捜。
5歳になったミラは、愛らしい容姿とは裏腹にかなりのお転婆娘に育っていた。
母親が誰かであるかを思えば当然の成長と言えるし、まわりの環境を考えればそれは不可抗力だとも言える。
高額賞金首である天才航海士と、その倍以上の高額賞金首の大剣豪との間に生まれた少女は、
クルー全員が賞金首である海賊船ですくすくと成長し、
彼ら全てを親代わりとして甘やかされ、かつ厳しくしつけられ、5歳とは思えぬ知識と立ち振る舞いを身につけていた。
それでも子供は子供であり、敵襲の無い穏やかな日や勉強の終わったあとなどは、
ルフィらと一緒になって船内を走り回っている。
超のつく高額賞金首であり麦わら海賊団の船長であるはずのルフィは、
この年になってもその少年らしさを失わず、ミラと遊ぶときには同じような精神年齢になっているようにも見えた。
多少乱暴な遊びをすることもあり、そのせいでミラのお転婆に拍車がかかっているのは事実だが、
ナミ自身も自分の幼少のころを思い出すとあまり強くルフィを諌めるわけにもいかず、
『大きなケガだけはさせないように』と釘を刺すだけに留めていた。
何しろミラは海賊の娘であり、彼女自身も海賊船に身を置く立派な『海賊』であるのだから、たくましく育つくらいがちょうどいい。
それがロロノア夫婦の教育方針であった。
だからこの日も、ルフィとミラがほぼ全力疾走で船首から船尾までじゃれながら駆け抜けていくのを、
クルーたちはいつもの光景として見ていたのだった。
「……あれ、やたら静かね」
部屋から出てきたナミは、数十分前にはどたばたと騒がしかった甲板を見渡して呟いた。
甲板で武器開発に熱中していたウソップは、何度もナミに名前を呼ばれてようやくゴーグルを外して顔を上げる。
「ミラ? ルフィが遊んでるはずだぞ」
「うん、知ってるけど、こんなに静かなのって……」
ルフィとミラが遊ぶときは、大抵騒がしい。
ロビンと遊ぶときは本を読んだりチェスをしたりで大人しいし、ウソップと遊ぶときは基本的にウソップがメインで喋っている。
サンジとでは、サンジがミラに付き合っておままごとなんかをするからこれもやはり大人しい。
チョッパーとの場合も騒がしいが、ルフィほどではない。
ルフィと一緒では生傷が絶えないが、チョッパーは決してミラにケガをさせるようなことはしないからだ。
今はルフィと遊んでいるはずだから、甲板がこんなに静かになることは有り得ないのだ。
決して。
ナミはざわつく胸を押さえて、キッチンを見上げると叫んだ。
「ゾローー!!! ミラそこにいるーーー!?」
その声を聞いて、ゾロではなくエプロンをつけたままのサンジが代わりに顔を覗かせた。
夕食の下ごしらえの途中らしく、片手に持ったオタマをゆらゆらと揺らしている。
「ミラちゃんはここにはいないよー。 ゾロは今チョッパーが包帯替えてるから動けねぇ」
「そう…」
「いないの、ミラちゃん? ルフィと一緒だろ?」
「甲板が静かなのよ」
「そりゃおかしい」
コンロの火でも止めるのか、サンジはエプロンを外しながら一度キッチンの中に引っ込んでから、
階段を使わずに手すりをひょいと乗り越えて甲板に降り立った。
「とりあえず探してみよう。 船の中にいるのは間違いないから大丈夫とは思うけど…」
「……船の中……」
「…………」
「…………」
「……クソ剣士ーー!! 包帯替えたらさっさと降りて来い!!!!」
碇を下ろした船の上では、クルーが口々にミラの名前を叫びながら走り回っていた。
広い洋上とは言え、船の中はいわゆる密室だ。
全員で探せば必ず見つかるはずだった。
羽でも生えていない限り、姿を消すことなどできないのだ。
もちろん、空以外に最も可能性のある道があることを全員が知っていた。
