乙。







 「この目で見たんだよ」

 「サンジくん、嘘はウソップの専売特許でしょ」

 「だからナミさん、本当なんだって!!!」

 「だってさー……ありえねぇだろ?」

 「なーー」

 「でも見たんだよおれは!!!」






夕食前のほんのひととき、この船のコックと狙撃手、それに船長と航海士は顔を寄せ合って甲板に座り込んでいた。

気持ち程度に声をひそめ、サンジは必死で自分の発言をクルーたちに納得させようとする。
だがクルーはそろって不審げな顔を返すのみで、お互い見合って首をかしげていた。



 「本当にちゃんと見たんだ、アレはゾロだった」

 「でもあのゾロよ?」

 「あのゾロだった!!」

 「……」



断言するサンジの声色の強さに、クルーたちも徐々に自分たちのイメージに疑わしげな顔を見せてくる。



 「本当にゾロだったのかー?」

 「あぁ」













この日上陸した島は6時間でログがたまるということだったので、
昼前に港に着いた麦わらクルーは必要物資の買出しだけをして、停泊はせずに出港することにした。

いつものようにナミは日用品、チョッパーは医療用具や薬、ウソップは大工道具、
そしてサンジは食材の買出しに向かい、船にはロビンが残った。
ゾロは普段ならば鍛冶屋へ向かうところだが、6時間の滞在では刀を預けることも出来ず、
フラフラと街に出ることにしたようだった。


それぞれバラバラに街に出て、サンジはいつものように一流コックの目で新鮮な食料を安く大量に手に入れ、
すぐに運べるものだけでも船に積んでおこうと思い、両手に抱えられるだけの紙袋を携えて港への道を歩いていた。
両手が塞がっていては他の買い物もできないので目で見るだけで、色々な店の並ぶ通りを歩く。

そんな中で、ふとある店に目が止まった。

手芸屋だった。

そういえばシャツのボタンが取れかけていた、とふと思い出した。
特別なボタンなわけではないが、シャツの色に合わせた淡いブルーのボタンなので、
白いボタンならまだしも、船の中に同じような色のモノがあるとは限らない。

ナミが自分のシャツにボタンを付けてくれる、という幸せな妄想に鼻の下を伸ばしてから、
船に積み終えたあと食材を預けている店に戻る途中で寄ってみようと思って、サンジは外からちょいと中を覗いた。


決して広くはない店内だが、所狭しと布だボタンだ糸だと並べられていて、
奥のビーズが並んでいる棚の前では若い女性たちが真剣な目で商品を選んでいる。
さらに奥には大きめのテーブルがあって、何人かの女性がそこに座っていた。

どうやら店内で小さな講習会でも開いているのか、女性たちはそれぞれ布や毛糸を手に針を動かしていた。

人形でも作っているのか、それとも洋服か。
どちらにしろいかにも女性らしいそんな姿を見て、サンジは通りでヘラリと顔を緩める。
それからボタンの並んでいる壁に目を移して、なかなかの品揃えがあることを確認してから、港へ向かって足を進めようとした。

だが、そこで一人の女性の声が耳に届く。



 「ロロノアさん、これでいいのかしら?」

 「どれだ、…あぁ、これでいい。でももう少し細かい目にした方が仕上がりが綺麗だ」

 「うーん、そうよねぇ。ありがとう」



サンジは中途半端に踏み出した足を止め、ゆっくりと首をまわして再び店内へと目を向けた。

買い物袋を抱えなおし、精一杯首を伸ばして中を覗きこむ。
荷物のせいで店の奥まで入ることは出来ないが、それでもさっきよりは見ることができた。

全体は把握できないが、テーブルを囲んで座っている女性が3人ほどいるのが分かる。
それぞれ布や毛糸を持って、内の一人はテディベアでも作っているのか、胴体らしきものを縫い合わせていた。
そしてその女性たちの向かいに座っているのは、先程の声から察するにどうやら男のようだった。
手前にある巨大な布の束のせいでその顔は見えないが、男も彼女らと同じように腰掛けて手を動かしている。
白いシャツを着たその男はなかなかに逞しい体つきで、とても針仕事をするようには見えなかった。



 「ロロノアさん、これって失敗かしら?」

 「見せてみろ」



別の女性が不安げな顔でそう言うと、男は手を伸ばして彼女から毛糸を受け取った。
サンジの目に映ったその腕はやはり逞しく、針よりももっと荒々しいものを持つ方が似合っている。


そう例えば


刀とか。




 「このくらいならまだ修正できる、少しほどくぞ」

 「わぁ、本当! ありがとう!」



男は手を動かしほんの少し毛糸をほどくと、慣れた手つきで編み直していく。
それからすぐに女性にそれを返した。
女性は嬉しそうに礼を言って、続きをまた自分で編んでいく。



