名。









白い雲がぽっかりと浮かぶ青い空の下、サニー号は追い風を受けて海を進んでいた。

並んで手すりに座って釣り糸を垂らすのはルフィとチョッパーで、釣り上げた獲物の大きさを競いながらいそいそと生簀へ放り込む。
ウソップとフランキーはお互いの工具とガラクタにしか見えない材料を3階のデッキに広げ、楽しげに「開発」にいそしんでいる。
ルフィらの投げ込んだ魚を鑑賞しつつ、ロビンとサンジは水槽に囲まれた部屋で午後のティータイムの真っ最中。
ゾロは見張りコ兼ねて筋トレルームで一人汗を流している。

いつもと同じ光景で、この船の航海士もまたいつもと同じように風を読みながら船を進めていた。





順調な航海に、満足げに空を見上げたナミは、一羽のカモメのシルエットを見つけて目をこらした。
郵便カモメとはまた違う帽子をかぶっていて、サニー号の上に来るとバサリと数枚の紙を落とし、どこかへと飛び立って行った。



 「郵便? じゃないか…」



ナミは芝生の上に散らばったそれを、風に飛ばされないうちに慌てて拾い集めて目を通した。
それから一人、わぁ、と感嘆の声をあげる。



 「ねぇゾロ! おりてきて!!」



見張り台へ向かって声を上げると、しばらくして上半身裸で肩にタオルをひっかけたゾロが芝生の上にすとんと着地した。



 「何だよ、針路変更か?」

 「見てコレ」

 「あ? チラシ?」



ナミが差し出した紙を受け取ったゾロは、それにさっと目を通して片眉を上げる。



 「ふーん…舞台、ね」

 「結構大きな劇場みたいよ、ソコ」

 「ここが次の島なのか?」

 「んーん、残念ながら」

 「何だ、行きてぇならルフィに言えば寄り道なんか余裕だろ」

 「そっちは余裕でも財政は切迫してるの」

 「…あー、なるほど」



はぁとため息をつくナミに続き、ゾロはチラシに記載されている金額を見て苦笑する。



 「全員で行くとチケット代なんてとてもムリだし、あいつら置いてくのも不安だしね」



いつ騒ぎを起こして(主に無銭飲食で)島を飛び出す状況になるかも分からない麦わら海賊団である。
別行動で落ち着いて舞台を楽しむこともできはしない。



 「じゃあ仕方ないな」

 「うーん。見てみたかったんだけどなー。アンタはこういうの見たことある?」

 「いや……舞台は無ぇが舞台役者なら会ったことあるぜ」

 「本当? だれだれ、有名な人?」

 「人気はあったみてぇだが、名前は何だったかな…」

 「ちょっとー」

 「なんせガキの頃だ」














舞台女優、というだけあって、彼女は確かに田舎の村では滅多に見られない、まるで人形のような美しさを持っていた。

自分の村しか知らなかった幼いゾロにとっても、いかにも都会的な美しさを持った彼女は完全に別世界の人間であった。
同じ道場の男どもは一様に情けなく顔を崩して彼女を見つめ、年頃の女子は憧れの人間にキャーキャーと黄色い声をあげ、
大人たちまでもが、まるで彼女が美しい芸術作品であるかのようにうっとりと目を細める。

故郷・シモツキ村には、そのとき彼女以外にも何人かの役者と舞台監督、演出家がやってきていた。
ゾロの師匠であるコウシロウの古い友人という監督は、道場で自分の舞台の出演者たちを紹介した。
主演である彼女も紹介され、コウシロウは全ての人間と笑顔で握手を交わす。
ゾロをはじめ、生徒たちは扉の影の隠れてこっそりとその様子を伺っていた



 「今度の新作舞台では、彼らが剣術を披露する場面が多くあってね。是非君に指導してもらいたい」



監督は演出家を近くへ呼んで3人で細かい話を進めていく。
それからコウシロウが大人の生徒たちを数人呼んで、出演者それぞれに一対一の指導がされることになった。
田舎暮らしとはかけ離れた華やかな舞台、その一端に関われるとあって、生徒たちも張り切っていた。
呼ばれなかった者や子どもたちも、相変わらず道場の中を興味津々で覗き込んでいる。



