差。








 「おかえりナミ、今日は早かったなー」

 「……鍵かけなさいって言ったでしょ?」



仕事を終えて帰宅したナミは、ソファに寝転がってゲームをしている少年の姿を見て溜息をついた。






30歳を越してから、実家から電話がかかってくるたびに両親からは結婚の話を急かされるようになった。
いい人はいるの?と聞かれるたびに、その場を濁して誤魔化している。
その雰囲気に、『相手はいるが結婚話はまだ』なのだと両親は思っているだろう。


間違ってはいない。
付き合っている相手はいる。


だがその相手が、まだ17の高校生だとはとても言えなかった。







ナミはバッグをキッチンの椅子に置いて、冷蔵庫からミネラルウォーターのボトルを出して直接口をつけた。
少年はいまだゲームの画面を見つめたままピコピコと細かく指を動かしている。



 「ゾロ、ごはんは?」

 「こっちで食う」

 「そういうときはさ、メールしてって言ったでしょ?」

 「だってお袋たち、急にデートだとか抜かしやがってよぉ」

 「もう…まだ買い物行ってないから2人分も材料無いわよ」

 「じゃあ今から行こうぜ」



ゾロと呼ばれた少年はそう言ってゲームを放り投げ、立ち上がって笑った。

その笑顔は、いまだに幼さの残る高校生のものだ。
ゾロの顔を見るたびに、ナミは時々背徳感に襲われる。


一回り以上年の離れたこの恋人は、ナミと同じマンションに住む高校生だった。

両親は共働きの上にいまだ熱愛中とあって、時折ゾロを置いて2人きりで外出する。
ゾロも慣れたもので、そういうときは適当にコンビニやファミレスで夕食を済ませていた。

ゾロとナミが初めて逢ったのはコンビニで、
レジの前で手持ちの金が足りずどの商品を返すかで悩んでいる少年を見たナミは、
微笑ましく笑いながら金を出してやった。
事情を聞いてさらに同じマンションと知り、ゾロが人懐こく笑うのでつい部屋に入れて手料理を振舞ってやったのだ。

それ以来、ゾロはちょくちょくとナミの部屋を訪れるようになり、
いつの間にやら男女の関係になってしまっていた。


お互いが告白なんかをしたわけではないが、
今ではナミにとって、ゾロは他とは違う特別な存在になっているのは確かであった。

だが、ゾロの方がどう考えているのかはナミには分からなかった。
高校生の男子が三十路女と付き合うなんて、好奇心以外の何者でもないように思えた。
それに最初の出会いが出会いだけに、単純に餌付けしただけのような気もしていた。
単に食事を与えてくれて、ヤラせてくれる女。
そう考えているだけなのかもしれない。

こんな年下相手に深入りしすぎて傷つくのは癪に障る。
だからナミはゾロの気持ちを聞こうとはせず、自分たちの付き合いは軽いものなんだと自分に言い聞かせていた。





 「ほら行くぞ、ナミ」

 「はいはい」



ゾロはさっさとスニーカーを引っ掛けて出て行き、ナミも再びバッグを持って後を追った。






すぐ近くのスーパーで買い物をして、お互いにビニール袋を1つずつ提げて歩く。
空いた片手は繋ぎあう。

休みの日に一緒に出るときはこうして手を繋ぐこともあるが、ナミは今日は何だか気恥ずかしかった。
仕事から帰ってそのままだったので、スーツのままなのだ。
ゾロはというと普通のジーンズにTシャツで、10代の学生らしい姿だった。


周りから見たら自分たちはどう見えるんだろう。
ナミは時折考える。
自分で言うのも何だが、年齢よりは随分若く見えると自覚している。
だが今日はいかにもなスーツ姿で、隣に立つ男との年齢差があることは明らかだろう。

