乱。







 「それじゃあナミさん、お疲れ様!」

 「うんビビ! 楽しかったー、また行こうね!!」



旅行バッグをよいしょと肩にかけなおして、ナミは笑顔でそう答えた。
同じようなバッグを持っていたビビはいったんそれを足元に置いてポケットから切符を取り出すと、
2泊3日の旅行の疲れを見せつつも笑顔を返す。



 「でもナミさん、そんなにしょっちゅう旦那さんを置いてけないでしょう?」

 「だーーいじょうぶよゾロなら。 食事はサンジくんが来てくれるし、飢え死にの心配は無いから」

 「サンジさん? あ、コックの?」

 「そうそう。 高校からの付き合いらしいから、ゾロも気兼ね無いみたい」



そう言いながらナミは腕時計を見下ろし、それから改札の掲示板を見上げた。
釣られてビビも顔を上げると、慌ててバッグを持ち上げた。



 「そろそろ来ちゃうわね」

 「うん、それじゃあナミさん、またね!!」

 「うん、おつかれー!」




ビビが改札を抜けて階段を上るのを見送ってから、ナミは再びバッグを持ち直して、向きを変えた。

駅を出てから階段を降りる前に、コートのポケットに入れていた携帯を取り出してボタンを押す。
すぐに呼び出し音が聞こえるが、電話の相手は一向に出る気配が無い。
重いバッグを足元に置いて、ナミはいったん電話を切るともう一度同じ番号を表示させボタンを押す。
何度かそれを繰り返したが、結局相手が出ることはなかった。



 「もう、ゾロのバカ! 何やってんのよ!! 夫なら予め迎えに来るくらいしなさいよね!!」



楽しい旅行に時間を忘れ、予定していた帰宅時間をはるかに越えたのは自分のせいで、
『駅に着く時間を連絡する』と言ったのにそれもすっかり忘れてさっさと駅に到着してしまったのも自分なのだが、
今はそんな原因究明をする余裕はなかった。
重い荷物と土産を抱えて自宅までの道を歩くのかと思うと、旅の疲れがどっと肩にのしかかってくる。


大学時代の親友であるビビとは、ゾロとの結婚以降お互い忙しくてなかなか会う時間を作れなかった。
こちらが落ち着いたかと思えば、今度はビビが幼馴染との婚約が決まり式の準備で忙しくなってしまい、
これではいつまでたっても会えない、と2人して無理矢理に旅行の計画を立てて決行した。

遠出をするわけでも特別に珍しい場所へ行くわけでもなかった。
だが気の会う友人との旅行である。
どこに行っても盛り上がるもので、近場だけに余計に時間にルーズになってしまった。

結果、迎えの連絡をするのを忘れてナミは駅に待ちぼうけを食らうことになっている。



 「電話が返ってくるのを待つか、歩いて帰るか……」



ここから家までは歩いて15分か、今の体力を考えれば20分以上はかかるだろうか。
普段ならばそこまで苦にはならない距離だが、さすがに今はキツイ。

運転手からは嫌な顔をされるかもしれないが、ナミは荷物を持ち直すとタクシー乗り場へと向かった。








やはり嫌な顔を見せたタクシー運転手に最高の愛想笑いを送りつつ、車を降りたナミは自宅のドアを開けた。

扉を閉めて内側から鍵をかけ、玄関に荷物をどさどさと下ろす。
ふーーっと長い息を吐くと、風呂場の方から男が顔を覗かせた。

風呂上りらしく、半袖Tシャツの上半身からホカホカと湯気を出しているゾロは、
思いがけない顔を玄関先に見つけて目を丸くする。



 「ナミ!?」

 「ただいまーー」

 「お前、駅着く前に電話しろっつったろ?」

 「忘れてたの。 てかさっきしたんですけど、何でお風呂入ってんのよーー」



ナミは怒ることも忘れて、玄関に腰を下ろすとブーツをぽいぽいと脱ぎ捨てる。
それからどうにか立ち上がり、居間へと向かうと一気にソファに倒れこんだ。

寝転んだまま部屋を見渡すと、思いのほか荒れてはいなかった。
サンジくんが料理のついでに掃除もしてくれたのかも、と思いながら、
だが恐らくは洗濯物は洗濯機か寝室に山盛りになっているんだろうなと考えが至って小さく溜息をつく。

