誠。







「えー、それでは」


コホンと咳払いして、妙に真面目ぶった口調のルフィがグラスを持って立ち上がった。

キッチン内のテーブルのいつもの席に腰を下ろしているクルーたちも、それに合わせて各々のグラスを掲げる。
中身も同じくいつもの酒だったりジュースだったりコーラだったりで、ただゾロのグラスにはそこそこ値段の張る酒が注がれていた。
自腹なら別だが、普段ならば夕食時にそんな高級な酒が食卓に並ぶことはないし、ナミたち女性陣ならまだしもゾロが飲むことをこの船のコックが許すはずがない。

それが許されているのは、この日が「特別」だからだ。

今日は11月11日。
ロロノア・ゾロの誕生日だ。


「皆様、おてをはいしゃく」

「いやいや、締めてどうする! 乾杯だろ!」


ウソップに突っ込まれ、ルフィは首をかしげるが「まー何でもいいや」といつものように満面の笑みをこぼす。


「ゾロ、誕生日おめでとう!! かんぱーーーーい!!!!」


船長の声と共に皆がそう叫び、グラスを合わせる。
主役であるゾロのグラスには色々な場所から手が伸びてきてカチカチとグラスを鳴らしていく。
ゾロも久しぶりのいい酒を前にしてご機嫌で、加えてこんな風に仲間に祝われて不機嫌になるはずもなく、いつもより柔らかい表情でありがとうと繰り返す。

その後皆が一気にグラスを空けると、プレゼントが登場する。

ルフィからは手作り感満載、手書きの「肉譲る券」が贈られた。
他のクルーのときでも同じプレゼントだったが、誰もこの券を行使する事は出来ていないのでおそらくゾロも使わないだろう。
肉を譲ったときの、ルフィの哀しそうな顔を見てそのままその肉を食うことができない程度には、結局ルフィは甘やかされている。

ウソップからは同じく手作りの、皮製の袋だった。
刀の手入れに使う道具を入れろ、ということらしい。
手先の器用なウソップからは既製品と変わらぬクオリティのものがいつも披露される。

チョッパーからは薬だった。
船医らしい内容のプレゼントだが、今回はその実力をこれでもかと駆使した傷薬のセットだった。

フランキーからは何故か超合金のロボットだった。
ゾロもこういう類いでテンションが上がらないことはないが、さすがにこれで遊ぶほどの精神年齢ではなくむしろルフィやチョッパーらの方が目を輝かせていた。
だがさすがフランキー作で、精巧なそれはプレゼントと呼ぶには十分なものだった。
ゾロは素直に礼を言ってそれを受け取った。

ロビンは本を贈った。
意外と読書家であるゾロの好みに合わせて選んだらしく、ゾロはタイトルや最初の数ページをパラリと見て、「ありがとう」と礼を言う。
確かに興味を引く内容で、相変わらず正確なロビンの『目』にゾロは密かに感心した。

ブルックはどうやらいいネタが浮かばなかったらしく、皆の目の前でごそごそと服の中に手を突っ込み始めた。
何をする気かと問うと「人の骨は薬にもなると聞いたことが」と言い出したので慌てて全クルーで止めた。
結局新作ジョークの披露ということで落ち着いた。

サンジからは、お決まりの料理の提供と、それから乾杯で使った高級酒がプレゼント代わりだった。
今回、誕生日当日に合わせての島への上陸が出来なかった。
おかげでプレゼント内容は手作り系のものが多かったし、サンジも本当ならもっと腕をふるいたかったが食材の関係でそれが出来ず内心悔しがっていた。
それでも計画的に節約していたので、傍目には十分豪華な料理がテーブルには並んでいる。
ずっと隠していた高い酒を1本ではあるが出すことも出来たし、ゾロは十分喜んでいた。

