生。






部屋からはひゅうひゅうという呼吸音だけが聞こえる。



針の穴ほどになってしまったかのような気管で、
できるだけの酸素を得るために、男は呼吸をする。
ゆっくりと吸って、ゆっくりと吐く。

それが今の男にできる全てであった。











男が病に倒れたのは、本当に突然だった。

肺に何かある、らしい。

らしい、というのは、今の医学では治療不可能であり、また原因すらも不明であった。
そして恐らく、今ではその「何か」は、肺どころか男の全身を侵しているようだった。



何の兆候も見せずに突然倒れた男は、
すぐさま女部屋へと移され、
そしてみるみると衰弱していった。










女は話しかける。
ベッドの脇に腰かけ、ゆっくりと、話しかける。
男からの返事は無い。
それでも、目を見れば何を言っているのかが分かる。
女の言葉に、男は目で返す。
それを女が受けとめて、また話しかける。

2人だけに許されたその関係が、
2人の間でしか成り立たないその関係が、
壊れそうな女の精神を何とか保っていた。








この船の船医は、よくやっていた。
船の上、設備も薬も何もかもが充分といえないこの状況で、
今なお男が生きているのは、船医の努力の成果であった。

船医は男の前で決して泣き言を言わない。
自分の患者を不安にさせるようなことは言わないし、
いつものように笑顔で話しかける。
「治療」ではなく「処置」を施しながら。
たとえ返ってくる言葉が呼吸音だけになっても、船医は話しかける。

キッチンで仲間に病状説明をするときにも、船医は泣かない。
落ち着いて、医者として説明する。
そんな船医を見て、他のクルーも冷静に事実を受け止める。


ただ、女の前では、船医は泣く。
自分は、怪我や病気を治すために居るのに。
男に何もしてやれない。
話しかけることしかできない。
そう言って、女とともに泣く。









考古学者も、コックも、狙撃手も、そして船長も、
入れ替わりに部屋に入ってくる。
そして男に話しかける。


今日は何があった、と。
また船長が盗み食いをした、と。
この船に乗る前の数多の武勇伝を聞かせてやろう、と。
仲間がまだ自分たち2人だけだったときの笑い話を、と。


彼らの話に、男は目で返す。
彼らもそれを受けとめる。
女ほどではないが、
それでも仲間には分かる、男の「言葉」。
見ているこちらが辛くなるような状態であるのに、
男は仲間の話に「笑顔」で返す。
そうして彼らは、部屋を出てから密かに泣く。








常に男と共にあった3本の刀は、
手を伸ばせばすぐに届くところに立ててある。
手を動かす事ができれば、の話だが。


男は時折その刀を、その白い刀をじっと見つめる。
女はそれが辛かった。
幼くして逝った少女が、男を迎えにすぐそこにいるかのような錯覚を起こす。




 やめて

 まだ連れて行かないで

 奪わないで




男が、目で笑う。
女の気を察したのか、笑いかける。
女も笑い返す。
たとえ不自然になってはいても、男に泣き顔を見せる気はなかった。




















眠るように、などという優しい形容は当てはまらなかった。


全身を痙攣させ、苦しげな呼吸音だけを響かせる。
見るに耐えない男の状況を、それでも仲間は目を逸らさずに見つめる。
女は激しく震える男の手を握り締め、自分の頬に寄せる。
男の名を叫ぶ。
何度も。
男は女を見る。
その目に女が映る。
しかし男にはもう見えていない。
仲間が叫ぶ。
その声も男にはもう聞こえない。
手を握る女の体温も感じない。
自分の心臓の動きも、もう感じない。


そうして急に弛緩した男の体は、温もりを残したまま、もう二度と動かなくなった。
唐突に静まる部屋の中、誰も声を発しなかった。





気丈な船医がとうとう、男の前で号泣した日から。
冷静な考古学者が、膝をついて泣いた日から。
喧嘩ばかりだったコックが、男の手を握って話しかけた日から。
人のいい狙撃手が、治ると「嘘をついた」日から。
常に海を見ていた船長が、部屋の近くにいるようになった日から。

口下手な男がうわ言のように「愛してる」と「呟いた」日から。
その言葉に嬉しさと愛しさと、そして絶望を女が感じた日から。




2日の後。



男は死んだ。

















女の手元には、3連のピアスがある。
刀は無い。
あれは、常にあの男と共にあるものだから。
もうここには無い。


女はピアスのひとつを取り、
穴の無い耳に刺した。
ふたつ、みっつ。
3連のピアスが、女の耳元で金属の音を奏でる。
男に抱きしめられたとき、耳元で聞こえていたように。


耳から流れる血の熱さが、
自分がまだ生きていることを感じさせた。



いやー・・・・・・・・・・死にネタですいません。
淡々と進めてみました。
急に死にネタが書きたくなってさ・・・・。

2005/03/26

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