床に目をやると、ゾロの黒い携帯が着信を知らせるライトを点滅させて転がっているのが見えた。



 「携帯、ほったらかしにしないでっていつも言ってるでしょー」

 「悪かったよ、歩いて帰ってきたのか?」

 「んーん、タクシー」

 「へぇ、ケチって歩いたかと」

 「疲れてんの。 ゾロ、晩ごはん食べた?」




ナミはもぞもぞと体を起こすと、ソファに座りなおす。
携帯を拾い上げ、キッチンに立っているゾロに向けてポイと放り投げた。
ゾロはそれを片手で上手くキャッチし、着信履歴を見て申し訳無さそうに苦笑してテーブルに置いた。



 「お前の分も、今日はコックが作ってるぞ」

 「本当? 実はちょっとおなか空いてんのよねー。食べようかな」

 「じゃあさっさと風呂入るなり着替えるなりしてこい」

 「んーー……じゃあとりあえず着替えてくるーー」



ナミがフラフラと寝室へ消えていくのを、ゾロは緩く笑いながら見送った。







寝室へ入ると、隅っこに山積みにされた洗濯物を横目にしつつナミはまずはコートをベッドの上に放り投げた。
それからスカートだ何だをポイポイ放り投げて、さっさと部屋着に着替える。

キッチンの方からは美味しそうなスープの匂いが届いてくる。
コックであるサンジの料理を、ゾロが温めなおしてくれているのだろう。
ナミは思わず微笑んで、ハンガーを片手にベッドに近づいてコートを拾い上げる。

そこでふと、気がついた。


ベッドのシーツが乱れているのは、まぁ当然だろう。
あのゾロが、毎日ベッドメイクをするはずがない。


それよりも。



一瞬固まっていたナミは、ゆっくりと枕元へと手を伸ばした。














寝室からナミが出てきた気配を感じたゾロは、温まったスープを皿に注ぎながら声をかけた。



 「旅行はどうだった? 天気良かったろ?」



鍋の蓋を閉め皿を片手に振り返ったゾロは、返事もせずに立ち尽くしているナミの様子に気付いて思わず動きを止める。
軽く首をかしげてとりあえず皿をテーブルに置くと、ナミへと一歩近づいた。



 「ナミ?」

 「………どこの」

 「あ?」



オーラと声に怒りが混じっているのを察して、ゾロは眉間に皺を寄せる。
ゾロを睨みつけたナミは、己の腕をゆっくりと持ち上げた。

そうしてゾロの目の前に、一本の髪の毛を突きつける。




 「……どこの女を連れ込んだのよ」

 「………あぁ?」




突拍子も無い妻の発言に、ゾロは思い切り顔をしかめた。
だがナミは鬼の形相でゾロに詰め寄り、片手でシャツの首を掴むとつまんでいた髪の毛を押し付けるようにその眼前に持っていく。




 「黒髪!! 私でもアンタでもないでしょ!!!!」

 「何言ってんのかさっぱり分かんねぇ」



熱くなっているナミとは対照的に、ゾロは冷めた声でそう返した。
それがさらに癪に障り、ナミはシャツを引っぱるとゾロの首をぎゅうぎゅうと締め上げた。



 「ちょ、てめ」

 「吐きなさい! 妻の旅行中に女連れ込んで浮気するなんていい度胸してんじゃない!!」

 「だから、それは」



ぐぇ、と喉の潰れた音を出しながらゾロが口を開くと同時に、鍵をかけたはずの玄関の扉が派手に開いた。










 「ただいまーーー!!!!ゾローーー!!!」




夜遅いにも関わらずテンションの高い、明るい声の主は玄関から一目散にキッチンへと入ってくると、
ナミを押しのけてゾロにガバリと抱きついた。




 「な、」



突然の事態を把握できず押しのけられるままにゾロから離れてしまったナミは、
だが一瞬真っ白になった頭の中でその人物が黒髪であるということだけはしっかりと確認した。



 「ゾロ、買出し行ってきたぞ!!」

 「買出しっつーかお前、帰ったんじゃなかったのか?」

 「酒無くなってたから、コンビニ行ってたんだ」

 「ふーん。そりゃご苦労、でももう帰れ」

 「何だよつれねぇな!!!!」

 「今日はナミが帰ってくるっつったろ」

 「あーー………」



動じる事も無く黒髪の人物を引き離しながらゾロがそう言うと、その人物はようやくちらりとナミに目を向けた。
目が合ったナミが思わず体を固くし何か言おうと口を開くより先に、黒髪の人物が言葉を発した。
子供のようににっこりと笑って、手を差し出しながら。