ゾロからすれば料理はいつも美味いし、プレゼントもどんな内容だろうが有難く貰うし、
何よりいつもの安物の酒だろうが何だろうが、「飲みすぎ」だの「あと1本で終わり」だのと文句を言われずに飲むことが出来るのだから最高の誕生日だ。

いつも以上に笑顔を見せるゾロを始め、クルーたちはみな揃ってテンションを上げて宴会はスタートした。
誕生日の宴会とは言え、始まってしまえばいつもの夕食と変わらない。
元々この船の夕食は毎日宴会のようなものなので、料理が豪華になっている以外は今日の主役のゾロを持ち上げるでもなく、ただ皆で騒いでいる。
だがその隣に座るナミだけは、笑顔を見せはするもののどこか浮かない顔だった。

それに気付いたゾロが「どうした」と声をかけると、ナミは力無く笑って「ごめんね」と返した。


「何がだよ」

「だって私……プレゼント用意できなかった」

「あん?」


今回、ナミはどうしてもプレゼントを用意できなかった。
ウソップたちのように何かを手作りするような特技があるわけでもないし、本のプレゼントはロビンに先を越されてしまった。
どこかに上陸して用意するつもりだったが、どうルートを考えても無理で、そのまま当日を迎えてしまったのだ。


「次の島で買えばいいじゃねーか。なぁゾロ?」

「それともお前、おれがプレゼントが無いからって拗ねたりするとでも思ったか」


酒を飲んで顔を赤くしているウソップが会話に入ってきて、バンバンとナミの肩をたたく。
ゾロも笑って、グラスの中の酒を一気に飲み干す。
ナミは手を伸ばして瓶を取ると、空いたそのグラスに注いだ。


「そうじゃないけど、やっぱりプレゼントって当日に渡したいじゃない」


そう言いながらナミはどんどんと落ち込んでいく。
他のクルーも用意できていなかったらまだ救われたが、皆何かしらの贈り物をしているのだ。
せっかくの誕生日パーティーなのに、と呟きながらヘコむナミを見て、ゾロとウソップは顔を見合わせ肩をすくませる。

実際ゾロも他のクルーも、ナミからの贈り物が無いことなど別に気にしていなかった。
無いなら無いで構わないし、買い物できなかったのだから無いのも当然だ。
だがナミにとっては「誕生日当日にプレゼントする」ということが大事だったらしく、普段有り得ないほどに落ち込んでいる。
いくらゾロが「気にするな」と言っても、当人からの言葉は気遣いとしか受け取らないだろう。

ウソップはヘコむナミを見て、何かを思いついたらしくポンと手を打って「おれにいい案があるぞ!」と声を上げた。


「何?」

「モノが無ぇなら、体で払えばいいんだよ」


その発言に、酒や料理に盛り上がっていた他のクルーたちも思わず3人に注目した。
サンジは額に血管を浮かべ、問答無用で蹴りを繰り出した。
それを間一髪で避けたウソップは、ささっとゾロの背後に身を隠す。


「てめぇいきなり何言ってんだ! ナミさんに体で払わすってどういうことだ詳しく聞かせろ!!」


サンジの言葉の後半に若干下心が見え隠れしていたが、確かに聞き捨てならぬ発言に全員がウソップの説明を待つ。


「いやだから! 変な意味じゃなくて!! あげるモノが無いんなら、例えばゾロのトレーニングの手伝いするとか見張り交代するとか、そういうのをプレゼント代わりにするっていう、な!」


ゾロの後ろで身体を小さくしながら、ウソップは説明する。


「体でご奉仕ってことね」

「ロロロロロビンそういう言い方するとまたサンジがキレる!!」

「ご奉仕……つまりメイドさん………ご主人様、か………ナミさんロビンちゃんおれの誕生日にはそれで!!!!」


何かいかがわしい想像をしたらしいサンジは、だらしない顔でロビンに詰め寄ろうとしたがその途中でフランキーに殴られて床に潰れた。
そのままよっこいしょと背中に乗られ、サンジはじたばたと暴れるがフランキーは素知らぬ顔で退こうとはしない。
お互い酔っ払っているので、サンジはなかなか抜け出せないしフランキーも加減を忘れて乗っかっている。
ロビンはその光景にクスクスと笑いながら、ナミの方へと向き直ると「どうするの?」と尋ねた。

