赤。







「先生…相談があんだけどよ」



そう言いながら、居心地悪そうな金髪の少年はちらりとシャンクスを上目遣いで見た。
しんとした室内では、押し殺したその声も十分に耳に届く。
放課後の職員室にはもうシャンクスしか残っておらず、むしろその機会を狙ってこの少年はやってきたのだった。



「おう、どうしたサンスケ。眉毛なら気にすんな。全然おかしくなんかねぇって!」

「誰も悩んでねーよ!!!!」



サンスケはとりあえず全力で突っこんで、それからもう一度周囲に人影が無いことを確認すると、
椅子に座ったままのシャンクスをじぃっと見つめる。
シャンクスは隣の教師の椅子をカラカラと足で引っぱり、座れと顎で示す。
素直に腰を下ろしたサンスケは、ほんのり頬を赤くしてなにやらもじもじとしている。



「…サンスケ、悪ぃがおれは女が好きだ」

「あ?……か、勘違いすんじゃねー!! おれだって女の子が大好きだ!!!」

「なんだ、違うのか。じゃあどうした?」

「いやその、おれ………好きな子がいんだけど」

「おれか」

「だから違う!!!! アホか!!!!」

「じゃあ誰だよ」

「………ナミエさん」



ぽっと顔を赤くして、サンスケは恥ずかしそうに笑った。
男の照れ顔なんざ見たって気持ちよくはないが、可愛い生徒の相談ならばここは真面目に聞かなければならない。
なんせ、荒れまくりの不良生徒がわざわざ職員室に足を運んできたのだ。
これは教師冥利に尽きるというものだろう。



「そうかそうか、青春ってヤツだな…。で、どういう相談なんだ?」

「その、ナミエさんって付き合ってるヤツいんのかなーと」

「…そんなん、本人に聞いたらいいんじゃねぇの?」

「……緊張しちまうんだ」



女子に対していつもヘラヘラとした軽い男だと思っていたサンスケが、本気の女に対してこんな臆病になるとは。
シャンクスはまた「青春だな」と呟いて、ぽんぽんとサンスケの肩を叩いた。



「よしよし、じゃあ先生がこっそりリサーチしといてやる」

「先生…! ありがとう! おれが聞いたってのは内緒な!」

「あぁ!」



キラキラと目を輝かせるサンスケに、シャンクスはにっと笑ってみせた。








翌日、登校してくる生徒に挨拶をしながら、シャンクスはナミエの姿を探した。
だが相変わらずの短いスカートから脚線美を披露しているナミエが登校してきたのは、とうに授業が始まってからだった。



「おいおい、遅刻だぞ! ちゃんと授業に出ろ!」

「あ、赤髪先生おはよー。だってー、セットが上手くできなかったんだもん」



しゃあしゃあと、ナミは毛先をクルクルと指で巻きながらそう答えた。
下駄箱に仁王立ちになっているシャンクスににっこり微笑んで、授業なぞ関係ないと言わんばかりにゆっくりと靴を脱いでいる。



「赤髪先生の授業はちゃんと出るわよ?」

「パウリー先生が泣くぞ」

「明日は頑張りまーす」



ひらりと手を振りながら教室へと向かうナミの後に、シャンクスも続く。
ペタペタとスリッパを鳴らし付いてくる教師に、ナミはぴたりと足を止めると振り返って首をかしげる。



「先生なに? 何か用なの? お金ならトイチで貸すわよ

「いやー、ちょっとお前に聞きたいことがあってな」

「聞きたいこと?」



シャンクスはちょいちょいと手招きをすると、ナミエを近くに呼び寄せる。
素直にナミエが近づいてくると、少しだけ声を小さくして尋ねた。



「お前、付き合ってるヤツっているのか?」

「………はぁ?」



予想外の質問にナミエは呆れた表情を見せて、シャンクスをじぃっと見つめる。



「…誰かに聞けって頼まれたの?」

「まぁ、そんなとこだ」

「………」



誤魔化すようにへらりと笑ったシャンクスを、ナミエはじろじろと見つめ、それから俯いた。
しまった、セクハラだったかな、とシャンクスは一瞬ヒヤリとする。
なんせ隙あらば慰謝料を請求してくる生徒なのだ。
大袈裟に訴えられてしまっては、本気で全財産を搾り取られてしまいそうだ。
だがナミエが顔を上げたとき、シャンクスはその頬がほんのり赤いことに気付いて「おや?」と思った。
その赤さは、怒りではなくむしろ恥ずかしさからのものに見えた。



