落。






 「なーナミーー、チョコくれよーー」

 「くれよーー」

 「何でよ」



一人の美少女を取り囲むように、まだ幼さの残る顔立ちの少年2人がチョコを強請っている。
近所の住人たちは、いつも仲良しな彼らの姿を見て微笑みながら通り過ぎていく。



幼馴染である3人は揃って同じ高校に進学し、毎日同じ通学路を並んで歩いている。
もちろんそれぞれ別々の友人がいるわけで、同じクラスでもないので帰りがバラバラになることもあるが、
そういうときでさえ家が近づくと何故か合流してしまうのだった。

いわゆる腐れ縁、というヤツで、
この日も少女は女友達と帰っていたはずなのに、途中で別れたあとで気付けば幼馴染2人と鉢合わせたのだった。
そんな偶然に3人とも最早驚くことはなく、いつものようにそれぞれの家までの道を並んで歩く。


2月に入ったばかりでまだ空気は冷たく、少女―ナミ―はグルグルに巻いたマフラーに顔の半分を埋めて、寒い寒いと呟いた。
隣の少年2人は学ランの上にコート1枚で、マフラーはおろか手袋さえもしていない。
見ているだけで体が冷える幼馴染の姿に、ナミは顔をしかめた。



 「あんたら、相変わらず薄着ね。寒いんですけど。ウソップ、マフラーどうしたのよ」

 「カバンん中。走ってたら暑くてよー」



長い癖っ毛の髪を後ろでくくっている、ナミにウソップと呼ばれた少年がハハハと笑いながら答える。
言葉通り、吐く息は白いのに少年らは震えるどころか額にうっすら汗のあとすら見えた。



 「なーナミ、だからチョコくれって」

 「そうそう、チョコ」



ウソップの隣で、こちらも寒さに負けず元気一杯の少年は再びナミにそう声をかけた。
ルフィという名のその少年はナミを挟むように移動して、しつこくチョコチョコと繰り返す。
厚手の手袋でモコモコになった手で、ナミは風に吹かれた前髪を直しながら溜息をついた。



 「だーかーら、何で私が」

 「幼馴染にチョコあげるのは王道だろー!」

 「何の王道よ、何の。クラスでもらう予定無いの」

 「アリマセン。だからクダサイ」

 「クダサイ」



2人はピシリと腰を曲げて宣言する。
一歩先で足を止め振り返ったナミは、2人の姿に苦笑しつつ、マフラーを下げて少しだけ口を覗かせた。



 「あんたらさ、小学校のときにあげたチョコ覚えてる?」

 「最初で最後のチョコだろ」

 「そう、お母さんと一緒に頑張って作った、初めての手作りチョコ」

 「あんときくれたんだから今年もくれよーー」

 「話を聞け! あのとき私は、気合入れてあんたら如きにあげる用なのにも関わらずラッピングも頑張ったわけよ」

 「何かさらっと酷い言われようじゃねぇ?」

 「な」

 「で、あんたらそれをどうしたか覚えてる?」



ナミがじろりと睨みながらそう尋ねると、2人は互いに目を合わせ声を揃えて返事をした。



 「美味しく食ったぞ?」

 「あげた瞬間、ラッピングびりびりに引き裂いて、チョコを丸呑みしたのよ」

 「……それが何だよ、ダメなのか?」

 「幼いナミちゃんの乙女心は、あの瞬間に傷つき崩れ落ちたのです。
  そして誓ったのでした…もう二度とこいつらにチョコはあげない、と」

 「………」



ナミはじゃあねと手を振って、すぐ近くになっていた自分の家へと入って行った。
残された少年2人はきょとんと立ち尽くし、「何で?」と首をかしげていた。










部屋に入ったナミは、コートやマフラーをハンガーに架け、部屋着に着替えるとベッドに腰を下ろした。

幼馴染の必死な姿を思い出して、一人でクスクスと笑う。
あんなに必死にチョコをせがむなんて、どうやら今年も彼らは彼女が出来なかったらしい。

小学校時代のチョコを最後に、彼らにはバレンタインのプレゼントは渡していない。
中学の3年間は、ナミからではなくナミの母からのチョコを渡していた。
ナミ自身も中学時代に渡す相手はおらず、父親もいないので、人のことは笑えず結局バレンタインとは無縁の3年間だった。


