遭。










今日も揺られる満員電車。
押しつ押されつの密室にも、いい加減慣れた。






 (ん・・・・・?)



お尻になにやら当たっている。
まぁこの混みようだし、
不可抗力で当たっているだけかもしれない。
そう思って、とりあえず放っておいた。





 (・・・んん??)



抵抗しないことに調子に乗ったその手は、あからさまにソッチ系の手の動きになった。





 (・・・やっぱ、痴漢は痴漢か・・)



呆れて溜息が出る。







痴漢には結構遭遇している。
こうも痴漢に遭うと、電車に乗るのが億劫になる。
仕事、変えようかななどと思ったり。
この電車がやたらに痴漢遭遇率が高いだけなのか、
それなら職場を変えて電車通勤を止めるなり、他の電車に乗るとかすれば、
少しはマシになるかもしれない。
働き出して3年がたつ。
そろそろ、友人たちも転職ラッシュだ。

そうは言いながらも、
なかなかそのきっかけは無く、
こうして毎日同じ電車に乗る。
で、痴漢に遭う。



はじめて被害に遭ったときは、驚きと恐怖で、声も出せなかった。
幸いそのときはすぐに駅に着いたので、時間はものの数秒だった。
2回目3回目も、大声を出して捕まえる、なんてことはできなかった。
だが4回目も過ぎたころ、何故か吹っ切れてしまい、
痴漢の腕をガッチリ掴んで駅員のところに引きずって行った。
それ以降は慣れたもので、その度に警察やらにしょっぴいていった。

だがそうすると何かと時間を取られて、仕事に遅れてしまう。


ということで、最近では地味な仕返しをすることにしている。






まぁ例えば、指の骨、折るとか。




もちろん、本当に折ってはいない。

折る勢いで、折り曲げるのだ。



大体はなにやら悲鳴を上げて手を引っ込めるので、
とりあえずそれで解決ということにしている。

・・・・多分、折れてはいない。










そんな感じで、今日もその作戦に出ようと、
モゾモゾと自分の手を背後に回す。
だが痴漢の手を掴む前に、
背中から『うわっ』と声がした。


まだ折ってないわよ、と思って顔を向けると、
サラリーマンらしき男が、別の男の手を狭い車内で器用に捻りあげていた。





 「なっ、何だお前!離せ!」

 「痴漢風情が何言ってやがる」

 「なっ、な、ち、ちかっ痴漢だと!?誰が・・っ!」

 「あぁ?」



情けない顔をしてドモっている中年の男が、
掴まれている腕を振りほどこうとするが、びくともしない。

腕を掴んでいる男は、凶悪な顔で痴漢を見下ろしている。







その顔に、一目惚れ。

それはもう、あっさりと。







ダークグリーンの短い髪に、鋭い二重の瞳。
年は私と同じくらいか、上だろう。
細く見えるが、痴漢が必死に暴れても微動だにしないその体は、相当鍛えられているようだった。











 「おいあんた、どうする?」

 「・・・・え?」



見惚れていたので、話しかけられてもすぐに返事ができなかった。
低めの静かな声にも、ノックアウト。



 「こいつ、警察連れてくか?」

 「・・・あ、あぁ、そうね、いいです別に」

 「いいのかよ」

 「遅刻しちゃうもの」

 「・・・何だよそりゃ」



痴漢に遭っていたというのに、怯えてもいない私の返事に、
その男は苦笑した。



 「今度から痴漢するなら、社員バッジ外したほうがいいわよ」

 「つーか痴漢すんなよ」

 「あ、そうか」



生真面目に襟元にバッジをつけている痴漢が、慌ててそれを手で隠す。

掴まれたままだった腕をようやく振り解き、
人にぶつかって文句を言われながら、無理矢理別の車両に逃げて行った。









 「本当にいいのか、警察」

 「いいの、ありがとうございました」

 「おう」




すし詰めの車内で、その人と向かい合う形で駅まで揺られることになった。

これは運命の出会い!神様ありがとう!と覚悟を決め、
お礼代わりに食事に誘おうかと顔を上げた途端、
駅に着いてしまった。

そのまま降りる人、乗る人の波に押されて、
結局ちゃんとしたお礼も言えぬまま、その人の姿を見失った。
この同じ駅で降りたようだが、
改札を出てどこに向かったかまでは確認できなかった。







