背。








天高くそびえる山々と真っ白な雪を前にして、クルーたちは誰を船番にするか話し合っていた。



 「おれは行くぞ!」

 「おれもナミさんと行く!」



ルフィとサンジは鼻息を荒くして手を上げる。



 「じゃあおれが残る」

 「…いいの、Mr.ブシドー?」

 「あぁ」



銃に撃たれたビビの傷の応急処置をしながら、ゾロは素っ気無く返事をした。
ビビは何か言いたげだったが、ゾロと目が合うと結局口を噤んでしまった。








 「船には人は残さないでもらいたい」

 「え?」

 「船の前には我々のうちの誰かを残しておこう。 そちらは全員一緒に来てもらう」



船を止めた岸壁に立っている、大きな体躯の男がそう言った。
男、ドルトンはくるりと背を向けて歩き出す。



 「……分かりました、でも、鳥はいいでしょう?」

 「……いいだろう」



ビビの返事に、ドルトンは少し考えてから答えた。









 「Mr.ブシドー」

 「どうした」



女部屋の階段に下りたビビは、小さな声で名を呼んだ。
ナミのベッドの脇に腰を下ろしていたゾロは、顔を上げて階段の方を見る。



 「船番はカルーに頼んだわ。 全員上陸しろって言われて。 だからMr.ブシドーも」

 「そうか」

 「もう上陸準備はできてるから、ナミさんをお願いできる?」

 「わかった、連れてく」



ビビはゾロの返事に頷きを返して、部屋から出るため体の向きを変えた。

扉から出る直前、再び2人の方へと目を向ける。


腰掛けたまま上体を屈めて、ゾロはナミの耳元に顔を近づけ何かを囁いていた。
ぼんやりと意識を取り戻したらしいナミは、それに小さく頷いていた。
表情こそ見えないがそのままゾロはナミの髪を優しく撫で、それからその額にそっとキスをしていた。


ビビは不謹慎ながらも頬を染め、何も見なかったことにして慌てて外に出た。




あの2人が恋人同士なのは、周知の事だった。
宣言されたわけではないがクルー全員がそれを知っていたし、また知られていることも2人は知っていた。
だからと言って、ゾロとナミがクルーたちの前で恋人らしく振舞ったことはない。
本人たちの自覚無しに見ている側が照れてしまうような雰囲気を出すことはあっても、
さっきのように触れ合っている所をクルーたちに見せたことはなかったのだ。



 「Mr.ブシドーったら…平気な顔してたのに」



ナミが倒れ苦しんでいるときも、ビビの目にはゾロはいつもと変わらぬように見えた。
サンジのように泣き喚くことも、ウソップのように慌てふためくこともしなかった。

だが先程のゾロの様子は。


あぁ、彼も心配で心配でたまらなかったのだ。
愛しい人が病に苦しむ姿を見て、平気でいられるわけがない。


早く、早くナミさんを助けなくては。


甲板へ向かって走りながら、ビビはぎゅっと唇を噛んだ。









ドルトンの後に続いて雪の道を歩く間、サンジはゾロの後ろでひたすら文句を言っていた。
ゾロはそれを完全無視し、ひたすらザクザクと雪を踏み歩いていた。
女部屋からナミを背負ったゾロが出てきたときは、サンジは猛烈な勢いでそれを代わろうとしたが、
ナミがゾロのコートをぎゅっと掴んだまま離さなかったので、仕方なく文句を言うだけに留まっていた。

それでも人のいる村に入ったときは、サンジを始めクルーたちは喜びのあまり笑みを見せた。
ナミに向かって「村だ」「人だ」「医者だ」と声をかける。
だがナミの意識は無く、ゾロはひたすら無言で歩いていた。



ようやく暖まってきたドルトンの部屋では、ナミの呼吸はさらに苦しげなものになっていた。
彼から医者の話を聞き、高齢でタチの悪い魔女のような、だが国唯一の医者との通信手段が無いと分かり、
ビビは愕然と肩を落とす。
ウソップは頭を抱え、サンジは煙草の火と共に大きな溜息を吐く。
ゾロはベッドによりかかって座り込んだまま、いつもと同じく無言だった。