高校に入って最初のバレンタイン。
今年はナミも手作りチョコに挑戦するつもりだった。
16のバレンタインは一度きり。
まぁ、17も18も一度きりではあるけれど。
店に行けばどこもバレンタイン特集が組まれていて、キットやら型やらラッピンクやらメッセージカードやらが、
本屋に行けばレシピ本が大々的に並べられている。
そんな空気の中では「え、あんた16の女子なのにチョコ手作りしないの?」と何処かの誰かに責められているような気になってしまう。
だから今年は、そんなイベント事に乗っかってみようかな、と思ったのだ。

もちろん、手作りするからには渡す相手が必要だ。
だがそれは幼馴染ではなく、別にいた。


同じクラスの、ロロノア・ゾロ、である。
1ヶ月前に転校してきたその男は、無愛想で目つきが悪く、クラスの女子とはまだあまり馴染んでいない。
仲の良い男友達は出来たようだが、クラスでバカ騒ぎするタイプではない。
それなりに顔は整っているので、もしかしたら今年のバレンタインに彼にチョコを渡す女子は何人かいるだろう。
それでなくても『転校生』というブランドを背負っているのだ。

ただ問題は、ナミは別にロロノアと付き合いたい、という訳ではない、ということなのだ。


当然、キライな訳ではない。

この間、ナミは図書館に行ったときに偶然彼の正面の席に座った。
小テスト前で空席が少なくて、空いた席のうち日当たり・エアコンの位置からしてベストポジションに座ったらそれが彼の向かいだったのだ。
それまで特に会話をした事は無かったので、ちらりと顔を上げた彼と目が合っても挨拶をするわけでもなく、
『ここ、いい?』とナミが尋ねて彼が『あぁ』と答えたくらいしか言葉を交わさなかった。

それから1時間程して、ロロノア・ゾロが帰る準備をして立ち上がったときに、ナミのペンが転がって机から落ちそうになった。
あ、と手を伸ばしたがそれは机から消えて、だが大きな音は響かなかった。
さっと体を屈めて腕を伸ばした彼が、床に落ちる前にそれを上手くキャッチしたのだ。
お互いほんの少し固まって、それから体を起こした彼はコトリとペンをテーブルに戻した。
『ナイスキャッチ、ありがとう』とナミが笑って言うと、彼もほんの少しだけ笑った。

転校初日から目つきが悪くてガタイもいいものだから、最初はうっかり不良なのだと思っていたが、
授業にもちゃんと出ているし、剣道部に入ったらしいのでその印象はすぐに消えた。
それでも、とっかかりにくい印象はそのままだったが、この日、現金な事に一気に好印象に変わってしまった。
無愛想はクールへ、目つきの悪さは鋭さへ、ガタイの良さは逞しさへ。


だからと言って、ナミはロロノア・ゾロを『好き』なわけではない。
それとは…少し違う気がしていた。
今までそういう『付き合い』をしたことがなかったので、ナミには『好き』という感情がいまいちよく分からなかったが、
『付き合いたい』という思いとは何かが違った。

でも、気になる。

チョコをあげたら、どんな顔をするだろう?
それが手作りだったら、どう思うだろう?
チョコをあげることを、彼はどう思うだろう?

