着。
「これ、マジで死ぬかも…」
真夏の太陽がギラギラと輝くなか、ナミは着ぐるみの中ではぁはぁと喘いだ。
小さいながら地元ではそれなりに人気の遊園地で、ピンチヒッターとして着ぐるみの中に入ることになったナミは、
安請け合いしてしまったことを深く後悔していた。
元々ナミのバイトは園内のレストランの店員だったのだが、
同じ大学の友人で、本来その着ぐるみバイトをしていたウソップが盲腸で入院してしまったのだ。
学生も夏休みに入り、園内には子供連れの客も溢れている。
この遊園地のキャラクターであるクマさんは、まぁどこにでもいそうな姿をしてはいるがそれなりに可愛がられている。
ウソップが元来器用な男なので、そのキャラクターを完璧に演じていたおかげもある。
その男が突然入院してしまい、園側はあせって今日の代役を探したのだが生憎いきなり入れる人間は見つからなかった。
しかもその着ぐるみはウソップの体格に合わせてあった(それほど彼は会社側から重宝されていた)。
おかげで園側は彼と似た体格で中に入れる従業員を慌てて探し、結局その入院を知らせたナミに白羽の矢が立った。
女の仕事じゃないわよとナミはブツブツと文句を言ったが、提示されたバイト料を見て態度をころりと変えた。
勤労学生としては臨時収入はありがたい。
着ぐるみバイトを甘く見ていたナミは、その1時間後には後悔することになったのだが。
ショーも何とか終わらせ、午後の休憩明けで今度は園内を歩き子供たちに風船を配る。
陽射しは午後になってさらにきつくなり、着ぐるみの中は蒸し風呂である。
客の目があるのでクマの頭は取る事はできないので、ナミは犬のように舌を出してどうにか耐えていた。
子供2人を連れた一家に風船を渡し、バイバーイと可愛く手を振る少女たちに手を振りかえし、
ナミは2、3残った風船を握って芝生の柵にこっそりと寄りかかった。
控え室に戻って水分を補給してきたほうがいいかもしれない。
などと思いつつも、木の陰になっているこの場所でナミは少し休憩することにした。
だがもちろん見た目にはそうは見えないように、時折可愛らしくポーズを取っておく。
子供たちの声が近づきでもすればすぐさま愛想を振りまける準備はできていた。
「しかしあっちーな…ちょっと陰入ろうぜ」
人の声が近づいてきて、ナミはさっと姿勢を戻した。
だがその声は子供のものではなく、大人の男の声だった。
着ぐるみをかぶったナミの視界は、その口の部分から覗くほんの僅かな隙間だけなので、
その声の持ち主がどんな人間なのかは分からない。
だが若い声だったので、ナミは彼女連れだろうと思った。
というわけで、その彼女に向けて可愛らしくポーズを決めようと思ったのだが、
聞こえてきたもう一つの声も同じく若い男の声だった。
「何でわざわざこんな暑ぃ日に、野郎2人で遊園地…」
後から聞こえた声の主はブツブツと文句を言っている。
2人はナミと同じように木の影に入り、大きく息を吐いた。
さすがに若い男ではこのキャラクターにも興味は無いらしく、
それでもナミはとりあえずポーズは崩さずに手足や首を可愛らしく動かしておいた。
「傷心のときはこういう明るい所で鬱を飛ばすのが一番なんだよ!」
「傷心なのはお前だけだろ」
「あぁ!? てかお前のせいだろ!! もう少しお前が愛想よくしてりゃアンナちゃんもノってきてくれたんだ!」
「興味無ぇ」
「少しは友達に気を遣えーー!!!」
「もっと興味無ぇ」
2人の会話を聞きながら、ナミは暇つぶしがてらに勝手に想像してみた。
どうやら合コンか何かに行った2人は、
2つ目の声のノリの悪さが原因で、1つ目の声の恋も上手くいかなかったらしい。
「もうてめぇとは合コン行かねー!」
「そりゃ有難ぇ」
「……あのなゾロ、お前はそんなだから彼女もできねぇんだ」
「余計なお世話だ」
ゾロと呼ばれた男は素っ気無い態度だが、もう一人の声の主はなかなかにテンションの高い人間らしい。
盗み聞きは悪いかな、と思いつつ、
隣で話してるのが聞こえただけなんだしいいか、とナミは正直に2人の会話を聞いていることにした。
他の事でも考えていないと、脳内が暑さで溶けてしまいそうだった。
「第一合コンとか軽い雰囲気が嫌いなんだよおれは」
「お前は嫌いでもおれは大事なんだよ! 付き合え!」
「さっき行かねぇっつったのはどいつだ」
「言葉のあやだ」
「無言でイイならな」
「あーームカつく! こうなったら2人でティーカップ乗るぞ!!」
「あぁ!? な、ちょ、冗談やめろ!!」
「このサンジ様と2人でティーカップだぞ、有難く思え」
傍から聞いているだけでも、この2人が親友のように仲がいいことが伝わってくる。
