傘。








その夜は雨が降っていた。







罵って、怒鳴って、追い出して、それから泣いた。

玄関に残された、濡れた傘。
雨が降っているのに、使われぬままそれはここに残っている。


2人で一緒に買った傘だった。

私はオレンジ色の傘を買って、
あいつは色違いのお揃いでグリーンの傘を買おうとしたけれど、
恥ずかしいからイヤだというから仕方なく黒い傘にした。

だけど私のオレンジ色の傘が使われることはほとんどなく、
いつも2人でその大きな黒い傘に入っていた。


雨が降って傘をさして、あいつの隣に並んで一緒に歩く。
「靴が汚れるからキライ」と言いながら、そんな雨の日が私は本当は好きだったのに。




黒い傘の水滴はもう乾いてしまって、真新しいオレンジ色の傘と並んでいる。
雨は止み、何度も朝が来て何度も夜が来て、2本の傘はまだここにある。



窓を打つ音が聞こえてカーテンを開けると、小さな水滴がついていた。

暗闇に差す街灯の光の中に、空から落ちる縦の線が浮かんでいる。
道行く人は傘を広げ、少し小走りになって進んでいく。

透明だったり、青かったり赤かったり、あいつと同じ黒い色だったり。
眼下に咲いていく傘を見下ろして、それから時計を見る。

立ち上がって、2本の傘を掴んで外に出る。







もう帰ってしまったかもしれない。
まだ帰ってこないかもしれない。

もう、違う傘を持っているかもしれない。

あの駅にあいつがいるなんて保障はないけれど、
でもこの黒い傘はあいつのだから、だから私はここにいる。


電車が1本止まるたびに、改札からはたくさんの人が流れ出てくる。

折り畳み傘を開く人、濡れた傘をまた開く人、何もささずに駆け出す人。
そんな人たちを見送りながら、オレンジ色の傘をさして立っている。


人の波が途絶えて、でもそこに立つあいつはいない。
何度も何度もそれを繰り返して、
夜の色はどんどん濃くなって、雨は止む気配も無い。

黒い傘と一緒に、冷えた体をぎゅっと抱く。


喧嘩したかったわけじゃない。
あんな言葉を言いたかったわけじゃない。
傷つけたかったわけじゃない。

こんな寂しい想いを、抱きたかったわけじゃないのに。

もしもタイムマシンがあったなら、あの日の自分を叱りに行こう。
今更思っても仕方ないけれど、あのとき悪いのは自分の方だった。


謝りたいのに、あいつはここにはいない。
黒い傘は私の手元にあって、雨は降るのにその傘は閉じられたまま。
使われなかったオレンジ色の傘は、雨に打たれてびしょ濡れになっている。

傘と一緒に瞳も濡れて、視界がどんどん歪んでいく。



雨なんて止まなければいい。
雨が止めば、この傘も使われなくなってしまうから。

いつまでも降り続いて、あの日の言葉も私の涙も、全部流してくれればいい。



雨の日はキライ。

一人で傘をさして、一人で冷たく濡れて、帰らぬ人を待つ雨の日はキライ。









 「ンな薄着で、風邪引くぞ」



声に振り返るとそこには、頭からびしょ濡れになっているスーツ姿の男が立っていた。



 「この傘、かなり目立つな」



優しく微笑んで、オレンジ色の傘の端をピンと弾いた。
それから私が握り締めていた黒い傘を取って、開く。



 「行こうぜ」



オレンジ色の傘が水浸しのアスファルトに転がって、私は目の前の男の胸にしがみついた。
ぐっしょりと雨に濡れたシャツをぎゅっと掴んで、
何度もごめんねと言うと同じように濡れた手が何度も頭を撫でてくれた。



オレンジ色の傘は風に揺られて転がって、地面の上で雨に打たれている。

もうこの傘は使わない。





雨の日はスキ。

2人で並んで、黒い大きな傘に入って、手を繋いで雨の道を歩く。

そんな雨の日はスキ。





2007/07/23 UP

『恋人とケンカして、帰りを待ってるナミ』
YU○の【Umbrella】のイメージだそうです。
聞きながら書いたらこうなりました…。
何でケンカしたかは聞かないように(お約束)。

でんまるさん、イメージ壊してないかな…ごめん!
しかもタイトルがまんま…(笑)。

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