壁。











 「おいお前」

 「……あ?」

 「お前、天国行きだ」

 「……………あ?」






天国行き、と告げられた男は、
突然現れた目の前の男が何を言っているのか、そもそも自分に対して言われたのかさえ理解できなかった。

夢か?
そう思いながらじっと男を見つめる。
そうすると凶悪な目つきで睨み返された。



 「……な、何なんだよあんた」

 「迎えに来た」

 「……はぁ?」



さっぱり理解ができず、男―サンジは首をかしげる。
麗しのレディならまだしも、こんな見ず知らずの男と何か約束をした覚えはないし、そもそも『天国行き』って何だ?
何の誘い文句だ?
眉をひそめて考えながら腕を組んで男を見上げる。

そしてようやく気付いた。




 「……あんた、何で浮いてんだ?」

 「そりゃ浮くさ」



当然、というように男は返してきた。
答えになってねぇよ、と思いつつサンジは浮いているその男を観察した。
白い布切れのようなズボンだけを身に纏い上半身は裸で、ムカつくほどに鍛えられた体をさらけ出している。
二重で切れ長の目でじろりと睨み返されながら、やはり見覚えのない顔だと思った。

しかし本当に、何でこいつは浮いてんだ?
そう思ってふと男の背後に目をやって、さらに何故コレに今まで気付かなかったのかと自分でも笑えてきた。
こんなにもあからさまに眼前にさらされているというのに、
あまりの不釣合いっぷりに目に留まらなかったのだろうか。

