剥。







胸の傷の治療を終え、丸1日以上眠っていたらしいゾロは夕刻前に意識を取り戻し、
医者の目が離れた隙を見て診療所を抜け出した。


村人の大半は中心部での宴に参加しているらしく、ゾロは騒ぎとは逆方向へと向かって歩いて行った。

村のはずれまで行くと、1軒の家が目に止まった。
人気が無いのは他の家も同じだがそれは不在なだけであって、ただその家は雰囲気が違っていた。

人の住んでいる気配が感じられない。

ゾロは空家と判断して、玄関を開けて中に入った。



意外なことに、中はきちんと整えられていた。
空家には間違いないようだが、何十年も人の手が入っていない、という類ではなかった。
もしかしたら最近空いたのかもしれないな、と思いながらゾロは寝室を探した。

奥の部屋へと入ると、そこにはベッドがあってシーツもきちんと敷かれていた。
ふかふかの干したて、とは当然いかないが、休むには充分だった。

ここでしばらく寝かせてもらうか。

ゾロはそう一人ごちて、ふらふらと近づき背中からベッドにボスンと落ちる。
その衝撃で胸に走った痛みに顔をしかめつつ、長い息を吐いて目を閉じた。







数分か数十分か、どれほど時間が経ったかはゾロには分からなかったが、
唐突に人の気配を感じて閉じていた目を開き素早く周囲に意識を走らせる。




 「………ナミ、か」

 「………ゾロ?」



上体を起こしたゾロは、寝室の入り口に立っている人影を見てそう呟いた。
赤い夕日の光が窓から差し込み、ナミの姿を浮かばせている。



 「あんた何勝手に入って、しかも寝てんの」

 「あぁ? てめぇのウチなのか?」

 「違うけど……まぁ別荘みたいなモンよ」

 「ふーん」



この家は、ナミが小さい頃から空家だった。
幼いナミとノジコにとっては人の住まない一軒屋というものはとても不思議な空間で、
あっという間にそこは2人の秘密の隠れ家になっていた。

海に出るようになったあとでも、村に戻ってきても家には帰れない、そんなときはナミはここで過ごしていた。
ナミがいない間は時折ノジコがやってきて、軽く掃除をしたり保存食の足しなどをしてくれていた。
そのおかげでゾロがここにやってきたときも、空家とは言えそれなりに過ごせる状態になっていたのだった。



ナミは入り口の扉に寄りかかったまま、腕を組んで呆れたようにゾロを見る。
そんな視線を無視して、ゾロは再びベッドに横になった。



 「いないと思ったらこんなとこで寝てたのね。 ドクター探してたわよ」

 「……寝てりゃ治るのに、ガーゼ交換だ消毒だって五月蝿ぇんだよあのジイサン…ありがてぇけどよ」

 「……」



ボタンは留めず羽織っただけのゾロのシャツの隙間から覗く包帯には、うっすらと血がにじんでいる。
全治2年と言われる大傷をこの男は自分で始末して、挙句の果てに『寝てれば治る』と言い放つのだ。
ナミは睨みつけるようにゾロを見つめた。