最も身近で最も簡単、だが幼いミラにとっては最も危険なことでもあった。
能力者ではないミラは、当然泳ぐことはできるし、5歳にしてはなかなかの泳ぎを見せていた。
だがこんな海のど真ん中で、走る船から放り出されたのなら――。
たった5歳の女の子が、一体どれほど浮かんでいられるだろうか。
浮力を何も与えられていなければ、5分ともたないかもしれない。
もしサメや海王類に襲われたら、ミラはまだ戦う術を持っていない。
ざわ、と背中の毛が総毛立ち、後甲板に出たナミは思わず足を止めた。
空を見上げると、ナミの心境とは正反対に穏やかな青い色が広がっていた。
ついさっきまでは、この船もあんな風に平穏だったはずのに。
「ナミ」
「……ゾロ」
同じように船尾へ足を向けていたゾロが、ナミの後姿に声をかける。
真っ青な顔で振り返ったナミに近づくと、ゾロはその震える肩を抱いた。
「大丈夫だ」
「でも、これだけ探しても船にいないのよ」
「ルフィと一緒のはずだ、だから大丈夫だ」
「ルフィと一緒なら、もし海に落ちてたらもっと心配だわ」
「それでも、大丈夫だ。 ルフィだぞ?」
「………」
頭から離すことのできない最悪の想像から意識を外すため、ナミはぎゅうと目を瞑りゾロに体を預ける。
ゾロもその細い体を抱き締めて、だが目はしっかりと広い海上へと向けられていた。
「ナミ、ナミ! ゾロ!! ううう海、海ーー!!」
突然チョッパーが大声を出しながら、2人のもとへ必死の形相で駆けて来た。
顔を上げたナミはゾロから離れ、チョッパーへと向き直る。
「チョッパー!!」
「ナミ、今、カモメが、海!」
二人の足元で、チョッパーはおたおたと慌てながら、文章にならない単語を叫ぶ。
その声に気付いて、船内に散らばっていた他のクルーたちも後甲板へと集まってきた。
「落ち着いてチョッパー、海にいたの!? どこ!!」
ナミはしゃがみこむとチョッパーの肩をがっちりと掴んで、その顔を睨むように見つめた。
ゾロや他のクルーたちは慌てて手すりから身を乗り出す勢いで、海面へと目をこらす。
チョッパーは相変わらず動揺で上手く喋れなかったが、必死の形相で両手を上げて空を示した。
ナミも釣られて顔を上げ、2人の上を飛んでいたカモメがそれと同時に船の後方へと飛び去って行く。
「あのカモメが、教えてくれたんだ! あそこに!!!」
その言葉を受けて、クルーたちは全員そのカモメを目で追った。
ナミは船の一番後方まで駆けて手すりに手をつき、じっと目をこらす。
カモメが飛んで行った先、船から随分と離れた海の上には、別のカモメたちの群れている影が見えた。
海面のある一箇所を囲むように、グルグルと同じ位置で回っている。
そこには、何か茶色い固まり…樽のようなものが浮いていた。
その樽にしがみついている人影にクルーはほぼ同時に気付き、そして同時に叫んだ。
「ルフィ!!!!」
すぐに船を戻し、小船を下ろしてゾロとチョッパー、ウソップが乗り込み漂流している樽へと近づいた。
ぐったりと、だが渾身の力で樽にしがみついているルフィを引き上げ、それからゾロが樽を抱えて船に上げた。
中には、ミラがぎゅっと目を閉じて丸まっていた。
「ミラ…!!」
「……お父さんっ…!!」
ゆっくりと目を開けたミラは、父親の姿を認めると樽から飛び出してしがみついた。
愛娘の震える小さな体をしっかりと抱き締め、ゾロは長い息を吐いた。
ウソップが小船をメリーへと近づける間に、チョッパーはルフィの状態を見ていた。
海水のせいで力を失い半分意識を飛ばしてはいるが、怪我などは無いようで安心し、
続いてミラを見ようと思ったが、ゾロにしがみついたままでわんわんと泣いているので、
