走。










  ある時代 ある場所 乱れた世の片隅

  少年は生きるため 盗みを覚えていった











 「泥棒!!」






後ろで男が叫ぶ。






 「そこのガキ、誰か捕まえろ!!」








人ごみの間をすり抜けて、ひたすらに走る。

捕まえろ、と叫んでも、
捕まえてやろうとする人間はいない。
パンひとつを盗んだ程度の泥棒を、わざわざ捕まえてやるほど、
余裕のある人間はいなかった。
面倒事には、できるだけ関わりたくない。
第一、みすぼらしく汚れた格好の子供に触ろうとするような者など、いなかった。






人通りの少なくなった裏道で、ようやく立ち止まる。
壁にもたれてそのままズルズルと座り込み、
胸に抱えていたパンを見下ろす。

カチカチに固まったそのパンは、もう売り物にはならないようなものだった。
店主も、盗まれたところで別に損はないだろう。
もともと捨てようとしていたものを盗んだのだ。
それでも、自分のような人間が店先に現れたり、
ゴミといえど店の物に触れることを、彼等は許さない。





毎日、生きるために盗みをする。
今日はうまく逃げられた。
失敗したときは、殴られ、蹴飛ばされる。
腹を蹴られても、空っぽの胃からは酸えた匂いの液しか出ない。
それでも、盗んだものは離さない。
散々蹴りつけたあと、相手はそのまま自分を放置していくから。
口の中は切れて、体中が熱をもって腫れあがる、
飲み込むのが辛くても、盗んだモノを必死に食う。

明日、上手くいくとは限らない。
明日、こうして生きていられるとは限らない。
どんな腐ったものでも、腹を満たしてくれるのなら、構わなかった。





記憶の中に、両親はいない。
気付いたときから、一人だった。
まわりには、自分と同じような飢えた子供しかいなかった。

毎日毎日、誰かが消えていく。
餓死しているのか、奴隷として売られてしまったのか。
どっちだろうと、関係なかった。



今、自分が生きている。
それだけが事実。
そして生き続けるためには、
盗むしかなかったのだ。
善だとか悪だとか、そんなものは知らない。
盗むことを悪だと言ってそれをやめたら、自分は生きることができない。
第一、それを悪だと教えてくれるような存在は、自分の周りにはいなかった。





通りを一つ越えれば、そこにはちゃんと服を着て、ちゃんと食事を摂る人間がいる。
そいつらから、腐りかけたパン一つを盗んだって、別にいいじゃないか。
それだけで、自分は空腹が少しは満たされるのだ。


そうまでして何のために生きるのか。
そんなことは分からない。

ただ、腹が減る。

だから、盗む。














そして今日も、同じようにパンを抱えて走る。

途中、通りの反対側に行列があった。
このあたりではそれなりの権力を持つ、商人の行列だった。
離れた街まで買い付けに行った帰りなのだろうか。
荷馬車を何台も引き連れている。

あの中にはきっと、食い物もいっぱい入っている。
全部食べれたら、きっと腹も満たされるのだろう。

そう思って、ぼんやりとその行列を見ていた。
最後尾には、人間が繋がれていた。




奴隷、か。




5,6人が男女問わず、手枷をはめられ1列になって、最後尾の荷馬車に鎖で繋がれている。


自分と大して変わらぬボロボロの布を身にまとい、
裸足のまま歩かされてきたのだろう、足には血が固まりこびりついている。





その中の一人に、目が留まった。






奴隷には不釣合いな、美しい橙色の髪。

まだ少女だった。

俯いたまま、引きずられるように歩いている。
髪の隙間から見えるその横顔は、
今までに見た誰よりも美しかった。




立ち尽くしたまま、少女を見つめていた。


ふと、その少女が顔を上げ、目が合った。
体がこわばり、目を逸らす事もできなかった。
大きなその瞳には、涙が浮かんでいた。

すぐに少女は顔を落とす。
そのままその行列は、商人の家の敷地へと入っていった。











握り締めたパンが形を変えて崩れ、ボロ、と地面に落ちた。
商人の家に背を向け、走り出す。


気付かぬうちに、叫んでいた。
気付かぬうちに、涙が溢れていた。
少女の瞳が、頭から離れなかった。
今自分を突き動かそうとしている感情の意味など、分からなかった。
何も分からず、ただ走った。










美しい少女だった。
奴隷と言えど、おそらくは女として使われるのだろう。
美しい、まだ自分と変わらぬ年の少女に、
卑しく太った男が触れる。
汚れた手が、少女を、少女の美しい瞳を濁らす。
しかしそれでも少女には、もう道は無いのだ。
そして自分にも、それを救う力は無かった。








神は信じる者を救ってくれる。
神は皆を平等に愛してくれる。


では、なぜ。

なぜ神は
自分たちをこんなふうに。


なぜ神は


自分たちを愛してくれないのか。
















日が落ちたあと露店から、パンではなく剣を盗んだ。
店主には気付かれず、そのまま剣を抱えて走った。
それは重くて、自分が持つには大きすぎて、
走りながら先が地面をこすった。
それでも必死に、目的の場所を見据えてひたすらに走る。



今日は何も食っていない。
それなのに、空腹は感じなかった。

感じるのは、怒りと憎しみ。
ただそれだけだった。












剣など使ったことはない。
それでも、血に濡れた剣とこの手は、
今確かに人を殺した。
一振りで簡単に人は死ぬ。
罪悪感や恐怖など、微塵も感じなかった。

何一つ、感じなかった。





そして辿りついた少女を見て、立ち尽くす。

絹の布に包まれた少女は、自分を見てはいなかった。
能面のような顔で、口元にはうっすらと笑みを浮かべていた。
隣には、血まみれで横たわる男がいるが、それも目に入っていない。
しんと静まったその場所で、少女は歌を口ずさむ。
かすかに聞こえるその歌は、
少女の故郷の歌なのだろうか。







濁った瞳はもう、自分を見ることはない。
少女の魂はもう、此処には無い。




傍にしゃがんで、少女の髪に触れる。
何の反応も示さない少女の髪は、柔らかく、そしてやはり美しかった。

立ち上がり、剣を持ち直す。
汚れた剣を拭いたかったが、
自分はそんな布一枚すら持っていなかった。
赤く染まった剣を掲げ、少女を見下ろす。



目が合った。



魂の無いまま柔らかく微笑む少女には、もうすぐ自由が訪れる。
そのまま、少女へ剣を振り下ろす。

















涙などは出なかった。
泣き方など忘れてしまったかのように、心は乾いていた。

そういえば、腹が減っていた。



自分は、自分が食うだけのパンを盗むことしかできない。


ただそれだけしか、できることは無い。








握り締めた剣の冷たさが、痛かった。













  ――お話はここで終わり  ある時代のある場所の物語――









ポルノグラフィティ『カルマの坂』より。
勝手にSSにしちゃいました。
あは。
しかもゾロナミ関係無ぇーーー!!!
いや、子ゾロと子ナミ+何歳くらいでご想像ください。。。

歌でSSってのもイイなぁ。
サスケの曲を聴くとサンジくんが浮かびます。
皆さんは何かありますか?
お勧め募集。

2005/09/28

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