誰にも会わなければいいけど、とナミは祈った。




 「Mr.ブシドー!」



少女の声が聞こえて、ゾロは振り返った。
釣られてナミも振り返る。

声の主は、長くてキレイな青い髪をした少女だった。
ゾロと同じ学校の制服を着ている。
少女は笑いながらブンブンと手を振って、2人に駆け寄った。



 「Mr.ブシドー、お買い物?」

 「あぁ、そっちは今帰りか? 随分遅いな」

 「部活の集まりがあって。 ほら、もうすぐ野球部の試合があるでしょ?」

 「あぁそうか…うちのチア部は名物だからなぁ」

 「えぇ、だからこれから忙しいんです」

 「ま、頑張れ」

 「えぇ! それじゃあまた!」



少女はナミにペコリと頭を下げ、また手を振りながら2人を追い越して駆けて行った。

若さ溢れる元気なその後姿を見送りながら、ナミはチラリとゾロを見上げた。
ゾロは何事もなかったかのような顔で、呑気に欠伸をしながら歩き始めた。
繋いだままの手に引かれて、ナミも仕方なく歩き出す。
だがマンションまでの残りの道で、ナミは一言も発さなかった。






夕食を済ませ、ナミは皿を洗う手をふと止めた。

手伝うでもなく、隣に立ってヨーグルトを食べていたゾロはその様子に気付いて、
「ん」と言って白いそれをスプーンで掬ってナミに差し出した。
ナミはチラリと見ただけで口を開かなかった。



 「もういらない」

 「じゃ全部食うぞ?」

 「いいよ」



ナミは素っ気無く言って再び洗う手を動かし、ゾロはその態度に首をかしげながら残りのヨーグルトを平らげた。
空の容器をゴミ箱に放り、スプーンをナミに渡す。
ナミはそれを受け取り、無言で洗った。



