遠。









ふと、人の気配を感じた。





 「ゾロ?」






いつものようにゾロが無断で入ってきたのかと思い、
ナミは机に座ったまま振り返った。










しかしそこにゾロの姿は無く、
かわりに目に飛び込んできたのは、女性の姿だった。




 「・・・・・え?」




腰近くまで伸びた、ふわふわの亜麻色の髪、
体の線を綺麗に見せている、丈の長い白いワンピース。
そして『美女』と形容するには充分な容姿の、女性だった。

その髪と同じ色の、自分と似た勝気そうな瞳が、ナミをまっすぐに見ていた。




 「・・・・・え?」




ナミは上手く言葉を出すことができないでいた。




何故見知らぬ女がこの船に、自分の部屋にいるのか、という疑問ももちろん抱いたが、


それより、


何故この女の体が透けているのか、ということで頭が一杯だった。









 『返して』

 「え?」




女性が口を開いた。
ただし、目の前の人間が声を出した、というよりは、
頭に直接響いてくるような声だった。




 『返して』

 「な・・何を・・・」

 『ゾロを、返して』

 「・・・・ゾロ、を・・?」




ゾロの知り合いなのだろうか。

ナミはこの女に見覚えが無い。
ならば、自分たちと出会う前のゾロの知り合いということになる。
それにしても、『返して』とは人聞きが悪い。



 「か、返してって何よ」

 『私待ってるの・・・ゾロが私のところに戻ってきてくれるのを』

 「・・・・・・・・・・」



ナミの眉間に皺が寄る。
先程までは驚きや怯えの感情が主だった心の中に、
嫉妬という色が見え隠れする。



 「それって、あなたがゾロの昔の女だってこと?」

 『・・・まぁ、そうね』


ナミが女を軽く睨みながら言うと、女の方も負けじと睨み返してくる。



 「そんな幽霊になってまでゾロを追いかけてきたの?」

 『私、死んでないわよ』

 「だって体透けてるじゃない」

 『・・・・・まぁ、確かに透けてるけど』




女は自分の体を見下ろして、あっさりとそう言った。




 「てことは、生霊とか?」

 『なのかしら・・・私にもよく分からないわ』

 「・・・なんにせよ、ゾロは渡さないわよ」




この女が昔、ゾロとどれだけの関係だったのかは知らないが、
少なくとも今のゾロは、この船の仲間で、自分の恋人だ。
『返せ』と言われて素直に渡すわけがない。

ナミは胸の前で腕を組み、きっぱりと宣言した。



 『・・・あなたは、ゾロの大事な女性なの?』

 「えぇ、そうよ」



ナミが堂々と言い放つと、女の目の色が少し変わった。



 『じゃあ貴女が死ねば、ゾロは私のところに帰ってきてくれるかしら』

 「・・・・なっ・・・」





女はそう呟くと、カウンターに近寄り、フルーツの傍に置いてあったナイフを手に取った。




 「生霊のくせに何で物が持てるのよ!!」



ナミは叫んで、机から飛びのいて出口の階段へと走った。
しかし女は音も無くナミの前を塞ぐように移動し、ナミの眼前にナイフを突きつけた。

ナミもさすがに身動きが取れなくなり、ナイフ越しに女の顔を睨む。




 「・・・私を殺せば、本当にゾロがあなたのところに戻ると思ってるの?」

 『・・・・・』

 「あいつはそんな簡単な男じゃないでしょ?」




冷や汗が首筋を流れるのが分かったが、それを拭う余裕は無かった。
生霊相手に説得が通じるのかどうか分からないが、
とりあえずナイフを避ける気合を入れておかなければならない。

ナミが唾をゴクリと飲んだすぐ後、
女の腕が脱力し、ナイフが床に落ちた。


 「・・・・・・」


ふー、と息を吐き出したいのを堪え、ナミは俯いた女を注視する。




 『・・・・分かってるわ』

 「・・・・・」



 『ゾロのこと、本当に愛してたのよ・・・」




女はポツリポツリと話し出す。







女とゾロが一緒にいたのは、3年ほど前の、数ヶ月の間だけだった。

そのとき既に海賊狩りとして名を馳せていたゾロが
偶然に立ち寄った港町に、女は住んでいた。
道案内をしたのがきっかけで、女はゾロに食事と宿を提供した。
両親もおらず一人で暮らしていた独身の女の家に、若い男が住み着けば、
結果、その2人の間は男女の仲となる。


