秘。










 「ねぇロビン、ロビンは好きな人いないの?」



まだ7つのナミは、無邪気な顔でそう言った。










アーロンの店に移ってから3年。
遊女としての生活は、既に5年が経っていた。

大概のことには動じない程度の経験はしてきたつもりだったのだが、
何の下心もない幼子の質問に、ロビンは思わず固まった。






 「ロビン?」

 「・・・・・・えぇ、そうね・・・・あなたは?」

 「えっ、私!? 私はいないよー」

 「あら、行商のあの子は?」

 「あ、あのお兄ちゃんはちょっとかっこいいなってだけだもん!」



真っ赤に染まった頬を膨らますその仕草が可愛らしくて、
ロビンはクスクスと笑う。



 「ねーねー、ロビンは?」

 「私・・・私は・・・・・、今はいないわ」




嘘やごまかしではなかった。

確かに、今はいない。






 「じゃあ、前はいたの? 今その人はどうしてるの?」



大人なら気をきかせて話を逸らすところだが、
さすがに子供は直球で聞いてくる。

苦笑しながら、ロビンは答える。



 「今はもう逢えないのよ」

 「・・・どうして・・・? 死んじゃったの・・・?」

 「いいえ、元気でやってるわ」

 「ふぅん・・・・」













彼の名は今も聞く。

この3年で、彼も立派な領主へと成長した。




ミホーク。




貴方は今でも

私を覚えてくれてるかしら?




















4年前。


違う遊女屋で働いていたロビンは、15で既にその店の人気を独占していた。




そんな中で、一人の男が客になった。

男の名はミホーク。
この地を統べる領主、その人だった。




2年前に先代の領主は急逝し、さらにその翌年に妻を病で亡くした。

先代の死後、当時まだ24で領主の位を継いだミホークはその若さゆえに周囲からも甘く見られ、
領主としての自信を失いつつあった。
そこへ妻の死が重なり、半ば自暴自棄となったミホークは城に女を何人も囲っていた。
さらには遊廓にも足を運び出し、色々な店に顔を出しているという。


そしてロビンのいる店に来たミホークは、店一番の遊女・ロビンを買った。






その時まだ遊女として1年目だったロビンは、客に惚れることがあるなどと考えてもいなかった。
あくまで仕事と割り切った関係で、どうして惚れることがあろうか。

だが、ロビンとミホークは徐々にではあったが、
互いに惹かれあっていた。


客と遊女としてではなく、

男と女として。







領主という絶対的な力を持ちうる地位にありながら、
その力に押しつぶされそうになっていた男の弱さを、ロビンは愛しいと思った。

苦界と言われる世界に身を置きながら、
凛とした姿勢を崩さず前を向き続ける女の強さを、ミホークは愛しいと思った。












だがあくまでもミホークは領主であり、ロビンは遊女であった。
最初から最後まで、それは変わらなかった。


互いを補うように支えあい、互いの存在を必要としていたというのに。













ミホークがロビンに身請けを切り出すことは、結局一度もなかった。

実際には、ミホークにはその気があった。
だが周囲の反対を押し切る事が出来なかった。


領主である自分の妻として、遊女を迎えることが出来るのか。
領主としてすら完全には認められていない自分が、
おそらく孤立してしまうであろうロビンを、守ることができるのか。


その面影が亡き妻に似ているからではなく、
自分は確かにロビンという女に惚れている。
だがその女を守り抜く自信が、その時のミホークにはなかった。









そうしてミホークが選んだ道は、ロビンとの別れだった。







客と遊女として続いていた約1年の関係は、
ロビンがミホークの気持ちを察するのには充分な時間だった。


もう店には来ない、と告げたミホークの言葉を、
ロビンは優しい笑顔で受け取った。




ロビンはその後すぐに店を変わり、アーロンの店の遊女となった。

それ以来、ミホークとは一度も会っていない。
















未来を求めたわけではない。
元々そんなものを望める身分ではなかったのだ。











だが

彼の名を耳にするたびに、この胸が痛むのは。

いまなお溢れるこの思いは。



きっといつまでも

私の中にあり続けるだろう。







女を演じ、愛を演じる遊女の世界。

一体どれだけの遊女が、本当の恋を知ることができるだろう。

一体どれだけの遊女が、本当の愛を得ることができるだろう。


私が運がいい。


得ることこそはできなかったけれど、知ることはできた。










もう終わった恋。

だが、これからの遊女としての自分を支えてくれる。

おそらくはこの身が朽ちるまで忘れることはない。





決して叶わないそれは、

私にとって最初で最後の恋だった。



















 「ロビンは、今でもその人が好きなの・・・・?」

 「・・・・・えぇ・・・そうね。好きよ」

 「好きなのに、もう逢えないの・・・?」

 「そうよ」

 「・・・・ロビン、かわいそう・・・・」



そう言って大きな瞳を潤ませるナミの頭を、ロビンはそっと撫でる。



 「ナミは優しいね。私は平気よ?」

 「でも、でも」




そう言ってポロポロと涙を流してしがみついてくるナミを見て、ロビンは思った。





どうかこの子は、私のような恋をしませんように。

どうかこの子は、いつか自分を救ってくれる人にめぐり合えますように。






いつの日か

この子が好きな男と

手を繋いで笑っていられますようにと





願いを込めて、ロビンはナミの髪を優しく撫でていた。





2006/01/25 UP

ロビンちゃんの過去編。
本編ではっきりとは言ってませんがバレバレな、ミホ×ロビンです。
ありえないね!(笑)。
ちなみにこの2人が再燃することはありません。
互いの今の気持ちがどうあれ、これはもう終わった恋なのです。

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送