141414ゲッター、ふぅサマへ愛をこめて。

淵。









多分あいつは今まで上手く騙しているつもりだっただろうし、実際に他の連中が気付いている様子もなかった。

だからどうしておれがソレに気付いてしまったのかと考えれば、
単純に偶然だとも言えるが、おれがあいつを見ていたから、というのが一番の理由だろうと思う。

あいつは必死になってそれを隠そうとして、おそらくは今までの生活でもそうしてきたのであろう、笑顔を見せて。
年季の入ったその笑顔の裏の真実に気付く者は無く、そうして気付かれないままでいることをあいつは望んでいた。


それなのにそれを暴いてしまったおれは酷い男だろうか。
隠すことが、気付かないことがあいつのためだったのだろうか。
ただ静かに時が過ぎるのを待ち、血の流れ出る傷がいつしかかさぶたになるように、
痛みに気付かなくなるまで、痛みに慣れてしまうまで目を背けることが、あいつのためだったのだろうか。

冷静な目で見ればそうなのかもしれない。
あいつも、この時代を己の体一つで生き延びてきたのだ。
乗り越えるべき壁を乗り越える力など、持ち合わせているはずだ。


それでも気付いてしまったのだ。
見ていたから、無意識の内でも見ていたから、知ってしまったのだ。

知ってしまえば、自分の感情を抑えることはできなかった。


惚れた女を傷つけられて、大人しくしていられるほどおれは冷静な人間ではない。













最初は顔色に気付いた。
はしごを上ってきたとき、久しぶりに上陸した町での買い物帰りにしてはえらく青い顔だった。

それから、普段ならば荷物をこちらに押し付けて、さらには甲板へ足を下ろす際に手を貸せと言うくせに、
この日は手ぶらな上に何も言わず、差し出した手から逃げるように自ら甲板に下りた。
だが買い物しなかったのかと尋ねるとイイのが無かったと答え、その声色はいつもと全く変わらぬものだった。
少し前に戻ってきていたウソップとルフィが、何だナミも食いすぎて金がなくなったのかと笑いながらキッチンに消えていく。
その2人を睨んだあと、あんたはちゃんと見張りしてたでしょうねと笑いながら悪態さえついた。

多少の違和感を覚えつつ、次に気付いたのは、血の匂い。
自分が戦闘で流す血の匂いはさして気にならないが、このときの匂いは少し種類が違うように感じた。

例えば、
薄汚れた町の、誰も寄り付かないような通りの路地裏で、喧嘩に溺れた男がゴミのように転がっている。
自分の男の機嫌を損ねた娼婦が動けなくなるまで殴られ、血を隠すようにその場を動けないでいる。

そういった類の場所に漂うような、もの、だった。

血は同じ血じゃないかとも思うが、そのときは確かに違うものに思えた。


だから思わず手を伸ばし、船を下りるときは確か腰に巻いていたシャツの上からその細い腕を掴むと、
ナミは小さく呻いて反射的におれの手を振り払った。

振り返ったその目に一瞬だけ、自分以外の他者に向ける恐怖の色が宿ったがすぐに消え、
いつもの顔を取り戻しただ一言痛いわよ馬鹿力なんだからと言ってまたおれに背を向けた。




 「ナミ」

 「シャワー浴びたいから、風呂場に来ないでね。 どうせまだ全員帰ってきてないでしょ?」

 「腕見せろ」

 「………」



無視して足を進めようとしたので、また腕を掴んでそれを止めた。
左腕の袖を捲り上げると、乱暴に巻かれうっすらと血の滲んだ布切れがそこにあった。



 「…海軍か?」

 「………離して」

 「チョッパーがまだ戻ってきてねぇけど…消毒だけでもしとけよ」

 「離して!!!」



急に声を荒げたナミは再びおれの手を無理矢理に振り払い、
左腕を抱えるように胸に寄せると、おれから距離を開けて手すりに背中をつく。
浅く早い呼吸をし、顔色はさらに青くなっていた。