「……誰に頼まれたの?」

「それは言えねぇな。男と男の約束だからな」

「………ゾロミチ?」

「へ?」

「…な、なんでもない!!!!」



ナミは顔を隠すようにまた俯いて、そのまま背を向けるとダッシュで廊下を駆けて行った。
その背をぽかんと見送って、シャンクスはぼりぼりと頭を掻く。

真っ赤な顔で少女が呟いた名前は、同じクラスの男子だった。
常に三本の刀を持ち歩く、絶賛銃刀法違反中の不良だ。



「えーと、つまり」



自分に恋人がいるかどうかを知りたがっている男がゾロミチであればいい、とナミエは思ってるってことか?
シャンクスは腕を組むと「うーん」と唸った。
相談されたからにはサンスケの恋が実って欲しいものだが、少し雲行きが怪しくなってきた。
いや、素直に面白くなってきたというべきか?
思春期は、こうでなくてはいけない。



「とりあえず、ゾロミチにも聞いてみっかな」



好奇心の赴くままに、シャンクスはうむと頷いた。








昼休みになり、シャンクスは屋上へと向かった。

ゾロミチはいつも昼休みになると学校の屋上で昼寝をする。
その昼寝が結局は夕方まで続くこともザラではないので、最近は昼休みの終わりになるとシャンクスはチェックに行っているのだった。

だがこの日は、少し早めに足を運んだ。
扉を開けると、フェンスに寄りかかって眠そうにパンに食らいついているゾロミチの姿があった。
「よぉ」と声をかけてから、その隣に腰を下ろす。



「先生、今日は早ぇな。まだ全然寝てねぇよおれ」

「ちょっと話があってなー」



三本の刀は、シャンクスとは反対側でフェンスに立てかけられている。
ゾロミチはこれをとても大事にしているから、きっとケンカのためだけに持っているのではないだろう。
そのへんの話もいつかこの生徒としてみたいと思いながら、シャンクスは早速今回の本題を振る。



「あのな、お前付き合ってる女いるか?」

「あ? いねぇよ。いきなり何だ」

「そうかー。じゃあ好きなヤツは?」

「……本当、何だよ急に…」

「いやー、たまには生徒と恋バナもいいなと」

「あほらし」



ゾロミチは最後のパンのカケラを口に放り込むと、牛乳を一気飲みした。
もぐもぐと口を動かす生徒を横目で見ながら、シャンクスはニヤニヤと笑う。



「でもクラスの女子とか、気になるヤツの一人くらいいんだろ? それが思春期ってモンだ!」

「…別に」

「ロビカとか、大人びてていい女じゃねぇか?」

「知らねーよ」

「ナミエも将来いい女になるだろうしなー」

「っ…………」

「お?」



ナミエの名前を出すと、無言のゾロミチの肩がぴくりと反応した。
その横顔はうっすらと赤くなっている。
シャンクスがじーっと自分を見ていることに気付いたゾロミチは、さらに顔を赤くしてふいっと顔を逸らした。
「ここにも青春が…」とシャンクスは心の中で呟いて、がっちりとゾロミチの肩を抱いた。



「そうかそうか」

「な、なんだよ……」

「いやいやいやいや、何かいいなぁ!」

「何が!」

「気にすんな。 じゃあな!」



シャンクスは爽やかに笑いながら、ポンポンとゾロミチの頭を叩いてから屋上を後にした。
残されたゾロミチが怪訝な顔で見送っていることには気付かず、シャンクスはにこにこと楽しげに一人笑っていた。
階段を降りながら「このじれったさが青春だな」と呟いて、それからふと足を止める。