言葉は共に乱暴で素っ気無いが、その雰囲気はとても楽しそうだ。
2つの声が移動する。
どうやらサンジという名の1つ目の声の男が、ゾロを引っぱってティーカップの所まで連れて行こうとしているらしい。
ゾロはじたばた暴れているようだが、サンジは一向に気にしていない。
着ぐるみの中でクスクスと笑いながら、ナミは2人に向かってバイバイと手を振った。
それに気付いたサンジが足を止める。
「じゃあほらゾロ、このクマさんと写真を撮ろう!!」
「あぁ!?」
「ほら行け!」
サンジは再びゾロを引っぱって、ナミの前までやってきた。
ナミはさぁ仕事だ、とばかりに張り切ってキャラクターになりきる。
近づいてきた2人の姿が、着ぐるみの口から少しだけ見えた。
服装はやはり若いので、おそらくは大学生だろうと思われた。
「お前こういうフカフカ系好きだろ」
「別に好きじゃねぇよ」
「猫とか犬とか好きじゃねぇか」
「これは着ぐるみだろうが!」
クマさんを前にして2人はぎゃーぎゃーと言い合っている。
ナミは暑さも忘れてそのやりとりにこっそりと笑いながら、声がかけられるのを待っていた。
やがてサンジは携帯を片手に持って、ナミに声をかけた。
「やぁクマさん、写真いいかな?」
優しい声で言われて、ナミは当然コクリと頷いた。
ゾロは渋々とナミの隣に立つ。
「ほらゾロ抱きつけ!」
「何で」
「お前のせいでおれはフラれた。 おれは大層傷ついた。 だから癒せ」
「……何じゃそら」
「いいから抱きつけ! 別に損はしねぇだろうがよ!!」
「つーかこの中おっさんとかだろ…」
「いいや、それはクマさんだ! クマさん以外の何者でもない!」
「………」
ゾロははぁと溜息をついて、仕方なくクマさんに抱きついた。
クマの中に入っているナミは、少しだけパニックになっていた。
今日一日で子供たちに抱きつかれたのは数え切れない。
カップルの彼女側が抱きついてくることもあった。
だが、今のように。
同年代の男に抱きつかれることなど、着ぐるみを通して以外でも無かったのだ。
モテないわけではないが、今まで男と付き合った経験の無いナミは着ぐるみの中で真っ赤になった。
せっかく暑さを忘れていたのに、また体の中からかっかと熱くなる。
だけど、仕事はちゃんとするのだ。
これは仕事これは仕事と言い聞かせながら、ナミは無事にゾロとの写真撮影を終わらせた。
「ども」と呟いて離れるゾロに、ナミは思わず風船を差し出した。
ナミからは見えないがゾロは目を丸くして、サンジは面白そうにケラケラと笑う。
ナミは自分の行動にまた顔を赤くし、だが差し出した手を戻ることも出来ずにいた。
しばらく迷ったゾロはボリボリと頭をかいて、クマさんから風船を受け取って「ありがとう」と律儀に礼を言った。
「お前それ、すぐ消せよ」「そのうちな」などというやりとりをしながら、2人はナミの傍から離れて行った。
ナミは残った風船のヒモをぎゅっと握り締めて、2人が消えて行った方向を見つめていた。
閉演間際になり、着ぐるみのバイトは終了の時間になった。
着替えを終えてナミは、段々と人の少なくなっている園から出た。
本当は従業員用の裏門があるのだが、客用のゲートの方が駅に近いためナミはいつもこちらからこっそりと出ていた。
ゲートを出たあと、控え室でペットボトルのミネラルウォーターを一気飲みしたにも関わらずまだ喉が渇いていたので、
ナミは自販機の前で立ち止まり小銭を入れた。
オレンジジュースを買って、自販機の横の柵に寄りかかる。
カシっと乾いた音を立てプルタブを開け、半分ほど一気に飲む。
ふーーっと息を吐いていると、どこか聞き覚えのある声がゲートから聞こえてきた。
「いやー、意外とおもしろかったな」
「そうかよ」
ゲートに目をやったナミは、2人の男の姿を見つけて思わず声を出しそうになってしまった。
それは先程写真を撮った2人だった。
「ティーカップもあのスピードで回すと最早絶叫マシンだな」
「それよりもまわりの視線のが痛かったぞ…」
「気にすんな、さぁ来週はまた新たな出会いを求めて合コンだ! 頼むぜゾロ!!」
「………」
明るい口調で話すサンジは金髪碧眼の細身の男で、そうそう女にフラれるようには見えなかった。
だが実際はともかく見た目はいかにも軽そうで、そのあたりが合コン失敗の原因になっているのかもしれない。
もう一人、ナミ(というかクマさんに)に抱きついたゾロという男は緑色の短い髪で、左耳にだけピアスをつけている。
サンジよりも少し背が高く、逞しい体をしていた。
「次は成功させて、その彼女と行ってくれ頼むから」