その男の背中には、ひどく美しい真っ白な羽が生えていた。



白い羽。

天国。



 「………」




……いやいや、ありえねぇありえねぇ…。
いくら白い羽があるからって、そんなはずは…。
サンジはそう考えてブンブンと頭を振る。




 「おい、そろそろいいか? もう行くぞ」



羽の生えたその男はそう言って、サンジの方へ手を伸ばしその腕を取った。
同時にサンジの体はふわりと宙に浮き、男と一緒に高く飛び上がった。



 「え、ちょ、マジかよ!」

 「さっきからいちいちうるせぇな、往生際が悪ぃぞ」



いきなり上空まで飛び上がられ、暴れていたサンジは眼下の景色を見下ろしながら男の腕にしがみついた。
男は気にする様子もなく、そのままさらに高く飛んでいく。




 「……なぁ、やっぱおれ死んだの?」

 「あぁ」

 「で、天国行きってわけ?」

 「あぁ」

 「………で、あんたは天使ってか?」

 「あぁ」

 「………」



その答えを聞いて、サンジは固まった。
急に大人しくなったサンジに気付いて、男は顔を向けた。



 「どうした」

 「………認めねぇ!!!!!!」

 「…はぁ?」



くわっと歯をむき出して、サンジは男に叫んだ。
男は片眉をあげて首をかしげる。



 「天使っつったら美女だと相場が決まってんだ!! こんなマッチョ天使は認めねぇ!!!」

 「………アホか

 「レディな天使を出せーーー!! こんなんじゃ死にきれねぇーーー!!!」



じたばたと再び暴れ出したサンジに溜息をつきながら、『マッチョ天使』は構わず飛び続けた。



 「そんなに天国がイヤなら地獄に行くか?」

 「………天国にレディはいるか?」

 「女の天使もいるぜ」

 「よし、つれてけ」

 「………」



ころりと態度を変えたサンジに呆れつつ、男は大きな雲の中に入った。
視界が真っ白になり、サンジは興味深そうにキョロキョロと首を回している。



 「ここが天国か?」

 「いや、まだ入り口にも行ってねぇ」

 「まだ時間かかんの?」

 「もう少しだ」

 「『天使のような』ってよく言うけど、ホンモノの天使と逢えるんだなーーvvv」



死んだ直後のくせにやたらと元気なサンジに苦笑したゾロは、白い霞の中に動く影に気付く。
羽の動きを止めてその場に留まり、その影が近づいてくるのを待った。





 「ゾーロ!」

 「ナミ」

 「お仕事ご苦労様」

 「お前もな」



ナミと呼ばれた女は、ゾロににっこりと笑いかけた。
その笑顔を見て、サンジの目がハート形に変わる。



 「あぁ何て美しい!!! まさに天使!!!」

 「あぁ?」

 「あれこそ本当の天使の姿! やっぱマッチョとは訳が違うよな!!」

 「……あいつは悪魔だぞ?」



バイバーイと手を振るナミの後姿を見つめるサンジに、ゾロはぼそりと告げた。
数秒静かになったサンジは、次の瞬間には鬼の形相でゾロを睨みつけた。



 「……あぁ!?」

 「顔はお前の言う『天使』でも、れっきとした悪魔だ」



サンジは再びナミの消えた霞に目をやる。

そういえば、確かに彼女が着ていたピッタリとした衣装は白ではなく黒色だった。
彼女の背中にも羽が生えていたが、それはゾロのものとは違った。

それは美しい漆黒の、悪魔の羽だった。




 「………悪魔でも何でもいい!! おれは彼女と一緒に行く!!」

 「てめぇ、生きてるうちは相当な女たらしだったみてぇだが…」



再びじたばたと暴れ出したサンジの首根っこを掴んで、ゾロは冷めた口調で呟いた。



 「あいつに妙な気ぃ起こしてもムダだぞ」

 「あぁ?」



 「おれの女だ」




素っ気無く言って、ゾロはサンジをぶら下げたまま再び雲の中を進み始める。
ゾロの後姿を見上げながらサンジは目を丸くする。



 「何だ、天使と悪魔ってアリなのか?」

 「さぁな」

 「……天国とか地獄って、わりかし俗世界なんだな…」

 「さぁな」















 「ゾロ」



扉の向こうから呼ぶ声がする。
ゾロは近づき、そっと扉に手を置く。
姿は見えずとも互いに扉越しで手を合わせ、その存在を確かめる。



 「そっちに行ってもいい」

 「ダメだ」

 「どうして」

 「……」

 「ゾロと居たいのに」



ナミの小さな声が返ってくる。
ゾロは扉の向こうのナミを見つめながら、囁くように答えた。



 「…お前は悪魔で、おれは天使だ」

 「そんなの、羽の色で決められただけじゃない」

 「………」

 「それに、天使が地獄に来るよりは、私が天国に行くほうがスムーズだと思わない?」

 「………ナミ…」

 「冗談よ…」













天国行きが認められたヒトの魂は天使によって導かれ、次の転生までを天国で過ごすことになる。
天使ゾロによって連れてこられたサンジも、天国で次の生まれ変わりを待つべく時を過ごしていた。

そのサンジは今、巨大で壮麗な扉の前に立っていた。
まわりを囲む壁もなく、ただその扉だけが唐突に、天を突くようにそこに聳えていた。
回り込んで反対側から見ても内側があるわけでは無く、同じ扉が存在するだけだった。


その扉の先は、地獄である。

それは天国と地獄を繋ぐ扉だった。
繋がってはいるものの、自由に行き来できるわけではない。
反対側から開けなければ、そちらに行くことはできない。
地獄にいるものが天国に行きたいからと言っても、自ら開けてくぐり抜けることはできず、
天国側にいるものの手によって扉が開かれなければ、その扉が天国に繋がることはない。
逆もまた然り、である。


サンジはその不思議な扉を見上げながら、声をかけるのが日課になっていた。



 「ナミさーん」



毎日毎日、何度も呼ぶと、ようやくナミが気付いてくれた。
地獄がどんなところかは知らないが、こんなにもゴツい扉の向こうから呼んで気付いてもらえるなんて運命的だ、
などとサンジは考えて、初めてナミから返す声があったときは小躍りするほど喜んだ。

何度かやりとりを繰り返すなかで、サンジは決まってこう言った。



 「ナミさーん、お願いだからそっちに連れてってよ」

 「天国から地獄に来たいなんて、本当珍しいわね貴方」



そう笑って、ナミはいつもサンジの言葉を聞き流していた。



 「地獄がどんなところかも知らないのに」

 「貴女がいれば地獄も天国です!!!」

 「でもダーメ」

 「どうして?」



ナミの声をもっと近くで聴きたくて、サンジは扉に張り付くようにして話しかける。



 「だって貴方の担当はゾロじゃない」

 「何か問題でも?」

 「自分が担当した魂が勝手に脱走しちゃ、責任取らされるのはゾロなんだから」

 「……天国も色々大変なんですねぇ…」

 「そうなのよ」



天使らしからぬ凶悪なゾロの顔を思い浮かべて、サンジは肩をすくめた。
ゾロはナミのことを『おれの女』だと言ったが、こんな扉に阻まれた関係で何ができるのだろう?
そもそも天使と悪魔で、そんな関係が成立するのだろうか。
魂の回収で下におりたときにだけ逢っているのか、と
ゾロに聞いても答えてはくれないのでサンジは勝手に考えていた。