とにかく、彼の反応が見たいのだ。


またあんな風に照れたように、笑ってくれるだろうか。









そして、2月14日。

半日の授業を終えて、ナミは部活へ向かおうとするロロノア・ゾロを部室の手前で呼び止めた。
そのまま裏へ引っぱって、周囲を確認して手にしていた紙袋を持ち直す。
ロロノアは驚いた顔をしてはいたが、大人しくその場に留まってくれた。



 「はい、コレ」

 「……何」

 「チョコ。もう誰かから貰った?」

 「…あぁ…、いや…」

 「どっちよ」

 「断ったから」

 「え、そうなの」



やはり先手はいたらしい。
しかしチョコを断る類の男子だったとは、ナミには予想外の事実だった。
自分でも調子良すぎるとは思うが、受け取り拒否される可能性を全く考えていなかったのだ。

でもきっとその断られたコたちは、『付き合って』という風の事を言ったのだろう。
ならば軽い調子で渡せば、拒否される可能性は少なくなる。
既に彼女や本命がいるのなら、また話は別だが。
それはこの際考えない。

だって、せっかく作ってきたんだもの。

ナミは自分の中でそう結論付けて、にっこりと笑うと紙袋をロロノア・ゾロの胸に押し付けた。



 「貰って」

 「………」

 「…手作りだよ」



義理チョコのノリにしては重いか、と思ったが、ナミはついつい言ってしまった。
もし受け取り拒否されてしまったら、手作りしたことすら知られないではないか、と考えたのだ。

笑顔で渡したもののさすがに気恥ずかしくなって、紙袋を押し付けたままで視線を下げる。
押し付けたままの紙袋を受け取る気配は無く、ナミは気まずくて顔を上げられなかった。
その間、あぁやっぱり本命以外は受け取らないのかしらとか手作りは重かったかとか、
こんな中途半端な気持ちで手作りしてイベントに参加しようとするからバチが当たったんだわとか、色々考えていた。

何だか自分が情けなくて、うっかり泣きそうになってきたので、紙袋をロロノアの胸から離した。
ここで笑って明るく退散すれば、傷も小さくて済む。
だが、下げられたままだった彼の手が、その紙袋を掴んだ。



 「え」

 「………」



びっくりして顔を上げたナミは、ロロノアの顔を見て固まった。



 「あーー………、…ありがとう」



耳まで真っ赤になった彼は、しっかりと紙袋を握ってそう言って、少し笑った。



やだ。
この反応は、予想以上。

こんな真っ赤になるなんて。

こんな、こんな顔でありがとうと言うなんて、反則だわ。



自分の頬が一気に赤く染まっていくのを感じて、それがまた恥ずかしくてナミの顔もどんどんと真っ赤になる。
互いに赤い顔で立ち尽くし、揃って俯き『えー』とか『あー』とか無意味に呟いてみたりする。

ナミがそっと顔を上げると、ばちりと彼と目が合う。
その瞬間に、全く想定外の、用意していなかった言葉が出てきた。



 「付き合って、ください」





本当に、最初はそんなつもりでチョコを渡したのではなかった。
ただ義理よりは少し好意を込めて、イベントに乗っかる気持ちで。
結果を求める気持ちは無くて。

最初は、本当にそうだったのだ。

でも今は。

好きだな、と。
付き合いたいな、と思ってしまった。

勢いとはいえ、こんな告白をしたのは初めてで、ナミの頭の中は真っ白になりつつあったが、
目の前の男が『よろしく』と言ってまた少し笑ったので、あぁやっぱりその笑顔は反則だわと思った。









その日の夕方、ナミから『おこぼれ手作りチョコ』をゲットしたルフィとウソップは、
大喜びで手にした瞬間にラッピングをビリビリに裂いてチョコを丸呑みしたが、ナミがそれを怒ることは今年は無かった。





2009/02/14 UP

久しぶりにあまーーいゾロナミでも書こうと、バレンタイン話にチャレンジしたのですが…。
あれ、全然甘くないしゾロもナミもキャラ違うし、
ゾロひっそりとした登場やし……。
……人生って上手くいかないよね!!

甘系小話/NOVEL/海賊TOP

日付別一覧

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送