その日の仕事は一日中、ぼんやりしてしまった。
別にミスはしなかったけど、
地に足がついていない感じだった。
いい年して何だけど、
暇さえあれば、あの人のことを考えてしまう。


もしかしたら毎朝同じ電車だったのかしら。
あんないい男に気付かないなんて、不覚だわ。
まぁ満員電車ではそんな余裕は無いんだけど。















翌朝、キョロキョロとしながら電車を待つ。
メイクも髪のセットも、今日は少し早起きして念入りにやってきた。
買ったばかりのスカートと、特別な日用のパンプスで。

気合入れたはいいけれど、
やはり運命の神様はそう甘くはない。
見つけることはできなかった。
痴漢に遭えばまた助けてくれたりして、とか不謹慎に思ったりしたが、
この日は痴漢にも遭わなかった。
いいんだか悪いんだか。


足取り重く会社に行く。
同僚たちには、無駄に『デート!?』とからかわれそうだ。
残念ながら一人勝手に空回り。







溜息つきつつ仕事をして、
しばらくすると、人を連れて部長がやってきた。

何事かと思って目をやると、

そこには、

あの人がいた。




これはやっぱり運命だわ・・・!!!!







 「えー皆さん、福岡支店からこちらに移動になった、ロロノア・ゾロくんだ」



一同が自分とその人に顔を向けるのを確認して、部長は話し始めた。




 「立場は当面、課長補佐ということになるが、
  今の課長の退職後、実質その仕事を継いでもらうことになる」



課長は先日、突然の脱サラ宣言をしていた。
退職願も既に出したとか。
何か、『船を作る』とか言ってたらしいが。
実家の仕事でも継ぐのか、詳しいことは知らないけど。
とにかく、その後任で彼がやってきたらしい。


これを運命と言わずして、何と言おう。




ロロノア・ゾロです、と挨拶するその声のひとつひとつが、
頭の中に染み込んで来る。


あぁヤバイ、マジ惚れしてるわ私。






 「一応、もう一度部署内の説明を誰かにしてもらってくれ。
  えーと、あぁ、ナミちゃん!」



密かに部長のお気に入りの私の名前が呼ばれた。
いつもは馴れ馴れしくちゃん付けで呼んでくる部長の、
その面倒な頼み事も、今回ばかりは神の命に思える。
自分の机から、2人の傍に飛んでいく。



 「色々説明してあげてくれるかな。急な異動だったからね、彼」

 「はい!」





満面の笑みで返事をする。
部長が去った後、心の中でガッツポーズをしている私に、
その人、ゾロが声をかけてきた。



 「今日は痴漢に遭ったか?」

 「・・・覚えてくれてたんですか!?」

 「あぁ、今朝も見たぜ」

 「えっ!?嘘!!・・・・・同じ電車、なんですか?」

 「あぁ、おれもアレに乗る。 キョロキョロしてたな、何か探してたのか?」

 「あー・・・!あれは、その・・・」



さすがにここで『あなたを探してました』とは言えず、もごもごしていると、
ゾロはまるで全て見透かしているかのように、ニヤリと笑った。
その顔にすら、鼓動が早くなる。



 「とりあえず、これからよろしく」

 「よろしくお願いします!色々と!!」

 「色々?」

 「あぁっ!いやその!!」



オタオタと真っ赤になって慌てる私に、ゾロはまた小さく笑う。



 「まぁ、こちらこそ宜しく、色々と」

 「はい!」




まだまだ、この職場で頑張ろう。
現金だけど、固く決意する。

毎朝の電車も、職場も、
かなりの快適空間になりそうだわ。




「リーマンゾロとOLナミ」
そうだ・・『大人な感じ』てリクだったのに・・・・。
全然大人じゃねぇよ・・・。
ほんと、パラレルだめだぁ・・・・(しみじみ)。
10/13に拍手でリクくれた方へ。
いや、ごめんなさい。マジで。

2005/10/30

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