歩。







「ゾロー、この店終了」

「へーへー」


ナミに言われるまま、両手一杯に紙袋をぶら下げたゾロは何かを悟ったような表情でその後に続いた。

今回の上陸では諸々の買い出しがメインで、サンジやウソップ、チョッパーらはそれぞれ自分の領分を担当している。
特にサンジは食材の調達に今日は特別に張り切っていて、朝早くから姿を消していた。
ナミも文具や日用品などを担当し、荷物持ちとしてゾロを引きつれ先程からひたすら買い物をしている。
服を買うのがメインではないため、普段に比べればひとつの店にかける時間はさほどではないが、
いかんせん量が量だけに、既にゾロの両手の荷物は、道行く人にぶつかって邪魔になるほど膨らんでいる。
さすがに通行人に睨まれてその状況に気付いたナミは、少し考えて今出たばかりの文具屋へと引き返した。
買い忘れかと思い、ゾロは何も言わずにそのまま付いて行くと、ナミが店主と何やら交渉していた。


「だからー、あんだけ買ったんだからちょっとくらい預かってくれてもいいでしょ?」

「いやー、さすがにその量は……ウチではそういうサービスはちょっと」

「お願い、オジサマ!」


渋っている店主に、カウンター越しに擦り寄るように身を寄せ、それからうんと甘い声を出す。
ナミにこれをやられて落ちない男はそうはおらず、案の定この店主も結局ナミの提案を受け入れた。

大量の荷物を店の奥に預かってもらい、手ぶらで身軽になった二人は軽い足取りで再び店を後にした。


「うーんと、とりあえず船の買い物は終わりかな」

「まだ何かあんのか」

「ある意味メインが」

「ふぅん」


コキコキと首を鳴らしながら、ゾロは隣のナミを見下ろす。
買い出しメモを見ていたナミはそれを折りたたみ、スカートのポケットにしまう。
ちらりと見えたメモによると、既に予定の買い出しは終了しているようだった。
とすれば、残りの時間はナミの個人的なショッピングになるのだろう。
ゾロはここからさらに長期戦になるのを覚悟して、こっそりと溜息をついた。


「ねぇゾロ、何が欲しい?」


そんな覚悟とは裏腹な言葉を投げかけられて、ゾロは返事に困り首をかしげる。
ナミは機嫌の良い笑顔でゾロを見上げて、「何が欲しい?」とまた聞いてくる。
船の財布をガッチリ握っている航海士からこんな質問が来るとは思っていなかったので、思いきり疑いの眼差しを向けてしまったのは仕方ないことである。


「何だよ突然。何たくらんでやがる」

「何って……」


ナミは心底不思議そうな顔で目を丸くする。


「あんたの誕生日でしょ、今日は」

「………あ?」


11月11日は、確かにロロノア・ゾロの誕生日である。
ゾロは今日が自分の誕生日だということをすっかり忘れていたので、今ナミに言われてようやく朝の慌ただしさに納得した。
船にはまだそれそこ食糧があるのに、サンジが買い出しに気合を入れていた。
それにウソップやルフィもそわそわと買い出しに出かけていた。
ナミがここで言うくらいだから別にサプライズを計画していたわけではないのだろうが、今朝は誰も何も言わなかったのでゾロは気付きもしなかった。


「自分の誕生日忘れるとか……ないわー」

「うるせぇ」


ナミはクスクスと笑い、歩きながらトンとゾロによりかかる。


「で、欲しいものある?」

「別に……無ぇな」

「張り合いないわね。まーそれでもいいけど、私は」


ゾロと腕を組んで、ナミはクスクスと笑った。


「当日にデートできてるし」

「………デート?」


ナミのその言葉に、ゾロはぴたりと足を止める。
顎に手をやって険しい顔で考え込み、それからナミをじっと見つめた。


「……なに?」

「これって、その、デート…か?」

「……違うの…?」


途端にナミが顔を歪ませる。
それに気付いてゾロは慌てて「変に取るなよ!」と付け加えた。


「アレだ、なんつーか、こういうのは所謂デートってのと違うんだろ」

「…何それ、誰かの入れ知恵?」

「……クソコックに散々文句言われた。お前のはデートじゃねぇ、少しは努力しろ、だと」

「あはは、サンジくんらしい発想だわ。ありがたいけど」


ナミがいつもの笑顔を見せたので、ゾロはほっと息を吐く。
それから引っ張られるまま、また歩き出した。
ちらりと見下ろすと目が合って、ナミはにっこりと一層嬉しそうに笑う。

サンジに散々嫌味を言われたのはほんの数日前だった。
基本的生活が船の上なのだからデートの回数がごく一般的な恋人たちより少ないのは仕方ないが、それでもたまに上陸したときくらいナミをエスコートするべきだ。
珍しくゾロに付き合って晩酌していたサンジは、酔っ払った状態でそうゾロに文句をつけた。
島に上陸すればゾロとナミで行動することは多い。
だがその目的はあくまでも買い出しであって、決してデートという名目ではなかった。
さすがのゾロもその自覚はあったので反論はできず、酔ったサンジの延々と続く説教を苦々しい顔で聞き流すだけだった。