「そりゃお前が協力してくれりゃ、そうなるだろうよ」
「あっそ」
ゾロの低い声は、着ぐるみ越しに聞くよりもはっきり聞こえてきて、
ナミは何故だか胸が高鳴るのを感じていた。
半分残ったオレンジジュースの缶を握り締めたまま、ナミはじっとゾロを見つめていた。
その視線に気付いたサンジはナミを見て、それからゾロを見てニヤリと笑う。
いまだ気付いていないゾロは友人のその表情に眉を寄せ、「何だよ」と気味悪そうに呟いた。
「いやいやお前もスミにおけねぇなー」
「あぁ?」
「いつのまにナンパしたんだ?」
サンジはそう言って、ちらりと視線でナミを示した。
ようやく自分に向けられた女の視線に気付いたゾロだが、当然ナミのことを知っているわけがない。
ナミをじっと見つめたあと首をかしげ、意味が分からないというようにサンジを見た。
「何だよ」
「あれ、知り合いじゃねぇの?」
「……多分、違う」
「多分て! あんな美人一度見たら忘れねぇだろ普通」
「………」
そんな2人のやりとりも耳に届いていたが、ナミはただじっとゾロを見つめていた。
こういうのも一目惚れと言うのだろうか。
単に着ぐるみ越しに抱きつかれてドキドキしたから、恋だと錯覚しているだけなのだろうか。
ナミは冷静にそう考えながらも、それでもゾロから視線を外すことができなかった。
「じゃあおれが声かけちゃうぞーv」とサンジが体をくねらせて近づこうとするのと同時に、
ナミは缶ジュースを置いて柵から離れ、小走りに駆け出した。
サンジは意外な顔をして動くのをやめ、ゾロもその隣でただナミをじっと見ていた。
「あの!」
「やぁ美しいお方! おれの名前はサンジです!」
「携帯番号とメルアド教えてください!」
サンジの言葉も耳に届かず、ナミはゾロを見つめ顔を真っ赤にしてそう叫んだ。
(ナミに悪気は無かったのだが)完全無視されたサンジは「分かってたけどね…」と呟きながら肩を落とす。
ナミはナミで、こんな積極的な行動を取るとは自分でも思いもよらず、
ただ勢いのままにゾロの前に立っていた。
ゾロはじっとナミを見つめ、それからごそごそとポケットから携帯を取り出した。
ぱっと顔を明るくしたナミは自分も携帯を取り出し、男が呟く数字とアルファベットを急いで登録した。
ナミも同じように告げると、ゾロも素直にカチカチと登録していた。
2人は携帯をパタンと閉じて、それから何となく沈黙する。
ゾロは何も言おうとしないし、サンジは2人の姿を見ながらニヤニヤと笑っている。
ナミも緊張で何を言っていいか分からなかったのだが、先程からひとつ気になっていたことがあったので、
ちらりとゾロの顔を見上げて口を開いた。
「………あの、」
「ん」
「風船は…どうしたんですか?」
クマさんから受け取ったはずの風船を、今のゾロは持っていなかった。
ナミから聞かれたゾロは一瞬目を見張り、それから小さく呟いた。
「……ガキが、割れて泣いてたんで…やった」
「……そっか」
ナミはゾロの答えに微笑み、ゾロはそれに答えるように口端を上げた。
「……えと、じゃあ、電話します!!」
「…おぅ」
ナミはそう叫んで、くるりと向きを変えて駆け出した。
携帯を握り締めたまま駅までの道を猛ダッシュする。
「何だよゾロ、お前合コンはダメでもナンパはいいのかよー」
「別に、そういうんじゃねぇよ……」
「ま、あんだけ可愛けりゃ一目惚れもあるわなー」
「うるせぇ」
「照れるな照れるな! で、何て名前だ?」
「ナミ、だと」
「ナミさんか〜v 名前も美しいな〜v」
隣でヘラヘラと顔を崩すサンジをジロリと睨んで、ゾロはナミの消えた方向を見つめた。
「ナミ、か………」
汗を流しながら夏の夕暮れの道を全速力で走ったナミは、駅に到着して壁にもたれ、肩で息をする。
腕で汗をぬぐい、それから握り締めていた携帯を見つめて思わず笑みをこぼす。
自分から声をかけるなんて、こんなに積極的だったかしら私。
そう思いつつ、携帯を開いて『ロロノア・ゾロ』という文字を指でなぞる。
「……夏だしね」
そう呟いて、ナミは改札を通った。
まずは病院に行って、ウソップのお見舞いをしよう。
それから相談。
「『ねぇ、一目惚れって信じる?』
2007/07/29 UP
『続続続コスプレシリーズ』
今までコスプレシリーズは原作ベースだったんですが…。
コスのネタ切れ!(どーん)
てことで着ぐるみです……(コスプレ……?)。
しかもパラレル……。
6/9にリクくれた方、これでどうにか…。
生誕'07/NOVEL/海賊TOP
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