 「コウシロウ、君にはウチの主演女優をたのむよ」



そう言って監督は彼女を自分の傍へ呼んだ。
彼女は監督の隣に立つと、にっこりとコウシロウに微笑みかける。

整った顔立ちで、まっすぐでさらさらと輝きを放つ金髪は耳の下あたりで綺麗に切りそろえられ、
道場内では異質なオーラを放っている彼女はそれでも稽古をつけてもらう気は満々なのか、
Tシャツにパンツというラフな服装になっている。
そんな姿になってもオーラは消えてはいないが、幾分幼く見えた。
子供の頃から舞台に立っていた経験と完璧な美しさもあって、普段は実年齢以上の落ち着いた大人の雰囲気を出しているが、
今のような服装であどけない笑顔を見せると、まだ10代の少女といっても異和感は無い。

実際に彼女は幅広い年齢の役柄を見事に演じ分けることができた。
田舎ではその活躍ぶりを目にすることはできないが、大きな島では映画や舞台でその魅力を存分に発揮している。

若手ながらも将来は演劇界を背負って立つことになるだろうと、
監督は彼女を紹介する際にまるで自分の子供であるかのように自慢げに話していた。


ゾロは幼さもあってか他の男連中ほど彼女に惚れこむことはなかったが、美人だとは思っていた。
だから何故あんな美人がこんな田舎町まで来て稽古をつけてもらうのかがよく分からず、
結局『師匠が凄いんだ』という結論で納得していた。

そのコウシロウは彼女を前にしても顔色一つ変えず、いつもの優しい笑顔を見せている。



 「では貴女の指導は私が」

 「いいえ先生、私じゃなくて、ランサの方をお願いします」

 「彼の?」



彼女はそう言って、既に別の生徒と何か話している一人の役者にちらりと視線を送る。



 「私の恋人役なんだけど…彼、ちょっと鈍いから。私は昔剣の指導を受けたことがあるので大丈夫です」



彼女は内緒話をするように声を潜めてそう言うと、ふふっと笑った。

役者歴の長い彼女は、過去に剣術の指南を受けたことはある。
監督もそれは知っていたが、だが次の舞台では女剣士の役なのだ。
彼女の人気にあやかる形で中途半端な演出にはしたくなかったから、
わざわざイーストブルーの田舎町まで古い友人を頼ってきたのだ。
師範のコウシロウだからこそ、彼女にケガさせることなく稽古をつけてくれるのであって、
たとえ彼の愛弟子であったとしても他の生徒ではいささか不安が残る。
万が一ケガでもさせられたらたまったものではない。
だからと言って、主演女優だけ我流を通すというのも、ここまで来た意味が無くなってしまう。

友人のそんな心中を表情から察したコウシロウは、やはりいつもの笑顔で「ではゾロを」と告げた。

その一言に、当のゾロだけでなくまわりにいた生徒たちも驚きの声をあげる。
扉付近のその様子に気付いた監督は、『ゾロ』の姿を見て眉をひそめる。



 「…子供じゃないか。悪いがコウシロウ――」

 「ごらんの通りまだ子供だが、この道場で彼に勝てる人間はもう片手で数える程もいませんよ。
  それに時々私に代わって子供たちに稽古をつけてくれてますから、教えることにも慣れています」

 「だが――」

 「いいじゃない監督。かわいいし、私あの子に相手してもらうわ」



監督の言葉を遮り、彼女はゾロと目が合うと優しく笑った。
まわりの生徒たちにバシバシと背中や頭を叩かれ、ゾロはどう反応すればいいのか分からずその場に突っ立っていたが、
コウシロウに手招きされ仕方なく道場内へと入る。