 「……そこに居て」

 「あ?」



ナミは素っ気無くそう言い残し、寝室から出て行った。
首をかしげながら後姿を見送って、ゾロは再び目を閉じた。









 「起きて」

 「……あ?」



どうやら瞬間で眠ってしまったらしく、ゾロが目を開けると既にナミは戻ってきていて、
救急箱を抱えてベッドの脇に腰を下ろしていた。



 「何だ?」

 「傷、包帯替えるから」



ナミはサイドテーブルに救急箱を置いて蓋を開け、慣れた手つきでガーゼや包帯を取り出していく。
ゾロは寝転がったまま、面倒くさそうに愚痴った。



 「だから、こんなモン寝てりゃ――」

 「傷って」



ゾロの言葉に耳も貸さず、ナミは新しい包帯を持つ手元を見下ろしたまま小さく呟いた。
尖った空気を感じて、ゾロは思わず口を噤む。



 「そんなすぐには塞がらないのよ」

 「………」

 「血が流れて、ようやく止まってかさぶたになっても、何かの拍子にそれが剥がれ落ちて、また血が流れるの」



ナミが独り言のようにそう言いながら、ぎゅっと包帯を握り締める。
ちらりとそれに目をやって、ゾロはナミの横顔を見つめた。



 「いくら寝たって、塞がらないんだから」

 「………誰の、話だ」



自分の、しかも医学的な面の話ではないと気付いたゾロは尋ねる。
ナミは一瞬ゾロに目をやり、だがすぐにまた俯いてしまった。





 「………昨日ね、夢を…見たの」

 「夢?」

 「アーロンの」

 「…………」



ナミは自分の左肩を強く握り締めた。
その包帯の下に何があるのか、もう今は知っているゾロは何も言わなかった。



 「ルフィとあんたたちのおかげで…アーロンパークは崩壊して、私たちは自由になって…それなのにまだ、夢を見たの」



そんなに強く握っては傷が開くのではと見ている側が心配するほどに強く、ナミは左肩を握り締める。
体を起こしたゾロは、腕を伸ばしナミの左肩から手を外させた。
ナミはフッと自嘲気味に笑って大人しく従い、新しい包帯を無意識に手の中で弄ぶ。