 「ロロノアさん、ずっとここに居て先生やってくれればいいのにー」



3人目の女性が頬を染めながらそう声をかけると、男が苦笑するのが分かった。
他の女性たちもきゃっきゃっと男に笑顔を向け、テーブルは何だか和やかなムードだった。



 「すぐにこの島、出なきゃなんねぇからな」

 「残念だわーー」

 「さっき教えたことに気を付ければ、いい仕上がりになるさ」

 「本当、教え上手だわ先生って」

 「ねぇねぇ、それにしてもロロノアさんの髪の色って不思議よね」

 「よく言われる」

 「そうだわ、私今度そんなグリーンの色でバッグ作ろうかしら」

 「いいわねそれ!」



女性たちは再び笑いあい、サンジはどうにもいたたまれなくなってゆっくりと足を戻し、
逃げるように港へと向かったのだった。












 「でも顔見てないんでしょ?」

 「見てない」

 「じゃあゾロじゃねーって可能性もあるだろ」

 「あのなぁ、この世にロロノアって名前の筋肉ダルマでマリモマンが、あいつの他に居るってのか?」

 「………」

 「しかもこの島に! それにあの声はゾロだった」

 「…でもゾロが、そんな手芸屋さんになんて……」

 「間違いねぇ、あいつは乙男だ……」

 「何、オト…オトメン?」

 「心も体も普通の男なんだが乙女なものを愛するヤツのこと」

 「あのゾロが……乙男…ねぇ……」




クルーたちは未来の大剣豪の姿を脳内に思い出しながら、
それからそこに針と糸、そして可愛らしいクマさんでもセットにしてみる。


似合わないこと、この上ない。




 「…やっぱゾロじゃないんじゃない?」

 「あぁ、だってあまりにも似合わねぇだろ」

 「本当だって!!!」



クルーたちの表情がまた訝しいものに変わって、サンジは必死に声を上げる。
普段ならばナミの言うことに絶対服従なサンジが、ここまで自分の意見を変えないことも珍しかった。
だがそれを考慮しても、信じがたい。



 「じゃあさ、確かめてみようぜ!!」

 「でもルフィ、確かめるってどうやって?」



サンジたちが一斉に船長の顔を見ると、ルフィはにししと笑った。
それから自分のシャツのボタンを、いきなりブチリとむしりとった。
無残に千切れた糸を残すボタンを片手に、ルフィは立ち上がり後甲板へと駆けて行った。
ナミたちも慌てて立ち上がり、壁や階段に隠れてこっそりと後甲板の様子を覗き込む。



 「ゾローーー!!!」

 「……ぁ?」



後甲板で昼寝をしていたゾロは、ルフィの声にうっすらと目を開けた。
ルフィは構わず懐に飛び込み、ゾロはぐぇっと苦しげな声をもらす。



 「てめ、寝起きの人間に……」

 「なぁゾロ、ボタン取れちまったんだ!」

 「あぁ? いきなり何だよ」

 「ほら」



片眉を上げるゾロを無視して、ルフィは握り締めていたボタンを突きつけた。
ゾロは思わずそれを受け取り、それからルフィのシャツを見た。



 「取れたっつーか、引きちぎったって感じだな…」

 「なぁなぁ、付けてくれよー」

 「何でおれが。 面倒くせぇ」

 「いいだろー! お前しかいねーんだよー」




 「出来ない、じゃなくて面倒くさい、なんだ……」

 「それって……」



ゾロとルフィのやりとりを見ていたサンジたちは、お互い顔を見合って唸る。
そんな中でルフィはしつこくゾロに「付けて付けて」と強請っている。

船長に弱いのはこの船のクルー全員が当てはまることだが、ゾロに限ってはかなりのものだった。
長い息を吐くと、ボタンを持ち直してもう片方の手を出した。



 「……針と糸、持ってこい」

 「やったー!!」



ルフィはぴょんと跳ねて立ち上がると、シャツを脱いでゾロに放り、針と糸を取りに駆け出した。

すぐに階段の下に隠れたサンジたちの横を通り過ぎるとき、ゾロに気付かれぬようこっそりと笑った。



 「やっぱサンジが見たの、本物だな!」

 「だから言ったろ!」

 「そういやあいつ、足とか腹とか自分で縫うもんな…」

 「そうよね…」



倉庫へ駆けるルフィを見送り、サンジたちは声を潜めて再びゾロの方を覗き込む。



あぐらをかいた足の上にルフィの赤いシャツを乗せ、そこに残った糸をせっせと抜いている剣豪の姿を、
サンジたちは何だか和やかな気持ちで見つめるのだった…。



各々心の中で『クマでも作らせよう』『鍋つかみの新しいヤツ作らせよう』『服の修繕係やらせよう』などと考えていたのは秘密の話。




2008/06/26 UP

『【乙男】なゾロ』

ゾロナミ要素が無い…あれ?(笑)

ねここさん、勘弁を!

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