「あ、サンスケ」



そもそもサンスケの恋の応援のために調査していたのだ。
予想外のゾロミチとナミエの矢印の行方に興味が行ってしまって、サンスケのことはすっかり忘れていた。
さて、どう説明するべきか。
廊下のど真ん中で立ち止まり腕を組むシャンクスは、どこまで話すべきかを考えた。
真実全てを話すのはあまりに酷だろうか。
だが黙っておくのも嘘をつくのも、サンスケの恋のためにはならない。



「先生!」



その声に、まだ答えが出ていないのにと思いながらもシャンクスは振り返る。
相変わらず期待に目をキラキラさせたサンスケが、一直線に廊下を駆けてきていた。



「先生、聞いてくれたか?」

「おー、おぉ」

「どうだった?」



シャンクスはちらりと周りを見て、廊下の端に移動する。
昼休みも終わりかけで廊下に出ている生徒はちらほらとしかいないが、一応プライベートの話だと気を遣ったのだ。
サンスケも同じように端に寄り、わくわくとシャンクスを見上げる。



「えーとな、とりあえず付き合ってるヤツはいないらしい」

「マジか!!」

「ただ」

「よっしゃ、待っててナミエさーーーん!!!!!」

「あ、おい」



言葉の続きも聞かず、サンスケは目をハートにして自分の教室へと走って行った。

あれは、フラれることを想定していない。
たとえ付き合っている相手がいなくとも好きな相手がいないわけではないだろうのに、その可能性を全く考えていない。

自分が十代だった頃はあんな風に周りの見えない一直線野郎だっただろうかと、
シャンクスは消えてしまった青春男子の後影を見つめた。



「……とりあえず、面白そうだな!」



全てを伝えることは出来なかったが嘘はついていない。
ならばあとは行く末を見守ろうと、年甲斐もなく目をキラキラさせたシャンクスは急いで教室へと向かった。






あと数分で午後の授業が始まる時間だが、もちろん生徒たちは授業の準備なんかしていない。
昼寝をしているヤツもいるしまだ何やら食っているヤツもいる。
中には勉強しているヤツもいるが、もうすぐしたら「うるせぇ!」とキレるだろう。
シャンクスがそんな教室内に入ったとき、教壇のあたりでサンスケがナミエの前に跪いていた。
教室を見渡すと珍しくゾロミチの姿があり、窓際で二人の様子を挙動不審に見つめていた。
サンスケの態度から、彼がこれから何をするのかは一目瞭然だ。
一部の他の生徒もそれに気付いて、ニヤニヤと見守っている。
シャンクスも声をかけず、その様子を扉の傍で眺めた。

サンスケは跪いたままで、恭しく片手をナミエへと差し出した。



「ナミエさん!」

「なぁに?」

「好きです! つきあってください!!」



どーん、という効果音がぴったりなほど、どストレートな告白だった。
周りの生徒からは小さく「おぉ…」と声が上がり、ナミエもさすがにうっすら頬を赤らめた。

えらいぞサンスケ!とシャンクスは心の中で叫び、それからゾロミチへと視線を移す。
サンスケの告白に明らかに動揺しているゾロミチの姿がそこにはあった。
さぁどうするゾロミチ!?とうずうずしていると、サンスケが強引にナミの手を握った。



「絶対幸せにします!!」

「えーと…」



意外と力の強いサンスケの手をナミエは振り払えないまま、視線を泳がせた。
無意識に、ゾロミチを探してしまっている。
そして教室の隅にいたゾロミチを見つけ、一瞬だけその視線が合わさった。

その瞬間、ゾロミチが他の生徒の壁を押しのけてナミエたちへとズンズンと近づいた。
サンスケの腕を乱暴に払いのけ、自分がナミエの腕を取る。
突然の乱入者にサンスケはムッと顔をしかめ、ナミエは驚きのあまり固まっている。



