初。









 「いってきまーーす!!」








サンジは風呂敷包みを抱え、店から元気よく飛び出した。







長い伝統のあるこの和菓子屋の今の主人であるゼフは、
この地の領主・ミホークと旧知の仲である。
定期的に、甘党の領主に菓子を届けに行くのがこの店の仕事の一つだった。

ゼフの息子であり、将来はこの店を継ぐことになるサンジは、
まだ8歳ではあったが一応修行も始めている。


この日、サンジはいわゆる『初めてのおつかい』であった。
一人で領主の屋敷に菓子を届けに行くのだ。
これまでも屋敷には行ったことはある。
ゼフの後ろを付いていっただけだが、道順もちゃんと覚えている。












門番にきちんと挨拶をし、サンジは大きな門をくぐった。


道順は覚えていた。

屋敷までの道順は。



だが如何せん広いため、屋敷内で迷ってしまった。
気付けば、何故かサンジは庭にいた。






 「あれぇ・・・?」



サンジは困ってしまい、とりあえずそのまま庭を進んで行った。

しばらく行くと、人の後姿が目に入った。
まだ自分と同じくらいの、子供だった。

刀を持って、片手で額の汗を拭っていた。
剣の稽古の途中なのだろうか。
とりあえず今ここがどこなのか声をかけようとした矢先、
その子供が振り返り、サンジを見て声をかけた。




 「だれだお前」

 「・・・・おれはサンジだ」




無愛想な言い方にむかっときて、サンジも負けじとぶっきらぼうに答えた。




 「サンジ?」

 「和菓子屋のサンジだ」

 「・・・あぁ、ゼフの息子か」

 「・・・・・そういうお前はだれだよ」

 「おれはここの息子だ。ロロノア・ゾロ」

 「・・・・・ここの息子? ・・・って」




てことはつまり、領主の息子?

領主の息子に、えらい口をきいてしまった。
ゼフにバレたらまた怒鳴られる。
サンジは妙な汗をかきつつ、黙り込んだ。

ゾロはサンジの抱えている包みをチラリと見て、呟いた。



 「・・・お前一人か? ゼフは?」

 「・・・・・・今日はおれ一人で、菓子持ってきた」

 「ふーん」



そう言ってゾロは刀を持ち直し、その場から去ろうとした。





 「・・・それ、何してんだ?」



ゾロが持っているのは真剣だった。
サンジは興味深げにそれを見つめる。
何だかキラキラとして、綺麗だった。



 「・・・剣の稽古してたんだ。今は休憩中」

 「へぇ・・・・」

 「・・・・持ってみるか?」



刀をじっと見つめるサンジに向かって、ゾロはひょいっとそれを差し出そうとする。
しかしサンジはびっくりして後ずさり、叫んだ。



 「・・・おおおおれはっ、刃物は料理にしか使わねぇ!! そんなもの、誰が!」



喜ぶと思ったのに全く逆の反応を返されてしまい、
ゾロはむっと唇を突き出す。



 「わかったよ。じゃあな!」

 「あ・・・」



武家の息子が刀を習うのは当然だろう。
それにゾロは好意から自分に触らせてくれようとしたのに、
びっくりしてあんな態度を取ってしまった。
サンジは謝ろうとしたが、ゾロは既に背中を向けて歩き出していた。




 「・・・なんだよ、ちくしょう」





呟いて、サンジも向きを変える。
とりあえず、自分の仕事をしなければ。








 「あっ」






派手な音にゾロが振り返ると、すっころんで地面に伸びているサンジが目に入った。
駆け寄り、しゃがみこんでその顔を覗き込む。



 「お、おい大丈夫か?」

 「・・・・・・」



むくりと顔をあげたサンジの目に、包みがほどけ地面に散乱した菓子が映る。



 「あ・・・・・」





ゼフは自分を信用して、この仕事をまかせてくれたのに。
今日の菓子は、特別だったのに。

うるっとサンジの瞳が潤んだかと思うと、一気にボロボロと涙が溢れてきた。



 「おい、どっか打ったのか?」

 「・・・し、菓子が・・・・」



ゾロはようやく散らばった菓子に気付き、あーー、と溜息をつく。



 「しょうがねぇよ。ちゃんと謝れば・・・・」

 「これ、この菓子、おれが、」

 「え?」

 「おれが、作った」

 「お前が?」

 「この、白い花の、おれが、初めて人に、」






ゼフはサンジに跡を継がせるため、自分の全てを教え込もうとしている。
サンジもゼフのようになりたいと、熱心に修行している。
それでもさすがにまだ、店に並べる菓子を作らせてもらうことはできない。