だが、今こうして二人でいつもと同じ買い出しをしている最中も、そしてそれを指摘したあとでも、ナミは笑っている。
こんなことで気を遣う女ではないから、本当に楽しいんだろう。
ゾロは反対側の手でガリガリと乱暴に頭を掻いて、「あーー」と唸ったあとナミに尋ねた。


「お前はこれでいいのかよ」

「いいに決まってんでしょ」


即答され若干拍子抜けしたゾロに向かって、ナミはびしりと指を突き付けた。


「あのね、グルグルと悩んでくれたのは素直に嬉しいわ。でもこれは解っててくれないと」

「あぁ?」

「私はね、あんたと二人で出かけられるんならどんな状況でも嬉しいの」

「………」


ナミは無条件で人を惹きつける笑顔を見せながら、するりとゾロと指を絡ませる。


「ただの買い出しだって、私にとっては十分デートよ」

「……ふぅん?」


ぎゅうと手を握り返すと、ナミも同じように握ってくる。
ゾロは他のクルーには決して見せない柔らかい笑顔になり、ナミも満足気に笑った。


「それでも気になるっていうんなら、あそこのお店のワンピースとかスカートとか買ってくれてもいいけど?」

「今日おれの誕生日だろ? 何でおれがたかられるんだ?」

「冗談よ、冗談。でもまぁ……たまには念入りに計画したデートってのもアリだけどね」

「……考えとく」


二人は手をつないだままで、ゾロは眉間に皺を寄せつつも笑っている。
その顔にナミはクスクスとからかうような笑みをこぼし、ゾロの肩にもたれかかる。
隣の男にそんな甲斐性が期待できないことはナミはよく解っているし、ゾロも自分にそんな計画を立てる知識や金があるとは思っていない。
だがそれでも前向きな答えをしてくれたことがナミは嬉しかったし、実現可能か不可能かは置いておいて、そのうち実際に考えようとゾロは思った。
その場合、不本意ながらサンジやロビンにアドバイスを貰わなければならないのは明白で、それを想像するとどうしてもゾロの顔は険しいものになる。
そして多分ナミは、その段階までのゾロの苦悩をお見通しなのだ。

魔女のような笑顔でゾロを見上げ、「よろしくね」と言いながら肩から離れ、再びゾロを引っ張るように先導して歩き出す。
そのままクルリと向きを変え、足を止めてゾロの正面に立った。


「ま、無理は禁物だから期待せずに待っとくわ。ホテルの高級スイート宿泊とか高級レストラン貸し切りとか、バラ100本の花束プレゼントとか、公衆の面前でプロポーズとか、全っ然期待してないからね?」

「………思いっきり期待した目じゃねぇか」

「あらそう?」


小首をかしげて、わざとらしくきょとんとした顔をするナミの頭を、ゾロはガシガシと撫でた。
撫でながら、ゾロは顔を背ける。


「……あー、最後のは、人前は勘弁してくれ」

「………人前じゃなければ、アリなの?」


目を見開いたナミは、耳まで赤いゾロの顔をじっと見つめる。
相変わらず顔を背けたままでその視線を受け止め、だが見つめ返すこと出来ずにゾロは「まぁ、そのうち」とだけ小さく返した。
ゾロほどではないにしても頬を染めたナミは、隣に移動するとまたぴったりとひっついた。


「……ふふっ、いつかなー! 楽しみ!!」

「他のヤツは金が無ぇから無理だ」

「残念なことによーく知ってるわ、その事実は」

「だろうな。解ってんなら少しは減らせ」


クルーに金を貸している張本人のナミは、何も聞かなかったことにしてゾロの発言をスルーした。
きょろきょろと周りを見渡し、「ほらアレ」と一点を指差す。
ゾロもそこに目をやると、いかにも悪そうな男たちが立っていた。


「お金が無いなら稼げばいいんじゃない? あのへん賞金首いそうだし、ちょっと行ってらっしゃいよ海賊狩りさん」

「アホ言うな」

「冗談よ」

「目がマジだぞ」


ゾロは呆れた顔でナミの手を引き、指差されていたことに男たちが気付く前にさっさと歩きだした。
別に絡まれたところで痛くも痒くもないが、邪魔されるのは腹が立つ。
なんせ今日は自分の誕生日で、好きな女はこんなただの買い出しを「デートだ」と喜んでくれているのだ。
あんなゴロツキに関わっては時間の無駄というものだ。

そんなゾロの心中とは違い、ナミは至極真面目な顔でぶつぶつと何かを呟き始めた。


「でもまぁ…間に人を置けば海軍にこっちの顔はバレないし…仲介手数料かかってもそこそこの収入に……」

「………おいおい……」

「冗談だってば」

「お前の冗談はいつも顔が本気なんだよ」


バレちゃった?と屈託の無い笑顔を見せるナミに思わずゾロも苦笑して、ぐいとナミを引き寄せるとその耳元で「まぁ待ってろ」と囁いた。



ゾロは指輪購入資金をこっそりとこの手を使って稼ぐのだが、それはまだもう少し先の話である。




2011/11/17 UP

『ゾロの誕生日に上陸した街で二人きりで過ごすゾロナミ』

ラーブッラブ!ラーブッラブ!という気持ちで。
珍しくナミ→ゾロ色が強め…かな?

チカさん、これじゃあリクに合わないかな…。

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