 「ナミ……どうした、大丈夫か?」

 「……なんでもない、大丈夫」

 「それがなんでもないってツラかよ。 いいから傷見せろ」

 「大丈夫だってば!!」



そう叫ばれると返す言葉に詰まり、甲板に妙な沈黙が流れる。
強情なその態度に少しだけ腹が立って、力任せにまた腕を掴むと巻かれた布を剥ぎ取った。

現れたのはナイフや銃で出来た傷ではなく、壁やレンガで打ち付けたような、見た目にはかなり派手な擦過傷だった。

その傷口を見て思わず眉を寄せると、腕を掴まれたナミの体がほんの少し震えていた。
船体が波に揺られているとか、そう錯覚もできるほんのわずかな震えだったが、
その瞬間に気付いてしまった。


どうして頬に打たれたような痕がある?
短いスカートから覗く足に、どうして今朝には無かった小さな擦り傷が何箇所にも出来ている?
いつも薄っぺらいキャミソールとやらで肩や背中を平気でむき出しにしているのに、どうしてシャツを羽織って帰ってきた?

この強気な女が、口調とは裏腹にどうしておれに腕を掴まれただけでこんなに怯えた目を見せる?




 「誰に」



思わずそう口にすると、ビクリとナミの体が強張った。



 「――ツラ、覚えてるか」

 「……放っといて」

 「斬る」

 「やめて」



声だけ聞けば、それは普段とまったく変わらないもの。
そんな口調でナミはそう言った。



 「大したことじゃないわ。 忘れて」

 「大したことじゃないって、お前」



小さな震えは止まっていた。
いつもどおりの、いやそれ以上にひどく冷たい声色だった。



 「大丈夫って本人が言ってるんだから、大丈夫よ。 あんたには関係ないでしょ」

 「………」



関係ないというその言葉にムカついて、思わず腕を掴む手に力がこもる。
それでもナミはもう強引にその手を振り払うことはせず、まるで何事もなかったかのようにそこに立っていた。
おれに腕を取られたまま背筋を伸ばし、だが目を合わせることはなく視線はずっと落とされていた。



 「……ちゃんと顔見せろ、ナミ。 どこが大丈夫だ」

 「………」



腕を掴むのとは逆の左手で、ナミの顎に触れ顔を向けさせようとする。
ナミは片手を上げてその手をパンと払い、そうして合わされた目はきつくこちらを睨みつけてきた。



 「大したことじゃないって言ってるでしょ!!!」



そう叫んだ。

頭上のキッチンではルフィたちの声がやかましく響き、厄介なコックにはおそらく聞こえてはいない。
だがナミは自分の声の大きさに苛立ったようで、短く息を吐いた。



 「…気付いたんなら、何で分かってくれないの」

 「………」

 「こんなこと、今までだって何度もあった。 今更泣くこともないし腫れ物扱いされることでもない」

 「今まで、お前は―――」

 「逃げられるときは逃げたわよ。どうしても力で適わないときは大人しく終わるのを待ってればいいだけで」

 「………」

 「生きて、解放されれば、それで」



ナミの細い手首が、再び震え始めた。
それなのにこの女は、おれを睨む視線を外すことはしない。



 「優しくしてほしいわけでも、慰めてほしいわけでもない。 だから放っといて」




この女は、今までそうして生きてきたのだ。

この時代の海を女一人が生き延びていく中で、そうした事態に陥る可能性は決して低くはない。
賢い女は初めて海に出たときにその覚悟はしていたはずだ。
だがこいつのことだ、逃げ切る自信も持っていただろう。
だからこそ初めて襲われたときには、死を選びたくなるような絶望を味わったかもしれない。

それでも、こいつは進むことをやめなかった。

この海を、たった一人で、ひたすらに進んできたのだ。



過去に文句を言っても仕方ないが、思わずにはいられなかった。





どうしてもっと早く、出会えなかった。








 「優しくする気も、慰める気も無ぇよ」



そう言うと、睨んでいたナミの目つきが怪訝なものに変わる。
同時に腕を振り払おうとしたので、また少しだけ力をこめてそれを阻止した。



 「おれはそういうガラじゃ無ぇし」

 「……そうね」

 「ただな」



無意識に手に力がさらにこもったらしく、ナミはほんの少し痛みに顔をしかめる。
それでも離す気はなかった。

離したくなかった。




 「惚れてる女に手ぇ出されて、黙ってられるほどヘタレた男じゃねぇんだよ、おれは」




このままではこいつの手首が折れてしまうかもしれない。
もちろんそう簡単に折れたりはしないだろうが、それでも今は自分でも力の制御が利かないので分からない。
白く細い手首を走る血管が、ドクドクと脈打っているのが指先から感じられる。