だがこの日、領主に届ける菓子のうち、
たったひとつだけ、サンジが作った菓子をゼフは重箱に詰めてくれた。

白い、花の形をした菓子。




初めて自分とゼフ以外の人間に
自分の作った菓子を食べてもらえる。

サンジにとって、この日は特別な日になるはずだった。






だがその菓子も、他のものと同じように土の上に転がっている。

そして運悪く、物音と妙な話し声に気付いたミホークが、
庭先に出て来てしまった。




 「ゾロ、どうした」

 「!」



ゾロはさっと手を伸ばし、一番近くに転がっていたその白い花の菓子を拾い上げて、口に放り込んだ。



 「あっ!」



思わずサンジは声を上げるが、
ゾロはそれを無視して、口を動かしながら振り向いて、ミホークと目を合わす。





 「何をしている、ゾロ」

 「・・・・・・・」

 「後ろは誰だ? ・・・・あぁ、ゼフの息子か?」

 「・・はっ、はい!」

 「すまないな、菓子を届けに来てくれたのか? ・・・・・・・」



そう言って、ミホークもゾロの背後で散らばっている菓子に気付いた。
それでなくても威厳たっぷりなミホークが、無言でそれを見下ろしている。
急いで立ち上がったものの、サンジは頭が真っ白になってまた泣きそうになった。




 「・・・・あ、あの、すいま」

 「おれが」



震えつつ謝ろうとすると、ゾロが口を挟んだ。
サンジは驚いてゾロを見る。




 「稽古の後で腹が減ったから、こいつから取ったんだ」




もぐもぐと口を動かしながらそう言い終わったゾロは、ごくりと音を立てて飲み込んだ。



 「・・・・・・」





和菓子屋の息子が地面に倒れ、
その前にはひっくり返った重箱と、散らばった菓子。
おまけにその息子は申し訳なさそうに泣いている。

何が起こったかなど明らかなものだったが、ミホークは追求はしなかった。




 「・・・・ゾロ」

 「はい」

 「罰として、今日の夕飯は抜きだ」

 「はい」



何の抵抗も見せず、ゾロはミホークの言葉に答えた。


自分のせいで、ゾロがメシ抜きになってしまった。
サンジが呆然としていると、ミホークの鋭い目が今度はサンジに注がれる。



 「サンジ」

 「はっ、はいっ!」

 「お前は今日は帰りなさい」

 「・・・はい・・・」







しょんぼりと肩を落とし、サンジは門をくぐって店へと足を向けた。

















 「おい!」



顔をあげると、ゾロがいた。

自分があの場を去ったとき、ゾロはまだ庭に立ったままだった。
サンジが出てきた門とは逆方向から現れたゾロは、サンジがびっくりして声が出せないでいると、
にかっとゾロは笑った。




 「美味かったぞ」




それだけ言って、ゾロは垣に消えた。
またまた驚いて、サンジはゾロのいた場所に走る。
よく見れば、垣の間に子供一人通れるくらいの隙間が空いていた。
自然にできたのか、ゾロが脱走用に作ったのか。
どちらにせよ、ゾロは早周りしてそこでサンジを待ち伏せていたらしい。






美味かった、と。

おれの作った菓子を!
美味かったって!!






サンジはしばらく立ち尽くしていたが、
へへっと笑いながら、走って家に帰った。
















戻ってからゼフに全て話すと、拳骨をくらってこってりと絞られた。
菓子をぶちまけ、おまけに領主の息子にかばってもらったことも話した。



 「チビナス!! てめぇも今日はメシ抜きだ!」



ゼフは料理も美味い。
それを食べて育ったサンジは、食べる事に関してはかなり執着している。

それなのにゼフの料理が食べられないなんて!







