辺。







顔はともかく、『ロロノア・ゾロ』の名を知らないものは、この学校にはいなかった。


入学早々上級生とケンカをやらかし、1週間の停学処分。
その後も、来たと思えば大抵は屋上や中庭で居眠りしており、
授業にもロクに顔を出さず、出したとしてもほとんど寝ている。
教師たちも最初は注意していたが、あの凶悪な顔で睨まれては大抵はすくんでしまい、
言っても無駄だと諦めて無視するようになってしまった。
唯一、生活指導の教師だけはしつこく声をかけていたが、それでもやはりロロノア・ゾロは聞く耳を持たなかった。

どういうわけだか成績は悪くなく、2年に進級する際に問題になったのは出席日数だけだった。
だがそこも生活指導の教師が動いてくれたらしく、
残りの日数をすべて出席することでどうにか彼は2年生になることができた。
だがその教師の恩に報いることもなく、2年になっても彼の態度は変わらなかった。

彼につきまとう噂にはロクなものはなく、
他校の生徒を何人も病院送りにしたとか
少年院に入った経験があるとか
実は人を殺しているとか
ヤクザにスカウトされているとか
とにかく悪いものばかりだった。





 「また休み?」

 「いつものことじゃない」




クラスメートにそう返され、ナミは溜息をついた。
どうして自分のクラスにこんな不良がいるのか。

ナミは生徒会役員であり、風紀委員長でもある。
進学校であるこの高校では、委員会の長は2年生が務めることになっている。
生徒会にも身を置き、成績はトップクラスを常に維持し教師からの受けもいい。
そんなナミにとって、自分のクラスにロロノア・ゾロがいることが不満で堪らなかった。
仮にも風紀委員長が己のクラスの風紀すら守れないとは、とナミは毎日頭を抱えていた。

だがナミは正直、ロロノア・ゾロのことをよく知らない。
校内に広まっている彼の噂は耳にしても、実際に会話をしたことも無いし、
教室に来ても彼はほとんど顔を伏して眠っている。
ナミにとってロロノア・ゾロの認識は、『緑頭の不良』という程度だった。

そのロロノア・ゾロは、この10日間教室に現れていない。
担任はまだ若い新任の女で、どうやら厄介者のいるクラスを押し付けられたようにも見える。
当然ロロノアに対して厳しく注意をできるわけもなく、
そもそもこのクラスになって以来彼はほとんどホームルームにも出ていないのだから注意のしようもない。
出席を取るためロロノアを名を呼ぶたびに返事が無いことに、彼女もなかなか堪えているようだった。

女教師に同情しつつ、どうにかしないととナミも責任感を感じていた。










そんな日のいつもと変わらぬ放課後。
委員会の後の細々とした整理を終え、ナミは一人校舎を後にした。

そのまま帰ろうとしたのだが、ふと校舎の裏あたりで聞き覚えのある声を耳にして立ち止まる。


気になって、ナミはその方向へ足を向けた。
校舎の陰からそっと覗くと、男子生徒4,5人が別の小柄な男子生徒1人を取り囲んでいた。


イジメ…!?

そう思ったナミは、囲まれている生徒を確認しようと首を伸ばした。



……チョッパー!


苛められていたのは、ナミの後輩であった。
生徒会の書記を務める、心優しい子である。

声を潜めているらしく彼らの会話までは聞こえないが、どうやら金をせびっているようだった。
次の瞬間に、一人の生徒がチョッパーを殴った。
チョッパーは膝をついて、口元を押さえる。
指の隙間から赤い血がポタリと落ちた。


カっとなってナミが飛び出そうとするより少し早く、
反対側から現れた人影が、チョッパーを殴った生徒の襟首を掴んで引きずり倒した。


………あれは……ロロノア…?


飛び出すタイミングを失い、ナミは呆然とその光景を見ていた。
ロロノア・ゾロは殴りかかってくる男子生徒たちをヒラリとかわし、
それぞれに1発ずつ拳をお見舞いした。
多少の加減をしていたらしく、だが生徒達は足をふらつかせながら、
その場から自力でナミのいるのとは反対側へ走り去った。


ゾロはチョッパーに手を差し出し、チョッパーもそれを素直に受けて立ち上がった。



 「お前なぁ、少しは反撃しろよ」



静かな夕暮れの校内で、ロロノア・ゾロの声はよく響いた。



 「だって、殴られたら痛いだろ?」



チョッパーは己の口元の傷に一瞬顔をしかめつつも、ゾロににこりと笑い返した。
ゾロは呆れたように肩をすくめる。



 「それでお前が殴られてちゃ世話無ぇよ」

 「おれは殴るんじゃなくて、その傷を治すひとになりたいんだ」

 「……ま、そんときゃおれの傷も治してくれよな」

 「うん、まかせろ!」



親しげにそう話しながら、2人はナミのいる方へと向かってきた。
ナミは慌ててその場を離れ、下駄箱に戻って彼らが門を出るまで待った。


自分が可愛がっている真面目で優秀な男子生徒が、
不良と評判のロロノア・ゾロと親しげに話している。
どちらからしても意外な一面を見て、ナミはしばらく2人の後姿を睨むように見つめていた。