ウソップがささっとポジションを変えて、ナミとは反対側のゾロの隣へと移動する。
サンジの想像のようなことをさせようとしていた、などと誤解されては、ナミからの怒りの鉄拳は免れないからだ。

だがナミは怒るどころか、平然と「それは無理よ」と返した。


「だって、メイド服持ってないもん」

「そういう問題かい!!!」


思わずビシリと突っ込んだウソップに、ナミは再びしれっと「形って大事じゃない」と言ってのけた。

成り行きを見守っていたゾロは、クックッと笑いをかみ殺す。


「なるほどな」

「でもそうでしょ? メイド服着てこそのメイドでしょ?」

「ああいうの着てぇのか?」

「まぁ、ね。かわいいじゃない」

「ま、似合いそうだなお前」

「……そう?」


ゾロにそう言われて、ナミは嬉しそうに笑う。
ウソップはサンジがいまだフランキーに潰されていることを確認してから、「じゃあ」と次の案を出してきた。


「形から入るなら、やっぱり『ご主人様』って呼ばなきゃな」

「えー、ご主人様ってガラ?」

「何だとコラ」


フランキーがサンジを潰していてくれるおかげで蹴りの心配をする必要のないウソップも大分酔いが回ってきていたし、ゾロはもちろん機嫌がいい。
ナミも最初は落ち込んでいたが、ウソップらとのやりとりで元気を出しつつある。

おかげで、この一連の流れを止める者は誰もいなかった。


「じゃあ『旦那様』でどうだ? 和風でゾロっぽいぞ?」

「そもそも『様』ていうのが何かね」

「失礼だなお前さっきから」

「ごめんごめん」


ナミは笑顔を見せて、また空になったゾロのグラスに酒を注ぐ。
当たり前のようにその酌を受けて、ゾロは美味そうにその酒を堪能する。

その光景を見ながら、先程と同じようにウソップはポンと手を打った。


「じゃあ、『あ・な・た』だな!」


フランキーに潰されたままのサンジが、手足をばたつかせながら「意味が変わってんだろこの野郎!」と怒鳴る。
ウソップもさすがに冗談だったらしく、「だよなー。悪ぃ悪ぃ」と笑った。
だがナミの顔を見ると固まり、それに気付いたゾロも同じようにナミを見て固まった。

さっきまでと同じ軽いノリを返してくると思われたナミは、尋常じゃないほど顔を赤くしていた。


「な、あ、あなた、って、そんなの」


動揺を隠せないしどろもどろの言葉を発しながら、ナミは口をパクパクとさせている。
ウソップはまさかナミがこんな反応をするとは思っていなかったので、どうしようとゾロに視線を送りヘルプを請う。
ゾロも驚いたが、だがここまでパニックを見せるナミは珍しく、誕生日故の上機嫌というのもあってついからかってしまった。


「じゃあそれがプレゼントでいいぜ。呼べよ、ほら」


ここでナミが怒りでもすれば、それはそれでいつもの光景だ。
ゾロ的にはそれで構わなかった。
プレゼントがどうしても欲しいというわけでもないし、ほんの冗談だったのだ。
一人だけプレゼントがない、なんてことを気にする必要は無いのだから、むしろここで怒ってそのことを忘れてくれるくらいが良い。

だがナミにはそれが逆効果だったようで、『プレゼント』という言葉に反応したナミは真っ赤な顔のまま固まってしまった。
ゾロは自分の意図した方向とは違う方へ状況が進みそうな気配を察して、とりあえず何かを言おうとした。
だがナミと目が合い、意を決したその表情を見て思わず言葉に詰まってしまう。

