伽。






ナミにとって、林の中を散歩するのは大切な日課だった。



高い木々の梢の隙間から覗く太陽を見上げながら、この日もナミは一人歩いていた。
屋敷から歩いてすぐのその林は、ひっそりと静まり返り昼間でも人の出入りは無い。
すれ違うのは栗鼠や兎といった野生動物のみで、ナミはその小さな友人たちに笑顔で声をかける。
当然帰ってくる声は無いが、それでもナミはふふと笑って歩き続ける。


林を抜けると、その奥には大きな湖がある。
青く澄んだ水面が風にそよぎ、光を浴びてキラキラと輝いている。

美しく結い上げたオレンジ色の長い髪を風になびかせ、ナミは甘い溜息をつきその湖を見つめた。
まわりには誰も居ない、自分だけがこの光景を独占している。

だが正確には、ナミだけではなかった。




パキリと小枝の折れる音を聞いて、ナミは振り返った。



 「ゾロ」



ナミは微笑み、ゾロと呼んだ相手の傍へ歩み寄った。


絹のような細く輝く白い毛と、美しく立派な角を持ったユニコーン。


ナミは彼をゾロと呼んでいた。

さらさらと風に流れる白いたてがみに手を伸ばし、ナミはゾロにそっと頬を寄せた。
ゾロもその鼻先をナミの首筋に埋め、摺り寄せる。



 「今日は遅かったのね」



ナミがそう言うと、ゾロは鼻を鳴らして尻尾を振った。



 「怒ってないわよ」



ふふとナミは笑い、ゾロの鼻を撫でてやる。
ゾロは気持ち良さそうに翡翠色の目を細め、尻尾をくるりと回した。



 「でも、今日はもう帰らなくちゃいけないの。 お父様から何か大事な話があるとかで」



ゾロは顔を離し、問うように首をかしげた。
それを見たナミはふふと笑う。



 「何の話かは私にもまだ…。 明日また来て話すから」



ナミはゾロの鼻にキスをして、その場を離れた。
去っていくナミの後姿を、ゾロはじっと見送っていた。











翌日の同じ午後、ナミは湖にやってきた。

この日、ゾロはすでにそこにいた。
首をかがめて湖に顔をつけ、水を飲んでいた。
ナミの気配に気付いて顔を上げ、笑うように目を細めた。

だがナミは笑顔は返さず、ゆっくりと近づいてゾロに抱きついた。




 「ゾロ」



名を呼ばれても、答えることはできない。
そのかわりに、ゾロは頬をナミの頭に擦り付けた。




 「……婚約、することになったの」



ナミが呟くと、ゾロはピタリと動きを止めた。



 「うちは貴族だけど、栄えてたのは何代も前の話で」



ナミはぎゅうっとゾロにしがみつく。



 「家を潰さないためには、仕方ないってお父様は」




黄色い太陽が、湖の向こうに沈もうとしている。
湖面はオレンジ色に染まり、ナミの白い肌もゾロの白い体も同じように染めていく。

いつもならナミは日が暮れる前にゾロと別れていた。
両親が心配するだろうし、探されてゾロと逢うこの場所を見つけられては困るからだ。

だがこの日は帰りたくなかった。
屋敷に戻れば、妙に気を遣って明るく振舞う母と、明日にでも祝言を挙げようとする父が待っている。
明日には婚約者の男と会うことにもなっている。


顔を上げ、ナミは湖面に沈んでいく太陽を見つめた。
その間、ずっとゾロの絹のたてがみを撫でていた。
ゾロもナミの首筋に鼻先を摺り寄せたままだった。

ナミは溜息をついた。
いっそこのまま湖に身を沈めれば、誰にも見つからずにいられるだろうに。
まだ顔も知らぬ相手と望まぬ結婚をするくらいなら、
ここで命を終わらせればゾロの傍で生きられるのではないか。


やがて日は完全に沈み、あたりは暗い闇に包まれていった。
反対側から昇り始めた月と星の明かりでどうにかまわりは見渡せる。

そこでようやくナミは自分の手の違和感に気付いた。

あのさらりとしたたてがみに、この手が触れていない。
意識を戻し、ゾロに目をやる。

そこには、白く美しいユニコーンの姿は無かった。





 「……ゾロ……?」

 「……ナミ」




返ってくるはずのない声が返ってくる。



消えたユニコーンのかわりにそこに立っていたのは、一人の人間だった。
逞しい体、丹精な顔立ち、そして翡翠色の目。
腰には白い布を巻いて、同じように真っ白な刀を1本携えていた。




 「……ゾロなの?」

 「あぁ」



出しづらそうな少し掠れた声で、だがはっきりとゾロは答えた。



ナミは目を見張ったまま、手を伸ばしゾロの頬に触れた。
その滑らかな肌は紛れも無く人間のものだった。
ゾロは肌を撫でていくナミの手を取り、ユニコーンの姿のときと同じように頬を摺り寄せた。



 「……どうして、そんな姿に?」

 「おれはヒトとユニコーンの子だ。 日が落ちるとこの姿になる」

 「知らなかった」

 「……この姿はイヤか?」



しばらくゾロの姿をじっと見つめたナミは笑って首を振る。
その笑顔を見て、ゾロはナミの髪に手を伸ばした。
目を閉じ、その長く美しい髪をすくって唇を寄せる。
それからもう片方の手でナミの頬に触れた。



 「ずっと、この手で触れたかった」



ゾロは目を閉じたまま、また呟いた。



 「お前は、美しいな」



自分の髪に愛しそうに頬を寄せてくるゾロを、ナミは見つめていた。
その視線を感じて、ゾロは目を開ける。



 「ゾロ」

 「……」

 「あなたもとても、美しいわ」















屋敷から姿を消した娘を探して、両親は大掛かりな捜索を行った。
湖へ続く道でその姿を見たという証言もあったが、そこに娘の姿は無かった。
見つかったのは、斬り落とされた美しいオレンジ色の髪だけだった。

望まぬ婚約を憂いて湖に身を投げたのだと、誰もが考えた。
両親は嘆き哀しんだがいつしか現実を受け入れ、遺体の見つからぬまま娘の葬儀は行われた。






ある村のある湖には、人々の間で囁かれる伝説がある。

夕日が沈むころその湖畔に、
美しい夕日色の髪を持つ妖精と、気高く美しい角を持った白いユニコーンが現れる。


愛を囁きあうその姿はまるで、永遠の恋人同士のようであるという。





2007/07/07 UP

『パラレル、おとぎ話風ゾロナミ』
色々逃げてごめんなさい(笑)。
先日完成させたパズルの絵を元に書いてみました。

瀬希藜花さん、これをおとぎ話風と言い張ってもいいかな?

生誕'07/NOVEL/海賊TOP

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