 「……ナミ、どした?」

 「別に」

 「………」



ジャーーと水を流しながら、ナミはゾロの視線を頬に感じていた。

ゾロはいつも人をまっすぐ見つめる男だった。
それがゾロの性格なのか、高校生ゆえのまっすぐさなのか知らないが、
時々ナミはそれを居心地悪く感じていた。

ガキ相手に動揺するなんて、腹が立つ。

ゾロに聞こえぬ程度に溜息をつき、それから今思い出したかというように口を開いた。



 「さっきの子、クラスの子なの?」

 「あぁ? いや、後輩」



ゾロは相変わらず隣に立ってシンクにもたれていた。
横目でそれを見ながら、ナミは動揺を隠しつつ皿を洗い続ける。



 「あんた、後輩の女の子と仲良しだったりするのね、意外だわ」

 「生徒会で、あいつは書記」

 「ふーん」



ゾロはナミを見つめながら答えて、ナミは目を合わすことなく素っ気無い返事を返す。



 「………」

 「………」



それきり口を開かず、無言で皿を洗い終えた。
ゾロも黙ってナミにタオルを渡して、ナミはそれを受け取ってやはり無言で手を拭いた。




 「………なぁ」

 「何よ」



ゾロは腕を組んで、ニヤリと笑いかけた。
ナミはゾロに背を向けて、シンクまわりを拭き始める。




 「もしかして、妬いてんのか?」



ゾロはそう言って、ナミの背中からがばりと抱きついた。
肩越しのナミの顔を覗き込み、ニヤニヤと笑う。

ナミはふいっと顔を反対側に逸らし、構わず布巾を動かす。



 「…誰が、高校生のガキじゃあるまいし」

 「ふーん」

 「そうよ」



背中から離れたゾロは、再びシンクによりかかる。
ナミは水道の蛇口を捻り、布巾を洗う。




 「…前に、手紙渡されたことあんだ」

 「………あの子から?」

 「あぁ」

 「……ふーん」

 「好きですーってな」

 「……ふ、ふーん、モテるのねぇロロノアくんは」

 「で、今はめでたく付き合ってる」



びしゃん。



洗っていた布巾が、水音を立ててシンクに落ちた。
ナミは冷静を装ってそれを拾い、再び水で洗う。
蛇口を閉め、布巾を思いきり絞った。




 「…………」

 「………サンジと」

 「…………え?」



言葉の続きを聞いて、ナミは目を丸くして思わずゾロの方に首を向けた。
相変わらずゾロはニヤリと笑いながら見つめてきていた。



 「…サンジくんって、あんたの友達の、あの金髪の子よね?」

 「あぁ」

 「………ちょっと、どういう意味よ」

 「だから、サンジへの手紙をおれに頼んで、あいつらは無事両思い」

 「…………」

 「OK?」

 「………………バカゾロ!!!」



ナミはかぁっと顔を赤くしてそう叫んだ。
握っていた布巾の塊を、ニヤニヤと笑うゾロの顔目掛けて全力で投げつけた。
ゾロはそれを難なくキャッチし、それがまたムカついたのでナミは背を向けズンズンとソファへ向かった。

ボンと音を立ててソファに座り込むと、ゾロもついてきて隣に腰を下ろした。
ゾロは背後の背もたれに腕を伸ばし顔を覗きこもうとするが、ナミは限界まで体をひねって目を合わさぬよう逸らし続けた。



 「妬くなって」

 「妬いてない」

 「まぁ心配すんなよ」

 「誰も心配なんてしてない」

 「おれはアンタしか見てないから」



ゾロはあっさりとそう言った。
腕を組んで顔を逸らしていたナミは、チラリと横目でゾロを見た。
だがすぐに頬を染めてフイっと横を向く。



 「……どうだか」

 「………何だよ」

 「そんなこと言って、そのうちこんなオバサンじゃなくて同年代の女の子を好きになるわよ」

 「……ならねぇよ、何言ってんだ」



先程までとは違う低い声が返ってきたが、ナミは構わず続けた。
ずっと抱いていた不安や、今からかわれた事がムカついたのもあって、
言葉を止めることができなかった。



 「今だけよ、ただの好奇心ってヤツでしょ? それならもう満足じゃないの、もう終わりにする?」



言ってから「しまった」と思ったが、もう止めることはできなかった。




 「ふざけんなよ」



ゾロの声色が一層低いものに変わり、ナミは思わず口を閉ざす。
ゆっくりと首を動かし目を合わすと、怒りのこもったまっすぐな瞳と視線が絡んだ。



 「ガキだとかオバサンだとか、お前ってそういうことばっか気にすんだな」

 「……仕方ないでしょ」

 「年齢なんか関係無ぇだろ」

 「……あるわよ、私もう30なのよ?」

 「だから?」



ゾロは首をかしげてすぐにそう返した。
あまりの即答ぶりに、ナミは唇を噛む。



 「……一回り以上も違うんだから…」

 「だから?」

 「………」



俯いてしまったナミを、ゾロは抱き寄せた。



 「年齢差を出すのは卑怯だぜ」

 「……」

 「ただ先に生まれたってだけで、年上ヅラすんな」

 「だって」

 「おれがいない間の年なんて、おれにはどうしようもできねぇんだから」



ぎゅうとナミを強く抱き、その髪に顔を埋めたゾロは小さくそう呟いた。

ナミはゆっくりとゾロの背に手をまわした。


不安だったのは、私だけではなかったのだろうか。
埋められぬ10年に戸惑っていたのは、私だけではなかったのだろうか。

ナミはぼんやりとそう考えながら、ゾロの短髪の頭をそっと撫でた。




 「10歳差があるんなら、これから10年一緒にいればいいだろ」

 「……ゾロ」

 「20歳差なら、20年だ」

 「……そんなに無いわよ、失礼ね」

 「ははっ」




顔を上げたゾロとナミは、目を合わせて同時に笑った。






高校生のように好きになって、
高校生のように不安になって、
高校生のように嫉妬して、
そして高校生に慰められて。


30歳になってこんな恋も、ありかもしれない。



ゾロと戯れながら、ナミはそう思って微笑んだ。




2007/07/09 UP

『かなり年の差のあるゾロナミ』
年上はどっちでもイイとのことなので、ナミお姉さまにしてみました。
ゾロは副生徒会長でお願いします。
ちょっといつものゾロより陽気(笑)です。

SHAMさん、こんなんで…許せ!

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