 『ゾロはすごく優しくて、一緒に居てすごく楽しかった。
  でも、彼の本当の気持ちは分からなかった。
  もしかして、ただ宿と食事を得るためだけに私と居るのかも、と思うと、辛くて。
  でも彼と一緒に居たかったから、責めることもできなかった』


ゾロは元々そこに定住する気はなかった。
数ヶ月たった頃、ゾロは女を置いてその街から出ていった。


 『町を出るとき、彼は私に「待ってろ」なんて言葉、かけてはくれなかった。
  さよなら、ありがとうって、ただそれだけで』







女の話を聞いて、
ゾロが意外にタラシだったという事実にナミは驚いたが、
女の気持ちはナミにも理解できた。

相手の気持ちが分からない。
自分の一方的な想いだけで傍に居て、
傍に居たいから相手の気持ちを確かめることができない。
だからこそ離れるときも、無理に追うことも縋ることもできずに。


だが、ゾロが女をただ利用するためだけに一緒に居た、
というのはどうも腑に落ちなかった。






 『・・・私、明日結婚するの』

 「・・・・結婚!?」



突然の女の意外な言葉に、ナミは裏返った声で叫んだ。



 「こんな生霊やってる場合じゃないじゃない!」

 『そうだけど、今までゾロのこと、忘れられたと思ってたのよ。
  ・・・でも、きっと心の中に残ってたのね。こんな無意識にゾロを探して・・・』






 「ナミ?」








女の言葉に重なって、ゾロの声が上から降ってきた。


下りてきたゾロは、キョロキョロと部屋を見渡した。





 「ど、どうしたの?」

 「いや、何か人の気配が・・・気のせいか・・?」





視線を巡らしながらナミの傍まで寄るゾロを、女は懐かしそうに、嬉しそうに頬を染めて見つめていた。


ゾロは何かしらの気配は察しているものの、姿は見えていないらしい。
女を通り過ぎて、ナミの前で立ち止まる。


 「・・・なんか変だぞお前?」



挙動不審な様子のナミの頬にゾロは触れた。



 「調子悪いのか?」

 「別に、大丈夫よ」





思わず女に気を使って、ナミはさりげなくゾロの手を離し、カウンターの傍に移動した。
ゾロは足元に落ちていたナイフを広い、カウンターへ向かい、その上にナイフを置いた。

