる前から、ゾロの妻になると言われて育ってきた。

小さなときに初めて会ったその少年は、
強くて優しくて、笑った顔がとても印象的だった。

あなたのお嫁さんになるんだよ、と言うと、
少年は照れたように笑った。

数年後にまた会ったとき、まだ少年らしさは残っていたものの、
立派な男になっていた。

まっすぐに人の目を見て話す彼を、本気で好きになっていた。




あのときは、彼も私と結婚する気であった。
少なくとも自分にはそう思えた。

それなのに。











 「ゾロ、もう一度よく考えて・・・」

 「お父様、もういいんです」

 「・・・・ビビ」





父は驚いた顔をこちらに向け、ゾロもゆっくりと顔をあげた。




その目が、まっすぐなその目が、好きだったのだ。

今でもまだ。






 「私は平気ですから・・・・だから・・・・」

 「・・・・・・・・すまない、ビビ」

 「謝らないでください」





また伏せてしまったゾロの目はもう見えない。

きっともう見ることはないのだろう。









父は長い溜息をつき、頭を振った。



 「出て行きなさい、ゾロ。二度とこの屋敷に近づくな」

 「・・・・失礼します」














ゾロが出て行った部屋で、2人はしばらく無言だった。



 「・・・・ビビ」

 「彼は悪くないのよ、お父様」

 「しかし・・・・」

 「平気だってば」





にっこりと笑って見せて、立ち上がり部屋を後にした。




















急ぎ足で部屋を出てから、裸足のままで庭に下りた。

土の冷たさが気持ちいい。



池に近づいて、足先を浸けてみる。
冷たいのか痛いのか分からない感覚のままで、そのまま水面を軽く蹴る。
餌と勘違いした鯉が寄ってきて、少し笑う。




ゾロはあの遊女を身請けするのだろう。

私がなるはずだったゾロの妻に、彼女がなる。

















噂でゾロが遊廓に通っていると知ったときは、
男の人とはそういうものだと、咎める気などはなかった。


だが、さらなる噂が私を追い詰めた。




   ナミという遊女に、ゾロは本気で惚れている





その人に会ってみたかった。

ゾロと縁を切って欲しいと、言いたかった。

ゾロの気持ちがそちらにある以上、そんなことをしても惨めになるのは自分の方なのに、
その時は何も考えられなかった。







自分の持っている一番高級な着物を着て、店に行った。

卑怯だと言われてもいい。

みっともないと言われてもいい。


ただ、ゾロを失いたくなかった。









ナミという女性は、本当に綺麗な人だった。

わざと『ゾロの婚約者』だと言うと、彼女は哀しそうな顔をした。
あぁこの人もゾロが好きなんだと、分かった。


それでも、私はすがりつくしかなかった。


どれだけ惨めな気持ちになろうとも。





結局は、ゾロは私のものにはならなかったのに。






















 「お嬢様、何を!!」




突然の声に振り返ると、庭師のコーザが慌ててこちらに向かって走ってきた。



 「何って?」

 「裸足で・・・!!」



裸足のままで外に出て、なおかつ池に片足を入れかけている姿を見て、
コーザはすぐさま私を池の淵から下がらせた。



 「と、とりあえずおれの草履を・・・!」

 「いいの、気持ちいいから」



オタオタともたつきながら自分の履物を脱ごうとするコーザの姿に苦笑する。



 「・・・・どうかなさったんですか」

 「・・・・・・婚約解消されちゃった」

 「・・・お嬢様・・・・」



へへっと笑う私に、コーザはどうすればいいのか迷っているようだった。



 「・・・・会いに行ったのが、バレたんですか?」

 「うぅん・・・原因はね、別にそれじゃないのよ」

 「じゃあ何故・・・」

 「単純に、あの人が選んだ女が私じゃなかったってこと」




コーザの家系は代々ネフェルタリ家専属の庭師だ。
コーザも例外ではなく、この敷地内に暮らし修行している。

私より4つ年上だが、幼馴染のような感覚で小さいときはよく一緒に遊んでいた。
昔はコーザも私を『ビビ』と呼んでいたのに、
いつの間にか皆と同じように『お嬢様』と呼ぶようになっていた。

それでも私には一番身近な友人で、ゾロとのこともよく相談していた。

遊女屋に行く事は最初反対していたが、
私が懇願すると渋々店も調べてきてくれた。








 「大丈夫! これからは私、自由恋愛をするの!」

 「お嬢様・・・・」

 「結局、親が決めた婚約者だもんね。 結婚相手くらい自分で見つけなきゃ」

 「・・・・・」



笑う私を見つめていたコーザが、突然クルリと背を向けてしゃがみこんだ。



 「コーザ?」

 「中に戻りましょう、足が冷えます」

 「やだ、歩いて戻るわよ」

 「お嬢様」




強く言われて、仕方なくその背に体を預ける。




コーザは軽々と立ち上がり、歩き出した。








 「この方が足が冷たくないでしょう」

 「まぁ、ね」

 「顔も見えませんし」

 「・・・・・・」




しっかりと支えて、負担にならないようにゆっくりと歩いてくれる。
コーザの背中は暖かくて、濡れた足先の冷たさなど忘れてしまった。






 「お嬢様の部屋の近くまで直接行きましょうね」






コーザはそう言って、私を背負ったまま庭を歩いていく。








 「・・・・っ・・・・・」

 「・・・おれの服なら、手ぬぐい代わりにいくらでも」

 「・・・・・ぅ・・っ・・・・・」







私の涙を吸いこんで、なおかつ風に当てられても、
それでもコーザの背中は暖かいままだった。








きっといつか忘れられる。

大丈夫。



コーザの背中の上で、確かにそう感じた。





2006/01/27 UP

ビビバージョン。
何気にコザビビを予感させてみる。
ビビのキャラが分からなくなってきました。

あ、ビビ誕ってことでちょうどいいね!(笑)。
泣かせてるけどね!!!

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