 「おれはルフィ!! よろしくな!!」

 「…え、えと、はい…」




無邪気なその笑顔にナミが毒気を抜かれたように無意識に手を差し出すと、ルフィと名乗る人物はそれを取りぶんぶんと振った。
自らを名乗ることも忘れ、ナミはゾロへと目を向ける。
ゾロは肩をすくめて、顎でルフィの方を示した。




 「それ、コイツんだろ」



いまだにナミが握り締めていた1本の黒髪を見ながら、ゾロはそう言った。
ルフィがきょとんとして手に目を向けてきたので、ナミは慌ててその髪の毛を放り投げた。
それから再びルフィに視線を戻す。



 「えーと、あの……男、よね?」

 「女に間違われたこと、今まで一回もねぇぞ?」



ナミの質問に、ルフィは目を丸くしてそれから「お前の嫁さん面白ぇなー!」と一人爆笑してゾロの肩をバシバシと叩いた。

身長はナミより少し高い程度で体つきは逞しくはないが、だが決して華奢ではなく、
子供の頃にケガでもしたのだろうか、左の頬骨あたりには小さな横線の傷が残っている。
顔立ちは小さい頃は女の子のように可愛いと評されたかもしれないが、
ナミの目の前の人物は今はどう見ても男にしか見えない。

いまだに笑っているルフィを無視して、ゾロは溜息をつくと隣の黒髪を乱暴に掻き混ぜた。



 「こいつ、コックの幼馴染。んで、会社の同僚の弟」

 「あ、そうなの…」

 「コックがメシ作りに来るとき、呼んでもねぇのに付いてくんだ」

 「だってサンジのメシ旨ぇんだもん。それにゾロ一人っつーからさーー」

 「だからって居座るんじゃねぇよ、勝手にベッドまで使いやがって」



呆れたゾロの口調にもめげず、ルフィはにしししと相変わらず満面の笑みを見せている。
その反応はいつものことなのか、ゾロもそれ以上は言わずルフィの手からビニール袋を取ると冷蔵庫へと向かった。


女だと思い込んだ自分の早とちりと、浮気を疑ってしまったゾロへの申し訳なさで、
ナミは何も言えずにその背中を見送っていた。


とりあえず浮気ではなかったようだが、それでもどこか引っかかる。


いくら男友達とは言え…嫁が旅行中で不在の夫婦の寝室を、勝手に使うものだろうか?
しかもまだ、『新婚』と言ってもいい夫婦の寝室を。



そんなことを考えていると、ふとルフィと目が合った。

瞬間、ルフィは子供のような表情を一転させ、ニヤリと笑った。


だがゾロから声をかけられると再び無邪気な顔を取り戻し、軽やかな足取りでゾロへと駆け寄る。




 (……コイツ……!!!!)




女の勘、そして妻の勘が働いた。


ゾロの方は、浮気はしてはいないしするつもりも無いだろう。
だがあっちは。




する気満々だ。







テーブルの上のスープの存在も忘れ、ナミは夫とやたらと仲の良い『男友達』の後姿をただじっと見つめるのだった。





2008/04/03 UP

『夫婦設定でゾロの浮気疑惑に怒るナミ』

ごめんルゾロ(ゾロル?)にしちゃった。
てへ!
(可愛く誤魔化してみるが失敗うん分かってる)
何気にサンジくんも怪しいんだぜ。

でも2泊3日ならコロコロ(キャリー)の方が絶対イイと思う。
この1年でmarikoは実感したんだぜ!!
関係ないけど!

火花飛び散るルフィとナミさんですが、これから結構仲良くなったりしますよ。
だってルフィだもん。

SHAMさん、こんなモンですがお許し下さい…。

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