翌日の放課後、生徒会室でチョッパーを見つけたナミは声を潜めて話しかけた。
チョッパーはまとめ終えた書類の端をトントンとそろえながら、近づいてきたナミを見上げる。



 「ちょっとチョッパー、あんたロロノアと知り合いなの?」

 「ゾロ? うん、家が近所で、昔から仲良しなんだ」



チョッパーはにこにこと笑いながらそう答えた。
ナミはチョッパーの隣の椅子に腰を下ろし、にじりと詰め寄ってさらに声を潜める。



 「仲良くって…まさかカツアゲとかされてるんじゃないわよね?」

 「ゾロはそんなことしないよ! なに、ゾロがどうかしたの?」



チョッパーが眉を寄せて顔をしかめたので、
ナミはごめんと言って適当に誤魔化しながら部屋を出た。








チョッパーを不愉快にさせてしまったことをちょっと反省しつつ、
ナミは夕暮れの帰り道、川沿いの土手を一人で歩いていた。

ふと川の方に目をやったナミは、橋の下で動く人影に気付いてゆっくり土手を下った。
そこには、ナミの学校の制服を着て立っている男と、倒れている他校の生徒5,6名の姿があった。



 「……ロ、ロロノア」

 「あぁ?」



思わず声が出て、ナミは慌てて口を塞いだが、
ゾロは口元の血を指で拭いながら振り返りナミに目をやった。
プッと血の混じった唾を吐き出して、じっとナミを見る。



 「……あぁ、誰かと思えば美人風紀委員長サマじゃねぇか」

 「…………あ、あなたねぇ…」

 「何だよ」



美人と言われて思わず顔を赤くしたナミは、ゾロが放り投げてあった鞄を拾うのを睨むように見ていた。
ゾロはそのまま鞄を肩にかるって、ナミの前まで歩いてくる。



 「こ、こんな、他校の生徒とケンカなんかして!」

 「あぁ?」

 「気を失うくらいの怪我させるなんて、酷いじゃない!」

 「先に手ぇ出してきたのはあっちだぜ?」



きゃんきゃんと吠えるナミを、ゾロはニヤニヤ笑いながら見下ろした。



 「正当防衛だ」

 「……で、でも…」

 「第一おれから手を出してたんなら、こんなケガなんかしねぇよ」



そう言いながら、ゾロはナミに向けて口元の傷を見せた。
ナミは素直にそこに目をやる。
切れた傷口からはじわりと血が溢れ出ていて、かなり痛そうだった。

じーっと見つめていると、ゾロは溢れたその血をぺろっと舐めた。
ナミは思わずかぁっと頬を染めて目を逸らした。



 「せ、正当防衛なら仕方ないわね…」

 「だろ?」



ナミの返事を聞いて、ゾロはニカッと笑った。
普段の凶悪な顔からは想像もできなかった、その少年のような笑顔にナミの目は思わず釘付けになる。



 「……何だ、どうした?」

 「…っな、何でもない! それよりあの人たちの手当てを――」



顔の赤さを隠すため、ナミは倒れている男子生徒たちの所へ駆け寄ろうとした。
だがゾロはその肩を掴んで止めた。
おかげでさらにナミの顔が赤くなる。



 「ほっとけよ、ああいうアホは傷の治りも早ぇもんだ。 すぐに目ぇ覚ますさ」

 「でも…」

 「それとも、同じ高校で名前も知ってて今あんたと会話もしてる男より、
  名前も知らねぇ急にケンカふっかけてくる連中の手当ての方が先か?」

 「………」



からかうような口調だったが、確かに目の前の男のケガを無視するのも悪い気がした。
どう考えても、倒れている彼らの方が重傷ではあったが。

ナミはゾロの手を払い、バッグを地面に置きハンカチを取り出してゾロの口元に近づけた。
薄いその布をそっと触れさせ、血を拭う。



 「いてぇ」

 「あ、ごめん」

 「もちっと優しくしてくんねぇ?」

 「……文句言わないでよ」

 「へーへー」



布越しに、そして時折直接触れる男の肌や、指先に感じる呼吸にいちいち心臓が反応する。
落ち着け落ち着けとナミは自分に言い聞かせながら、バッグから出した絆創膏をペタリと貼った。



 「…はい、おしまい」

 「ありがとう」



不良のくせに律儀なお礼を返されて、ナミは思わず目を見開いたが「いいえ」と返事をした。




 「………あなた、そんなに強いんなら、空手部とかに入ればいいのに」

 「集団行動はキライだ」

 「…じゃあ、せめて授業はちゃんと出なさい。 学生の本分よ」

 「へーへー、風紀委員サマのお手を煩わせて申し訳ございません」

 「茶化さないで」



ムっとナミは眉を寄せて、足元に置いていたバッグを持ち上げた。
さっきから風紀委員風紀委員と、仮にも同じクラスなのにこの男は私の名前も知らないのだろう。
それが少しムカついた。

バッグを持ってナミはゾロに背を向けて、ズンズンと歩き出した。



 「ケンカしないでまっすぐ帰りなさいよ!!!」

 「お袋かよ」

 「だから、茶化さないでってば!」



ナミはそう叫んで、土手の階段を上る。




 「ナミ!」




突然背後からそう呼ばれて、ナミはビックリして立ち止まり振り返った。


ゾロが笑いながら見上げている。




 「明日はちゃんと授業受けるぜ」

 「…………っっっ気安く呼ばないで!!!」



顔を真っ赤にして何とかそう叫び返し、ナミは駆け出した。



頬が熱いのも、心臓がドクドクと高鳴っているのも、走っているからだ。
ナミはそう呪文のように唱えながら、
もし明日彼が教室にいたら、おはようと声をかけてみようと思った。


何となく、またあの笑顔を見せてくれる気がした。






2007/07/05 UP

『不良ゾロと一般性とナミの恋』
あれ、一般生徒かな?
不良かな?
恋かな?(そこからか…!!)(笑)

とりあえず色々とごまかしつつ…。
百合さん、こんなんでどうでしょう…:

生誕'07/NOVEL/海賊TOP

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