ナミは変わらない赤い顔のままで、じっとゾロを睨むような勢いで見つめると、ゆっくり口を開いた。


「……あ、あな、た」


言い終わった瞬間、沸騰したかのようにさらにナミの顔は真っ赤になった。
同時にゾロの思考回路も停止する。
周りで見ていたウソップやルフィらは何故か「おーー」と歓声をあげ、サンジはフランキーの下で潰れたまま落ち込んでいた。
ナミは勢いよく立ち上がり、頭に血が上りすぎたのか若干フラつきながらも急ぎ足でキッチンから出て行った。

逃げた、という表現の方が正しいが、一応これでナミからのプレゼントも無事ゾロに贈られたということになる。
ルフィとウソップは目を見合わせ、それから笑って「かんぱーい!」とグラスを合わせ再びキッチン内は騒がしくなった。
フランキーもようやく元の椅子に戻り、解放されたサンジは低いテンションのまま立ち上がると、空いた皿を片づけかつ新しい料理を出すという仕事に戻った。

ゾロの前の皿も片付けながら、サンジはふとその手を止めた。


「………へいへいマリモマン、えらく真っ赤じゃねぇか」


態度を一転し、ニヤニヤと笑いながらサンジはそう声をかけた。
ゾロは片手で顔を隠すようにして俯き、「うるせぇ」と呟く。


「……あーーー、調子に乗りすぎた……」

「だな。ナミさんに『あなたw』なんて呼ばれるなんざ、調子乗りすぎもいいとこだ」

「妙な夢見そうだ……」


ゾロの脳内では、ナミが真っ赤な顔で自分を「あなた」とたどたどしく呼ぶ姿がしっかりと刻み込まれ延々と再生されていた。
少しからかうだけのつもりだったのに、ここまでの威力があるとは自分でも思っていなかったし、自覚していなかった己を激しく後悔した。

サンジは集めていた皿をテーブルに置くと、ゾロの隣、さっきまでナミが座っていた席に腰を下ろす。
それからそのへんに転がっていたグラスに手酌で酒を注いだ。


「まぁ……その気持ちは解るぜ……。あんな顔で『あなたw』とか言われたらそりゃ今夜の夢は新婚さんプレイで決定だろう」


しみじみと言いながら、サンジはゾロのグラスにも同じように酒を注ぐ。
それから一応誕生日だからと気を遣ったのか、カチリとグラスを合わせてからグイとあおった。
そのまま半分ほど飲みほしてからグラスを乱暴にテーブルに戻すと、ずいとゾロに詰め寄り「でもなぁ」と切り出した。


「勘違いすんじゃねぇぞ。単なる誕生日プレゼントってヤツだぞアレは。ナミさんに将来的にああやって呼ばれるのはおれって決まってんだ」

「……勝手に決めんな」


ゾロはサンジを睨み返しながら、低い声でそう対抗した。
その発言に思わず目を見開いたサンジは、体を離しフンと笑う。


「……何だよ、やっぱりてめぇもそうなのか。興味無いフリしやがってこのムッツリ野郎!」

「誰がムッツリだ!!!!」

「お前だよこのエロマリモ!! てめぇ今夜寝言でナミさんの名前呼んでみろ!! いいところで叩き起こしてやるからな!!!」

「人の夢にまで文句つけんじゃねぇよ! おれの勝手だろうが!!」


いつの間にか始まった、いつも通りのゾロとサンジの喧嘩をクルーたちは気にすることなく、宴会は続いた。


ただその喧嘩の「原因」が、特にゾロにとってはいつもと全く違うということに、酒で盛り上がるクルーたちはまだ気付いていなかった。





2011/11/11 UP

ゾロお誕生日おめでとう、の気持ち。
このゾロとナミさんはまだ出来てませんよ。
今回初めて自覚、ということでよろしく。

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