とりあえず元気だと判断して5人はメリーへと戻った。
「ミラ!!!」
甲板に上がると、ナミがクルーを押しのけるようにゾロに抱かれたミラに駆け寄った。
「大丈夫なの!? 怪我は無い!?」
「大丈夫、ごめんなさい…」
「無事ならいいのよ…」
落ち着きつつあったミラは、母の顔を見てまたくしゃりと顔を歪ませて泣き始める。
今度はナミがミラを抱いて、ルフィはゾロが抱えてそれぞれ2階へと運んだ。
ロビンが用意していたシーツに横にならせ、サンジは2人のためにスープを準備している。
ルフィはいくらか力が戻ってきたようで、シーツに包まった状態でサンジのスープを(いつもよりはゆっくりと)口に運んでいく。
「お前、落ち着いたら風呂入れよ。ベトベトだ」
「肉食ったら入る」
「へーへー。作ってやっから待ってろ」
早くもいつもの食欲を取り戻したようで、サンジをはじめクルーは苦笑しながらも安堵の息をもらす。
ミラは樽の中にいたので濡れてはいないが、ルフィの隣で同じようにシーツに包まってゾロの膝の上に座っている。
ナミはその隣に座って、温かく蒸らしたタオルでミラの顔や首筋を拭いている。
「ミラちゃんは平気?」
「うん大丈夫、ありがとう」
「2人とも怪我はないみたいだし、ルフィは能力者だからこうなってるけど、すぐに回復すると思うよ」
チョッパーの言葉どおり、気付けばルフィは若干ぐったりはしつつもサンジの運んだ肉にかぶりついているし、
救助されたときは真っ青だったミラの顔色も、いつものピンク色に戻っている。
「本当…何もなくてよかったなぁ」
「あぁ、ルフィお前よく沈まなかったな。さすが船長」
「だってよー、ミラ置いて沈むわけいかねぇし、樽もいい感じで浮いてたからな!」
ウソップとサンジにそう言われて、ルフィはにししといつもの笑顔を見せて肉に再びかぶりつく。
力は出なくとも、食欲は十分に出ているらしい。
「本当ありがとねルフィ。 でも、何で落ちたの? よく浮いた樽があったわね」
「あー、元から浮いてたんじゃなくて、樽ごと落ちたから。 なー、ミラ?」
「うん」
「…は?」
ゾロの膝の上でミラは笑顔で頷き、クルーは言葉の意味がよく分からず首をかしげる。
「あのなー、樽蹴りしてたんだ」
「……樽蹴り?」
「あのね、一人が樽の中に入ってね、もう一人が蹴るの」
「ミラは力が無いから転がすだけなんだよなー」
「ルフィはね、すごく強く蹴れるの」
「グルグルして面白いんだぜー」
「………へーーぇ……」
楽しそうに笑う2人とは対照的に、ゾロとナミからはどす黒いオーラが出始めていて、他のクルーたちは黙りこくってしまった。
それには気付かず、ルフィは樽蹴りを再現するように手に持った肉をグルグルと回し、ミラも思い出したのかきゃっきゃっと笑っている。
「そしたらさー、何か船から飛んでっちまって、んでおれも飛び込んだんだ」
「びっくりしたねー」
「なー、樽が浮かなかったらヤバかったよなー」
「ねー」
あはは、と2人は声を揃えて笑う。
相変わらず、部屋の空気には気づかずに。
「……あんたらは…何を陽気に……!!」
とある穏やかな日の午後。
グランドラインを進む船の上で、大きな鉄拳制裁の音が響き渡った。
以来、相変わらずルフィとミラは乱暴な遊びを繰り返してはいるが、『樽蹴りは禁止』という制限が付けられたのだった。
2009/02/10 UP
『船の中で突然いなくなってしまうミラ。必死で探すゾロナミ』
樽蹴りはなんつーか、どっちか言うたら罰ゲームじゃないのか、とか思わないように。
ちぃさん、何か中途半端やけどお許し下さい…!
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