女はまだ階段の下でゾロを見つめている。





 「・・・ねぇゾロ、あんたってさ、今まで女に『行かないで』って止められたことある?」

 「は?」

 「町に女を残して出たこと、どのくらいある?」

 「・・・・・・・・・いちいち、数えてねぇよ・・」

 「・・・てことは少なくとも1人以上はいたってことね・・・」



ピキ、と額に血管が浮かぶが、ナミは何とか耐えた。



 「何だよ、昔の話だろ・・」

 「・・・・その女の人たちのこと、好きだった?」

 「・・・何なんだよ、今日は・・・」


ゾロはカウンターの椅子に座り、うんざりといった様子で片肘をついた。
ナミもその隣に座り、ゾロの顔を覗き込む。



 「どうなの」

 「・・・・正直、そういう感情はよく分からねぇ」


ゾロは困ったように頭をガシガシ掻きながら、言った。



 「強くなることだけ考えて、それだけで頭一杯だったからな。
  好き、とか、そもそも付き合うとかに頭向ける余裕はなかったな」



それを聞いて、女は唇を一文字に結んで俯いた。


 「・・・宿とか、食事のために、利用してたってこと?」

 「・・・・・・言い方悪いが、そうなるな」



本人がそう言うのなら、フォローのしようがなかった。
ナミがゾロの背後に目をやると、女はとうとう顔を覆って泣き出してしまった。







  わかっていた

  彼に必要なのは私じゃない

  彼はただ強さを求めてる

  前に進むのに、私は必要とされていない






女の感情が直接頭に響いてきて、ナミは胸が締め付けられた。

これは自分の感情じゃない、あの女性の感情なのに、
ナミはそれを他人事とは感じられなかった。






 「・・・ゾロ、それってかなり失礼よ」

 「でもおれは、嫌いなヤツと一緒に居たりはしねぇぞ」



ゾロがポツリと加えた言葉に、女は顔を上げた。



 「・・・だから、好きだったんでしょ?」

 「そういうのはよく分かんねぇって」

 「好きだったのよ」

 「・・・・・・」



そのまま2人とも沈黙してしまった。
ゾロは、カウンターに置いてあった酒を開け、そのまま飲んだ。



2,3口飲んだところで、ナミはその瓶を奪った。



 「返せよ」

 「ゾロ、もしその女性が今、あんたに助けを求めてきたらどうする?」

 「助けって?」

 「いろいろ、問題に巻き込まれてたり何だり」

 「おれに?」

 「あんたに、助けを」




ゾロはしばらく首を上げて考えたあと、答えた。


 「・・・・助けに行く、かな」

 「本当に?」

 「恩は忘れねぇ」




女の涙はもう止まっていた。




 「船が進んでるときでも?」

 「あぁ」

 「鷹の目と戦ってるときでも?」

 「・・・・そりゃ・・・困るな・・・そんときゃ無理だ・・」


心底困った顔をしてゾロは呟いた。
その様子に、女はぷっと吹き出してクスクスと笑った。



 「・・・ねぇゾロ、その女性が、明日結婚するって聞いたらどうする?」

 「めでたい話だな」



何を言い出すのかと、女は驚いてナミを見る。



 「何て言う?」

 「そりゃ、おめでとう、だろ」

 「今ね、この部屋にいるのよ」

 「・・・・は?」

 「そこ、階段の下」



ゾロは最初、ナミの言う意味が分からなかった。
だが、言われたように階段の下に目をやる。

女はビクリと体をこわばらせたが、すぐに愛しそうにゾロを見つめる。




ゾロは立ち上がりゆっくりと足を進め、女の正面まで来て、立ち止まった。



 「あぁ・・・・・気配はコレか」

 「見えるの?」

 「いや何も」



気配は感じているものの、見えてはいないゾロと、
女はそれでも目が合っているのを確信していた。



 「そこにいるのよ」







ゾロは見えていない。
だがまっすぐに、女の目を見ている。










 「・・・・おめでとう」


そう言って、ゾロは微笑んだ。





女は一瞬目を見開いた後、


ただ幸せそうに、笑った。




涙が頬を伝って零れ、床に小さな染みを作った瞬間、
女の体は霧となり、消えた。










 「・・・・消えた、か?」


ゾロは床の染みを見下ろしながら呟いた。




 「うん、戻ったみたい」

 「・・・・死んだわけじゃ、ねぇよな?」

 「えぇ、生きてるわ。明日結婚式だって」

 「そうか、・・・・・よかった」













 「ねぇ、好きだったんでしょ?」



床を見下ろしたまま動かないゾロの後ろから、ナミは声をかけた。
またか、と溜息をつきながらゾロが振り返る。


 「・・・・だから、分かんねぇって何度も・・・」

 「今は?」

 「・・・・?」

 「私のこと、好き?」


上目遣いで、ナミはゾロにわざとらしくにっこりと笑いかけながら聞いた。


 「・・・・・さぁ」

 「何よそれ!!!!」


一転して怒り出したナミを、ゾロはガバリと抱きしめた。
不意を突かれたナミは、声を出す事も出来ずに固まった。




 「・・・・お前はそんなんじゃねぇよ」



ぎゅうとナミを抱きしめたまま、ゾロは呟く。



 「そんなんじゃねぇんだ」

 「・・・・・今日のところはそれで許してあげるわ」

 「どうも」


ナミは頬を薄く染めて、ふふ、と笑いながらゾロの胸に顔を埋めた。


 「早くその意味の言葉を覚えてね、マリモくん?」

 「誰がマリモだコラ」



 「とりあえず、あんたの秘蔵のお酒でも飲みましょうか」

 「何でだよ!!」


ゾロの腕からするりと離れて、ナミはカウンターへと戻る。


 「私はね、あんたの昔の女関係を気にするほど器の小さい女じゃないのよ」

 「あぁそうかよ」

 「でもムカつくからあんたの大事なお酒を飲んでやるのよ」

 「器小せぇじゃねぇかオイ!!!」















「おはよう、・・・・どうした?泣いてるの?」

 「・・・夢を、見たみたい」

 「式の当日に、怖い夢かい?」

 「いいえ、覚えてはないけど・・・懐かしい、昔の夢よ」

「覚えてないんだろ?」

 「えぇ、でも・・・今すごく、幸せだわ」

 「それは夢のおかげ?僕の立場が無いね」

 「あら、あなたのおかげでも幸せよ?」

「そうかい、じゃあもう起きて準備をしよう。今日は忙しいよ」

 「そうね。・・・今日は、素敵な一日になりそう」

 「なるとも」


またもやゾロの過去捏造話。
えへ。
まぁゾロも若かったからね。
色々あるよね。
えへ。

ナミさんへの感情は・・言葉では表せぬ!(笑)

2005/08/06

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