 「頼んだよ、ゾロ」

 「…はい、先生」



頼まれても実際何をするのかよくは分かっていなかったが、
つまりはこの女優とやらを剣士にすべく稽古をつければいいのだと考えて、ゾロはそう返事をした。






それから2週間、舞台関係者たちはその村に留まった。

滞在中はコウシロウの家に寝泊りし、役者たちはそれぞれ自分担当の生徒たちから熱心に指導を受けた。
監督も彼らの上達ぶり、そして生徒たちの指導ぶりを満足気に見つめ、自分は演出家と細々とした打ち合わせをしていた。
特に師範自らの指導を受けた主演男優・ランサの上達振りは著しく、監督は新たに彼の出番を脚本に追加したほどだった。
一方、ゾロから指導を受けている主演女優は、元々の素質もあったのか、それともやはりゾロの教え方が上手いのか、
ランサに負けぬ剣の腕を身につけ始めていた。

道場での稽古の間、他の村人たちは相変わらず遠巻きに彼らを眺めてはきゃーきゃーと騒いでいたが、
生徒たちは剣を教えることでそれぞれに役者たちと親しくなっており、ゾロも彼女とよく話すようになった。

ゾロにとってそれは『家族』でも『先生』でも『ライバル』でもない、初めての年上の人間だった。









 「舞台かー…」

 「キミは見たことない?」

 「だって、こんな田舎に劇場なんて無ぇもん」



道場の裏で、蛇口から直接水を飲むという人気女優らしからぬ姿を見せている彼女は、
顔を上げて口元の水を拭うと、振り返って笑った。



 「そっか。じゃあいつか大きな島に出ることがあれば、私の舞台を見にきてね。楽屋裏に招待しちゃうから!」

 「うーん」



舞台を見に行くなど、自分に果たして似合うだろうかとぼんやりと思いながら曖昧な返事をするゾロを、
隣に座った彼女はクスクスと笑って、片腕で額の汗を拭うと空を見上げた。



 「私の夢はね、世界中の舞台に立つことなの」

 「世界中?」

 「この世界のどこに行っても、みんなが私の名前を知っていて私の舞台を見たことがある、っていうくらいね」



自分の隣で、まるで遥か先に確実に存在する自分を見据えるような彼女の目を見て、ゾロはわくわくと胸を躍らせた。



 「…世界一の女優か!!」

 「そうそう」

 「おれも、世界一の大剣豪になるんだ!!」

 「そっか、じゃあ私と競争しよう? 世界中で、キミの名前と私の名前、どちらが先に世界一として知れ渡るか!」

 「おう!! 」

 「とりあえず、次の目標はこの舞台の成功!」

 「おれはくいなに勝つ!!」

 「ふふ、頑張ろうね!」

 「あぁ! お前、おれの名前を忘れんなよ、ロロノア・ゾロだ! 負けねぇからな!!!」

 「キミこそ私の名前を忘れないでよ? 私の名前は―――」














あぁそうだ。



 「え?」

 「いや、別に」



風に消されるほどの小さなゾロの呟きに、ナミは首をかしげたが気にせずにまたチラシに目を通す。



 「ねぇゾロ、いつか舞台見に行こうね。この主演のランサって人、人気あるみたいだし、どこかでまたやるかも」

 「そうだな…」






彼女はあれからどうしただろうか。

舞台の成功の知らせは、監督から道場へ届いた手紙で知ったが、あれから島を出て彼女の姿を目にすることはなかった。
自分が芸術に疎く華やかな世界からは相変わらずかけ離れたところにいるせいかもしれないが、
もしかしたら結婚や出産で、引退してしまったのかもしれない。

どちらにせよ、あの競争の決着はまだついてはいないようだった。

強い風が吹いて、ゾロが持っていたチラシがバサリと音を立てて手から離れて行った。
そのまま風に乗って飛ばされていく。




 「シンドリー」




これから先どこかで、彼女の名前をまた耳にするだろうか。
結局今まで機会の無かった、彼女の舞台を目にすることがあるだろうか。

世界中の舞台に立つと言って笑った彼女の笑顔は子供のようで、だが本当に美しかったので、
今もあんな風に笑っていてくれれば、と思いながら、ゾロはその名前も風に乗せた。






2008/07/21 UP

『ゾロナミ+シンドリーちゃん』
む、むずかしかった……。
シンドリーちゃんて!!!!
色んな細かい点はサラリと流してください。
いやマジで。
シンドリーちゃんって何歳だっけ?

マキさん、これでどんなでしょう……ダメ…?

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