庇。







「……怒ってる?」


珍しく、恐る恐るといった声でナミは目の前の男にそう尋ねた。

椅子に座るナミの隣で、ゾロは無言で手を動かしている。
ナミの腕の傷に消毒液をかけながら、「……怒ってねぇよ」と素っ気ない低い声で返事をした。

船医のいないメリー号では、誰かが怪我をすればその手当てをするのはいつの間にかナミの役目になっていた。
無茶をしてばかりのクルーたちは戦闘となれば傷を作るし、だが作るだけでちゃんと手当てをしようとしない。
「唾つけとけば治る」と半分以上本気で思っているようなヤツらなので、ナミも黙って見ていられなくてつい救急箱を引っ張り出して手当てしてやっていた。

とはいえ、ナミだって怪我をする。
船での役割は戦闘要員でなくとも、戦闘中にただ見ているわけではないし、無傷でいられるわけもない。
治療担当のナミが怪我した場合、その手当てをするのはゾロだった。
単純に傷を負った経験が一番多く、かつその治療経験も他のクルーより多い、というのがその理由だ。


今、傷を負ったナミの手当てをゾロはしている。
戦闘での傷ならば、ゾロはこれほどまで不機嫌な顔はしない。
気を付けろと諌めはするが、怒りはしない。
だが、今のゾロは誰がどう見ても、怒っている。
そのまままた黙りこくってしまったので、ナミはどうしていいか解らず結局同じように口を噤んだ。
ゾロの手はその間も器用に優しく動いて、黙々とナミの腕に包帯を巻いていく。


「迷惑、だった?」

「………」

「……私が出なくても、あんたは自分でちゃんと避けたよね」


ナミの傷の原因は、戦闘のせいではあるが、いつもとは違う理由だった。




上陸した島に船を着け、サンジたち他のクルーは買い出しのために町へ出た。
船番にはゾロが残り、買い物を早めに終えたナミがまず戻ってきた。
その後すぐ、おそらくはナミをつけてきた海賊たちが、メリー号を襲撃した。
船内にはゾロとナミしかいなかったが、そこらのレベルの海賊にやられる二人ではない。

圧倒的優勢で蹴散らしていたのだが、相手は大人数だった。
敵を薙ぎ払うゾロの背後から剣で斬りかかろうとする男の存在に気付いたナミは、声を出したり考えたりする前に、動いてしまった。


『ナミ!!!』


ゾロの叫び声が耳に届くのと同時に、ナミは目の前の敵の剣が自分へ向かってくるのをスローモーションのように見ていた。




「解ってて、何であんな真似した」

「………ごめんなさい」

「……謝んなよ」


ゾロはそう言い捨てて、舌打ちをした。
苛立ちを隠せていないその態度に、ナミは気を抜くと泣きそうになったのできゅっと唇を噛んだ。
包帯を巻き終えたゾロは顔を上げ、泣き出しそうなナミの表情に気付くとまた苛立って舌打ちをする。


「違う、……お前は謝んなくていいんだ」

「……え…」

「お前に怪我させた自分に腹立ってんだよ、俺は」


ゾロはまた俯いて、怪我をした方のナミの手を握った。
触れる肌は随分と熱くて、ナミはそれがゾロの熱なのか自分の熱なのか解らなかった。

ゆっくりと、優しい手つきでゾロはナミの包帯の上を撫でる。
麻痺しているのか、痛みは感じなかった。
だがゾロの指先の感覚だけはやけにはっきりと伝わってきた。


「悪かった」

「………」

「ありがとう」


その瞬間、記憶がフラッシュバックした。



それは昔の記憶。
だがほんの少し前までの、自分。
仲間に会うまでの、仲間と本当の「仲間」になる前までの、自分。


魔女、と。
裏切り者、と。

罵られ恨まれて、どんな風に思われても、それでも守りたいものがあった。
愛しいものを、大切なものを、守りたいものを、守りたかった。

今でもその気持ちは変わっていない。


ありがとうなんて、言ってくれなくていいんだよ。

私はあんたの、その綺麗な背中を守りたかったの。





「ナミ?」


上手く言葉を出せないでいると、ゾロは心配そうに顔を覗きこんできた。
ナミはそれでも何も言えず、俯いてゾロの手を強く握り返す。


「痛むのか?」


ゾロが手を引こうとしたので、さらに力を込めた。


「ナミ」


優しい声に促されるように、ナミはか細い声で「ゾロ」と口にした。
ゾロは反対の手を伸ばして、俯くナミの頭をあやすように撫でる。


「……たいの」

「あ?」

「守りたいの」

「……何を」

「あんたを」


きっとそれは滑稽な発言と受け取られただろう。
ロロノア・ゾロを知る者なら、女に守られる必要がある男だとは誰一人思わないはずだ。
ゾロより強いならまだしも、ナミは誰がどう見てもゾロよりも弱い。


「大事なの。だから、守りたい」


こんなものは、ただの自己満足だ。
口にするべきことではなかった。

だがゾロは、笑い飛ばすことはしなかった。
腕の傷を気遣うようにゆっくりと、片手でナミを抱き寄せた。


「お前に守りたいって思われるようじゃ、まだまだ修行が足りねぇな」


ゾロはそう言って軽く笑って、ぽんぽんとナミの背中を叩く。

とくとくとく、と心臓の音が聞こえる気がした。
それがゾロのものなのか、自分のものなのかは解らない。
ナミは目を閉じて、その音に耳を澄ます。


「……じゃあお前と同じ理由で、おれがお前を守るよ」


耳元で、きっと他の誰にも聞こえないような小さな声で、ゾロはそう言った。

すぐに意味を理解できなかったが、だがその言葉はじわじわと胸に沁み込んでいった。
ゾロの背中に腕をまわし、ナミは体を寄せた。


「……でもあんまり、無茶なことしてくれんな。こっちの心臓が持たねぇ」

「……無理よ」

「あぁ?」

「だって、大事なんだもん。……本能で動いちゃうんだから、無理よ」


そう答えると、ゾロは少しだけ固まってそれからクックッと笑ってまたぎゅうとナミを抱きしめた。
少し傷が痛んだがナミは顔には出さず、同じようにゾロにしがみついた。
繋いだままの手も、指をからめて繋ぎ直す。


「もっと修行しねぇとなぁ……」

「……私もしようかな」

「鍛えてやろうか」

「お手柔らかに」


目を見合わせて二人は笑う。
それと同じタイミングで、賑やかな声が船に上がってくるのが聞こえた。
ゾロが「戻んの早ぇよ、クソ」と呟いて舌打ちしたので、ナミは思わず噴き出した。
正直ナミ自身も同じ気持ちだったが、三人に罪は無い。


「……とりあえず、サンジくんあたりにこの怪我の説明しないとね」

「まず聞く耳持たねぇだろうな……」



ルフィとウソップ、サンジがキッチンの扉をあける直前まで、二人は繋いだ手を離さなかった。




2011/11/23 UP

「ゾロの背中を庇って怪我するナミ、そこで改めて互いの大切さを実感するゾロナミ。最後は甘々」
うーん、何度か書いたことあるような…覚えてないんで解らない。
キャラが定まってない感がプンプン漂ってますが(笑)、とりあえずゾロの背中は今日も綺麗です。

たつ様、何か最後グダグダですけど……許して!!!!

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