だが船長ルフィだけは違っていた。
ルフィは『道が無ければ作ればいい』もしくは『道が無ければ飛べばいい』という精神の持ち主だった。
そして今の麦わらクルーの前には、少なくとも一つの道があった。



 「山登るぞ」



ナミの頬を叩いてわざわざ起こし、ルフィはそう告げた。
ビビたちの猛反対の中、当のナミは笑顔を見せて『よろしく』と答えた。


その笑顔に負け、42度という高熱の人間を背負って雪山の絶壁を登ることになった。
善は急げとばかりにルフィはドルトンに肉をせがみ、サンジはドルトンに台所を借りてその支度を始めた。


ビビとウソップは窓から見えるバカ高い山を眺めて、心配気にナミを振り返る。
そこでは先程まで床に座っていたゾロが、ベッドに腰掛けてナミを見つめていた。




 「……ゾロ、お前が背負ってくか?」



ウソップがそう尋ねると、小さく「あぁ」という声が返ってきた。
その声が妙に儚く聞こえてしまい、ビビはウソップと目を見合わせる。




 「………ナミ」



ゾロが小さく名を呼んだ。
枕元に手をつき、覗き込むようにナミの顔を見下ろす。
ナミはうっすらと目を開け、赤く充血した瞳で見つめ返した。



 「おれが、背負ってく」

 「…ん」

 「見た感じじゃかなりの雪山だ」

 「ん」

 「大丈夫だな?」




ナミは体をもぞもぞと動かして、腕を布団から出した。
ゾロは上体を屈め、ナミに身を寄せる。
その首にしがみつくようにナミは腕を回した。
弱々しくながらも、しっかりと。
ゾロも無言でそれに応え、ナミの背中に腕をまわしきつく抱いた。



 「……ゾロ」

 「ん」

 「途中で落としたら、承知しないわよ…」

 「……上出来だ」



ゾロはナミを抱き締めたまま、その耳元でニヤリと笑った。







ベッドの上で抱き合っている2人を見て、
キッチンから出てきたドルトンは目を丸くして静かにビビたちの所に歩み寄った。



 「彼らは夫婦なのか?」

 「いえ、まだ」



ウソップとビビは、ベッドの2人に気を利かせて背を向けひたすら窓の外を眺めていた。
ドルトンは再びちらりとゾロとナミを見たあと、同じように窓の外に目をやった。



 「…では彼は、さぞ心苦しいだろう。 もちろん君たちも」

 「えぇ…でも大丈夫ですよ」

 「どうして?」

 「だって、Mr.ブシドーが背負っていくんですもの。 こんなに頼れることってないわ」

 「………そうか」






ゾロはナミを背負い、それを挟むようにして隣をルフィとサンジが並ぶ。

少しでもナミさんに負担かけたら蹴り殺す、とサンジから睨まれながらもゾロは相変わらず無視しながら走っている。
ルフィはいつものように楽しそうに、呑気に雪の感触を楽しみつつ駆けていた。




 「……あいつら、大丈夫かな…」



ガタガタと震え白い息を吐きながら、ウソップは4人の後姿を見送っていた。
その隣に立つビビとドルトンも、同じように息を白くして立っていた。



 「Mr.ブシドーがいるもの、ナミさんは大丈夫」

 「………なぁビビ、お前って」

 「え?」



きょとんとしたビビの顔を見て、ウソップは少し口ごもった後、笑ってビビの背中をポンポンと叩いた。



 「いや、何でもねぇ」

 「? とにかく、今は彼らに任せるしかないもの」

 「そうだな」




揃って鼻の頭を赤くしながら、2人はひたすら雪の中に立って高くそびえる山を見つめていた。





2007/07/16 UP

『もしもシリーズ第1弾!ドラム編でナミを背負って医者の所に行くのがゾロだったら』
第2弾があるようです(笑)。

あっさりめで書いてみましたが、
隙間の妄想と違って、原作捻じ曲げまくりなので苦手な人もいるかもです。
しかも微妙にビビ→ゾロ風味……。
予想外だ(笑)。

紅音さん、お望みのおんぶシーンはわずかですが(笑)これで勘弁して!

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