 「もしおれの担当がゾロじゃなけりゃ、そっちに連れてってくれた?」

 「そうねぇ、私のノルマ達成には役立つもんね。 そっちのゴタゴタなんて関係無いし」

 「『ゾロ』に迷惑がかかるから、ダメってことか」

 「そ」

 「そんなにゾロが好き?」

 「えぇ」



あっさりと即答されて、サンジは目を丸くしてそれから声を上げて笑った。

天使だろうが悪魔だろうが人間だろうが、持つ感情は同じらしい。













ゾロは再び扉の前に立っていた。
いつもと同じように、扉越しにナミと触れ合っている。



 「ねぇゾロ」

 「ん?」

 「…大王に、バレちゃった」

 「……何だと?」

 「閻魔大王」



閻魔大王、その名の通り地獄を統べるものである。
地獄へと魂を回収をするナミたち下っ端悪魔とは違い、
大王はいわゆる人間が思い描くような『悪魔の中の悪魔』であった。

その大王に、天使と通じていることが知れたのだ。



 「私、消されちゃかも」

 「まさか、そこまでは――」



ナミの作られた明るい声にゾロはそう返したが、内心は戸惑っていた。

いつだったか、地獄に堕ちた魂を天国に逃がそうとした悪魔がいた。
結局その魂と悪魔は捕まり、彼らは閻魔大王の手によって処刑された。
天使と悪魔に『死』というものは存在しない。
その悪魔は、人間であればものの5分で息絶えてしまうような刑罰を受けたあと、存在を無に帰された。



 「まだ分かんないけど、そんな雰囲気」

 「………」

 「だってそうよね。 悪魔のくせに天使に惚れて、その男のいる天国に行きたがるなんて」

 「………」

 「悪魔失格よ」

 「ナミ」

 「………」



明るく喋り続けていたナミだが、ゾロが名を呼ぶと黙りこくってしまった。



 「ナミ」

 「……」

 「こっちに来る覚悟が、本当にあるか」

 「…………ゾロ」

 「お前は悪魔だ。 もし上手く逃げられても、神はお許しになるだろうが他の連中にどう思われるかは分からねぇ」



そう言ったゾロは、扉の向こうでナミが微笑むのを感じた。




 「…私は、あんたの傍に居たいだけ。 悪魔でありたいわけじゃないし、どう扱われても気にしない」




そうして、ゆっくり扉は開かれた。














 「よぉゾロ。 仕事頑張ってっかー?」

 「……てめぇかよ。 まだココにいたのか」

 「生憎順番がまだでな。 天国は美女が多くていいなやっぱ!」

 「地獄に行きたがってたのは何処のどいつだ?」

 「だって、もう行く必要も無ぇしなー」



サンジはニヤリと笑ってゾロを見た。
ふん、と鼻で笑ってゾロは睨み返す。
ちらりと目を動かしたサンジにつられて、同じ方向へ目を向ける。

そこでは、サンジが言うところの『天使』たちが楽しそうに笑いあっていた。
その中に、一人だけ羽の色の違う天使がいる。



 「ナミさん、馴染んでるな」

 「あぁ」

 「羽を白く染めたら誰も気付かねぇんじゃねぇの?」

 「ま、あの見た目だからな」

 「うわ、ノロケかよ」

 「バーカ。 てめぇは知らねぇだろうけど、中身は充分悪魔だぜ?」



ゾロは眉を寄せてそう言ったが、不機嫌そうな様子は無くむしろ嬉しそうにも見えた。
それを見たサンジは再びニヤニヤと笑ってゾロの肩に手を置いた。




 「いいコンビじゃねぇか」

 「あ?」

 「天使の顔した悪魔と、悪魔の顔した天使、ってな」

 「誰が悪魔の顔だ」



ゾロに相変わらずの悪顔で睨まれて、サンジはケラケラ笑いながら逃げ出した。


それから振り返ると、ゾロに気付いたナミがその傍まで駆け寄っていた。




天使と悪魔。

白と黒。



正反対の2人は、同じ幸せそうな顔で笑っていた。




2007/07/04 UP

『天使と悪魔』
場面がコロコロ変わってゴメンナサイ…(再)。
天使側にはもちろんビビちゃんとかコニスちゃんがいます。

真牙さん、こんなんで許してくれたら非常にありがたい!!

生誕'07/NOVEL/海賊TOP

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