夕食の時間、サンジが一人グゥと腹を鳴らす中、ゼフはさっさと料理をすませ他の弟子と一緒に食い出した。

我慢できず台所を覗くと、ゼフには珍しく後片付けがされていなかった。
材料も余っていた。
見たところ、2人分は。



 「・・・・・・」



キョロキョロと周囲を見回し、サンジは台所へ走った。


















風呂敷を抱えて、サンジは昼間と同じ道を走った。
さっき庭にいたからといって、今もいるとは限らない。
だがサンジはそんなことには考えも及ばず、ひたすらに走った。


ゾロが抜け出てきた隙間からこっそりと中に入り、庭へ向かう。
そこには、ゾロがいた。
自分と同じように腹を鳴らしながら、
ヤケクソ気味に木刀で素振りをしていた。




 「ゾロ!」




小声で声をかけると、ゾロは首をまわしてサンジを見つけた。
驚いたゾロはサンジの傍まで駆け寄ってくる。



 「何してんだお前、どっから入った?」

 「昼間、お前が出てきたトコ」

 「あそこはおれ専用の通路だぞ!」

 「いいじゃねぇかそんなの。それより、これ!」



サンジは笑いながら、風呂敷包みをかかげた。



 「何だよ、昼間の菓子か?」

 「へへーー」



あぐらをかいてサンジは地面に座り、足の上で包みを広げた。
ゾロも正面に座り、その様子を見守る。



出てきたのは、三段の弁当箱だった。
包みを解いた瞬間、魅惑的な匂いが2人の鼻に届く。




 「作ってきたんだ」

 「お前が?」

 「・・・昼間の、お礼」



照れくさそうに笑いながら、サンジは『残り物』で作ってきた弁当を広げた。



 「・・・・食っていいのか?」

 「あぁ。おれもさ、夕飯抜きにされちゃったんだ。だからコレ、一緒に食おうぜ!」

 「よし! おれの部屋、来いよ!」

 「あぁ!」



弁当箱を包みなおして、2人で立ち上がり走り出す。
さっきから2人の腹は鳴りっぱなしだった。







 「ゾロ?」

 「あ、くいな」





ゾロは立ち止まり、サンジの持つ弁当箱を隠すように体を移動させて返事をした。



 「ゾロ、その子は?」

 「友達!」

 「あら、そう」



サンジはゾロの後ろでぺこりと頭を下げる。
くいなは別に気にするでもなく、サンジににっこりと笑いかけて去って行った。



 「あれ、母ちゃん? 美人だなー」

 「いや、乳母」

 「うば?」

 「そんで、馬の先生で、剣の先生で、勉強の先生」

 「・・・・すげぇな、女なのに」

 「あぁ、すげぇぜ。 それより早く食いたい! 走れ!」

 「お、おお!」





























 「どうしたサンジ、ぼーっとして」

 「あ? あぁ、ちょっとな」



店に遊びに来ていた(というか菓子をただ食いしに来た)ゾロに話しかけられ、
サンジは茶をいれる手を再び動かした。
父親に似て甘党な次期領主は、ちょくちょくとサンジの菓子をこうして食べに来る。



 「ほらよ。まったく、ウチは茶屋じゃねぇんだぜ」

 「いいじゃねぇか、気にすんな」



サンジは文句を言いながらも、選んだ菓子を皿に移してゾロに手渡す。

その中に、あの白い花の形をした菓子もあった。
初心に帰る、ということで久しぶりに作ったのだ。



初めて作った菓子。
初めてゼフ以外の人に食べてもらった菓子。

ゾロが初めて食べたおれの菓子。



ゾロは覚えているだろうか。






サンジは妙に期待しながら、ゾロが菓子を食べるのを見守っていた。

だがゾロはその菓子に何の反応も見せず、他のものと同じように口に運んだ。



 「・・・・・・何だよ、薄情モン」

 「あ?」

 「べーつにーーー」

 「何怒ってんだ」

 「うるせ。食ったら出てけ!!」

 「何だよいきなり・・・」



サンジは勝手にムカムカしながら、ゾロを無理矢理追い出した。

ゾロは訳が分からなかったが、大人しく出て行った。





が、ひょこっと顔だけまた出した。



 「あの菓子さ、一番最初のより美味くなってるな」

 「・・・・・・え?」

 「お前も一応成長してんな」



ニヤリと笑ってそう言い残し、ゾロは店を後にした。






 「・・・・・・・・・」






覚えてた。



サンジは頬が緩むのを感じつつ、店から飛び出した。






 「一応は余計だ、バカゾロ!!!」






2006/02/02 UP

サンジくんのお話。
サンジくんの初めての男はゾロでした(笑)。
えらいほのぼのです。
他は全部暗いのに(笑)。
いいの、サンジくんは『廓』では『ほのぼの担当』なの。
サンジ→ゾロじゃないからね!!
親友ですからね!!!
ミホ様も甘党です。
ゼフとミホの年齢差は気にするな(笑)。

実はこの話が書きたいがために外伝枠を作りました(笑)。
かわいいサンジくんが書きたかったんだよ・・・・。

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