 「自分がこんなに弱かったなんてね」

 「………」

 「皆は宴で大騒ぎで、それなのに夢の中の私はまだアーロンに縛られてて…」

 「………」

 「みんな苦しんでて、たくさん人が死んで、私も、みんなみんな――」

 「こっち見ろ、ナミ」




ゾロはナミの両肩を掴んで、軽く揺さぶった。
はっと目を見開き、ナミはゾロを見つめる。



 「ナミ、それは夢だ」

 「………」

 「あのサメ野郎はルフィが倒した。 お前も見たろ?」

 「………」



力の抜けたナミの手から包帯が転がり落ち、床の上に白い線を描いていく。



 「ただの夢だ」

 「………うん」



ナミは力なく答えて、そのまま倒れこむようにゾロの肩へと寄りかかった。
一瞬体を強張らせたゾロだが、すぐにナミの肩から手を離し背中へと回して抱き締めた。

宴の騒ぎはここからは遠く、耳を澄ませばかすかに人の声や音楽が聞こえる程度で、
しんと静まり返った室内で2人は無言のまま動かなかった。

窓からの真っ赤な夕日が室内も赤く染め、ベッドの上の2人はひとつの塊になって床に影を落としている。


ゾロに抱き締められたまましばらく目を閉じていたナミは、体は動かさずふと口を開いた。



 「……全治2年…なんでしょ、これ」

 「らしいな」



目を開けたすぐ下に、血をにじませた包帯がある。
ナミはじっとそれを見つめて尋ねた。



 「……あんたは、怖くないの」

 「何が」

 「死ぬのが」

 「ンなの怖がってちゃ剣士にゃなれねぇよ」



ゾロの包帯の上から胸にそっと手を置いて、ナミは少しだけ体を離した。
ナミのするように任せて、ゾロは抱き締める力をほんの少し緩める。



 「……じゃあ、人が死ぬのは?」

 「………」

 「ルフィや皆が死ぬかもしれないって、思わなかった? 大事な人が死ぬのは怖くないの?」



ナミはゾロの胸の傷を見つめたまま、尋ねる。
一瞬目を見開き、だがすぐにいつもの表情に戻ったゾロは、ナミの長い睫毛を見下ろしながら答えた。


 「……死なねぇよ」

 「そんなの分からないじゃない」



包帯越しに傷をなぞるように指を動かすと、痛んだのかゾロは少しだけ顔をしかめた。
手は離さずに、ナミはゾロを見上げる。
その視線を逸らすことなくゾロは見つめ返す。



 「死なねぇし、死なせねぇし、そう簡単に死ぬようなタマじゃねぇ」

 「………」



ゾロは再びナミを自分の胸に抱き寄せて、痛ぇからあんま触んなと冗談ぽく言った。
それを聞いたナミは小さく笑って、包帯の上に置いていた手をゾロの背中に回す。






 「……他の連中は、まだ騒いでんのか?」

 「うん」



ふいにゾロがそう尋ねると、ゾロに抱きついたままのナミはくぐもった声で返事をする。



 「もう2,3日は出発しねぇだろうな」

 「多分、あの調子ならね」

 「じゃあおれはまだしばらくここで寝る」

 「……そう」



ゾロは首を傾けて、ナミの顔を覗きこみながら言った。




 「お前はどうする?」

















 「ナンパだーー!!!!!」



ハートマークを巻き散らかしながら走り去ったサンジを、ゾロは苦笑しながら見送った。
だがすぐにその姿が振り返って、同じ勢いで戻ってきた。



 「何だ、食い忘れか?」

 「いや、お前さ、3日もどこにいたんだ?」



キキッとブレーキをかけて止まったサンジが、首をかしげながら至極不思議そうな顔でそう尋ねる。
走って戻ってきてまで聞くことか、と思ったがゾロは素直に「寝てた」と答えた。



 「ンだそりゃ、医者が探してたぜ?」

 「知らね」



サンジは苦笑してゾロを見下ろし、それからふと思い出したようにきょろきょろと周りを見渡した。



 「なぁオイ、おれ今日ナミさんの姿を見ていない!!」

 「あいつなら医者ンとこ行ってる」



近くを通りがかった村人から酒を貰ったゾロがそれをあおりながら答えると、
サンジは途端に形相を変え慌てふためく。



 「何ぃ!? ケガか、ケガしたのか!?」

 「ケガじゃねぇから心配すんな」

 「そうか…ってお前に言われてもなぁ」



ほっと息を吐きつつ、サンジはじろりとゾロを見下ろして考え込むように顎に手を当てる。
ゾロは構うことなく酒を飲み続け、貰った酒もあっというまに空になってしまった。



 「そういや昨日も何か顔色悪かったけど…大丈夫かな」

 「…夜はよく眠れたみたいだぜ、昨日は」

 「そうか……ってだから何でお前が知ってんだよ!?」



言葉の違和感に気付いたサンジが違った意味で顔色を変え、
掴みかからん勢いで詰め寄ってくるがゾロはそれをあっさりとかわして立ち上がった。



 「あー、腹減ったな。 まだ料理残ってるよな?」

 「あ?あ、あぁ料理はまだ十分……ってか答えろオォイ!!」



叫ぶサンジを置いて、両腕を上げて背中を伸ばしながらゾロはさっさと宴会の中へと消えて行った。

その後姿を見ながらものすごく嫌な予感を覚えたサンジだったが、
通りを歩く美女を目に留めると途端に目の色を変え嬉々とナンパへ向かった。



サンジがその『嫌な予感』の正体を知るのは、まだもう少し先のことになる。





07/11/08 UP

『アーロンパーク崩壊後の宴、サンジと会話する3日目までの間にゾロは何してた?』
要はこういうリクでした(笑)。
アニメで、宴会の中でサンジがゾロに傷の様子を尋ねるシーンがあるのですが、
その日は宴会3日目でして、そんな頃にそういう質問をするってことは
3日目にしてようやく2人は顔を合わせたのか?と…。
ではゾロは傷を縫ってもらってから宴会3日目まで、一体何をしていたのか?

てわけで、その空白の時間を埋めました。
ワンピ世界の時間の流れってかなり遅いしキチキチやから、
こういうオフィシャル(アニメやけど)空白タイムがあると…
色々考えちゃいますよね(笑)。
何かどっかで既に書いたようなネタになったけどね!
もう忘れた!!(笑)

ところで宴1日目は、アーロン倒したその日ってことでいいんかな?

hanakoさん、mariko的に埋めてみたらこうなったよ!
ダメか、ダメか!!?

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