命を繋ぐためならば、この女は自分の体が傷つく事を厭わない。
自分の目的を達成するために、決して死んではならなかったのだ。


あぁ本当に。
どうしてもっと早く。



ただ女であるというだけで晒される理不尽な暴力を、せめて遠ざけてやることが出来たのに。







 「……あんた、私のこと好きなの?」



人の心臓の痛みも知らず、ナミはそう尋ねてきた。
いつのまにかまた、震えは止まっていた。
手首を掴む手の力を、努力して緩める。
振り払われることはなかった。
ナミは変わらず、だが睨む風ではなくまっすぐにおれを見上げていた。



 「……気付かなかったか?」

 「……どうだろ」



ナミはそう答えて、自嘲気味な笑いと共に肩をすくめる。



 「でも、抱けないわよ」

 「……あ?」



唐突な発言に、思わず片眉を上げた。



 「男に触れられるなんて、嫌。 考えただけで吐き気がする」

 「………」



腕を掴んだ手が、思わずピクリと反応する。
単純なそれが滑稽だったのか、ナミは小さく笑った。




 「――でもあんたの手は、嫌いじゃない」



そう呟いて、ナミは己の腕を掴んでいるおれの手を見下ろした。
おかげでその表情は見えないが、その声色に先程のような冷たさは感じられなかった。

ゆっくりと腕の拘束を解いて、滑らすようにしてナミの手に触れた。
女にしては大きいがそれでも自分よりは遥かに小さく細いその手を緩く包むと、ほんのわずかだが握り返してきた。



 「何でか、安心する」




ナミはそう言って顔を上げた。

泣いてはいない。
笑っている。

だが、それは今にも泣きそうな笑顔だった。




 「ナミ」



左手をゆっくりと伸ばして、ナミの頬に触れる。
ナミはほんの一瞬ピクリと体を震わせたが、逃げることはなかった。




 「……平気か」

 「うん」



ゆっくりと体を近づけて、同時に引き寄せて、自分の胸にナミを抱いた。

右手はナミの手を包んだまま、片手で力いっぱい抱き締めてしまいそうになるのを必死にこらえる。
腕や胸に触れるナミの肌から、平気と言いながらも緊張が嫌というほど伝わってくる。

それでも、突き放されることはない。


勘違いか、自惚れか。
今はどちらでも構わなかった。




 「……お前が、安心できる距離でいいから」

 「………」

 「傍に居てくれ」

 「…………」



ナミの返事は無かったが、小さく頷いたのは分かった。




できることなら誰にも触れさせず閉じ込めて自分だけのものにしたいという歪んだ独占欲も、
今まであんな風にこいつに触れた男共を全員八つ裂きにしてやりたいという凶暴な嫉妬心も、

明日になれば街に出て男共を探し出し、斬るという考えも、

この瞬間は、忘れていた。




この女は仲間だ。
共に戦う、同じ船の仲間だ。

単純に女だという理由で守られるだけの存在でいたいとは、こいつ自身も思ってはいないだろう。



それでもおれはこいつが傷付くのは嫌だし、傷付く前に助けたいと思う。
もし、万が一にも傷ついたなら、こうして抱き締めてやりたいと思う。




この女が、一人震えることの無いように。



こうして抱き締めることができる距離に、居たいと思う。








背中に感じる、震えの微かに残る手が、愛しくてたまらなかった。







08/02/29 UP

141414リク。
リク内容は『ある島で男達に襲われたナミと、数日後そのことを船で知るゾロ(とクルー)』

なかなか書き辛いネタです。
ナミさんが可哀想なのは辛いよね…(そんなの散々書いてきた気もするが)。
いつの間にやらゾロ視点。
しかもクルー無視(笑)。
ゾロはナミさんが好きすぎて大変なんです。
これがサンジくんだったら『居させてくれ』になるんかしら、ゾロだとどっちかなーと迷った結果こうなった。
実は自己中。

そんな感じで、ふぅサマへ捧げます。
1年以上もお待たせして…すんません!!
微妙に(かなり?)リクと違ってるけど、勘弁してくださいな…!!

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