「何だよモヒカン野郎、ジャマすんな!」

「……ジャマはお前だ!」

「はぁ!?」



ゾロミチはぐいとナミエの両肩を掴むと強引に自分と向かい合わせ、まっすぐにその目を見つめた。
ナミエの顔はどんどんと赤くなってきて、掴まれた肩の痛みなど全く感じていないようだった。



「ナミエ、おれと付き合え! お前が好きだ!!!」

「えっ……」



サンスケに劣らぬストレートな告白に、再び教室内から小さな歓声が上がる。
「真似すんな!」とか「ナミエさん、おれのが先だよ!」とかいうサンスケの発言は、二人の耳には全く届いていない。
見つめあい、それからナミエは真っ赤な顔のまま微笑んで「うん」と答えた。

教室内からはさらに大きな歓声が上がり、冷やかすように自然と拍手が起こった。

すっかり忘れられた存在のサンスケは目の前の光景が信じられないのか、跪いたまま唖然として固まっている。

ゾロミチとナミエはお互い真っ赤になっていたが、冷やかしにもどこか嬉しそうに笑っていた。
ナミエはともかく、ゾロミチがあんな風に笑うのはここに来て初めて見たなと、シャンクスも嬉しくなった。

扉に寄りかかっているシャンクスに気付いたゾロミチは、ぎゅっとナミエの手を握ると声高に叫ぶ。



「先生、授業サボるぜ!」

「おーおー、好きにしろ!」



シャンクスはにっと笑って、二人に手を振った。
ゾロミチもにやりと笑い返し、ナミエの手を引っぱると教室を飛び出した。
戸惑っていたナミエだったが、結局は笑いながら一緒に走り出していた。

扉から外に顔を出して二人の背中を見送ったシャンクスは、そこでようやくサンスケの状態に気付いた。

サンスケはいつの間にか床に伸びていて、周りの生徒が面白そうにそれを突付いている。
あちゃーと呟いて、シャンクスはゆっくりと近づいた。
隣にしゃがみこみ、あやすようにその金髪を叩く。
サンスケはうつぶせたまま顔を上げずに、しくしくと泣いていた。



「あーー、サンスケ? まぁこういうこともあるわな」

「ひでーよ先生、何で行かせるんだよ」

「どこかの誰かが言っていた…、男なら、やってやれ!ってな! うん、お前もよくやったよ」

「玉砕じゃねーかちくしょーー!!!」

「どこかの誰かが言っていた…、恋はいつでも、ハリケーン!ってな!」

「くそう、全然慰められねぇけど何でかめちゃくちゃ納得できる!!」



うわーんと泣くサンスケに、生徒たちはもう飽きたのか再び自由気ままな行動をしている。
次はシャンクスの授業なので他の教師がやってくる様子も無い。
よしよしとサンスケを撫でながら、シャンクスはさらにしゃがみこんでサンスケの傍でぼそりと呟く。



「今度合コン連れてってやるから、元気出せよ」

「…………マジで」

「おぅ、ナースとの合コンだ。本当はミホーク誘ったんだけどな、断られたからお前連れてってやる」

「…………マジで」

「でも酒は飲むなよ」

「…分かった」



むくりと体を起こしたサンスケは、シャンクスの腕をがっちりと掴んだ。
その目は期待に満ちてキラキラ…というかギラギラしていた。



「約束だからな!!」

「おぉ」

「お前ら勉強の邪魔すんじゃねぇーーーーー!!!!!!」



ブチギレたルフィシロウに教室内の人間とまとめて吹き飛ばされながら、
シャンクスは「こいつら本当おもしれぇなー」としみじみと思ったのだった……。




2010/01/22 UP

『TREASURESの赤髪TIMEで学園ゾロナミ』

あれ、ゾロナミメインになってない。
むしろサンスケと赤髪先生のお話に?
……まいっか!
ごめん!
瀬季藜花さん、多分お望みのものとは違うけど、勘弁して!


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