忖。
「ナミさんお誕生日おめでとー!!!」
「…ありがと! でもそれ、今日何回目?」
何度でも!と叫びながら目をハートにして両手を広げ、デッキチェアの前に跪くサンジを見て、
ナミは読みかけの本を閉じてクスクスと笑った。
その笑顔にサンジはさらに格好を崩し、次の瞬間には一転して恭しく片腕を胸に添え頭を下げた。
「女神の誕生日だというのに、満足なおもてなしができず申し訳ありません…」
「いいのよ、次の島まで大分あるもんね」
「ですが今ある食材とこのおれの愛で! 今夜はできうる限りの宴を!!!」
「ありがと! でもルフィにバカ食いさせないように気をつけてね」
「それはもちろん! …それで、ですね」
サンジはナミを見つめ、そっとその手を取った。
ナミは首をかしげて碧い目を見返した。
「今日一日、おれは貴女の僕になります」
「…あら」
真面目な顔のサンジに、ナミは肩をすくめて笑顔を返す。
それっていつもと同じじゃないの?と思ったが口には出さないでおいた。
「何でもお申し付けください!!」
「………そうね…それじゃ」
「はい!」
「今日一日、私のボーイフレンドになってvv」
「………へ?」
にっこり笑ってナミがそう言うと、サンジはポカンと口を開けて固まった。
その言葉を何度か脳内で反芻したあと、再び目をハートマークにしてクルクルと回り始める。
「喜んでーーー!!!!!」
ナミのその発言には原因があった。
それは朝起きてゾロとすれ違ったことから始まる。
仮にもこの日は恋人の誕生日なのだ。
日付が変わると共に『おめでとう』の一言があってもいいのではないか?
ナミは当然それを期待していた。
もちろん、船という限られた空間で、女部屋にはロビンもいる。
しかも昨夜は嵐の中を進んだので、クルー全員が疲れきって爆睡していた。
ゾロはよく働いてくれたし、ナミ自身も疲れてすぐに眠ってしまっていた。
だから日付変更と共に、はムリだったとしても。
それでも朝起きて一番に言うくらいはできるだろう。
だが、今朝ナミとすれ違ったゾロは、いつものように眠そうにあくびをして、
いつものように掠れた声で『おはよう』と言っただけだった。
そのままボリボリと頭を掻きながらキッチンへと入っていったゾロに、ナミは呆れて何も言えなかった。
まさかスルーされるとは思ってもいなかったのだ。
キッチンではサンジのテンションは朝から上がりっぱなしで、
ウソップたちは朝の挨拶と同時におめでとうと声をかけてくれた。
ルフィですら言ってくれたというのに、
それなのにゾロはチラリとナミを見ただけで何も言わなかった。
正直、ムカついた。
仮に照れているとしても、いくら何でもひどすぎる。
やけになったナミもゾロにその言葉を求めることはせず、
あからさまにゾロを無視して朝食を摂っていた。
その不機嫌な様子に気付いても、ゾロは何も言わなかった。
料理はいつもどおりで構わないから、一日中私の傍にいるように、とナミはサンジに『申し付け』た。
甲板で本を読むナミの足元で、サンジも本を読んで時折ナミにドリンクを差し出す。
ナミはストローを咥えて、ありがとうとにっこり微笑む。
サンジも微笑み返し、またナミの足元に腰を下ろして本を読む。
ミカン畑では、葉を摘むナミの隣に寄り添って手伝いながら笑い合う。
知らぬ者が見れば、それは間違いなく仲睦まじい恋人同士の姿であっただろう。
実際、サンジはいわゆる『ハンサム』と称される容姿であったし、
いつも優しく、傍に居るとナミはいつでも安心できた。
この男と恋人になる女はさぞかし幸せになるだろう、と心から思った。
おかげで、ナミは本来の目的を忘れかけそうになっていた。
目的、ゾロにヤキモチを焼かせること。
ゾロとは恋人同士で、互いに好きあっている…はずだ。
船の中で2人きりになる機会はそうは無いけれど、でも特別な関係のはずだ。
少なくともナミはそう考えている。
だが、ゾロはあまりにも『普通』すぎる。
もっと自分を求めてきて欲しい。
だがそれを面と向かって言うのは、何となく負けた気がして釈然としない。
かといってこのままでは、ゾロが本当に自分のことが好きなのか、ということすら疑えてしまう。
例えば、私が他の男と話していたら。
私に好意を寄せる他の男と、恋人同士のように親しくしていたら。
ゾロはそれに嫉妬してくれるだろうか。
今日という日のその行動に、ゾロが何の反応も示してくれないのなら、
ナミはこの男との付き合いを続ける自信がなくなってしまいそうだった。
日が沈み、空と海が闇色に交じり合う。
星明りと月明かり、そしてそれを反射する波のうねりを見つめながら、
ナミは大きく溜息をついた。
結局ゾロは何の行動も起こしてはくれなかった。
いっそ笑えるほどにいつもどおりだった。
ウソップたちはおろか、ロビンやルフィまでもが心配するほど、
ナミはサンジと一日中親しくしていたというのに。
嫉妬した様子を見せるどころか、いまだに『おめでとう』の言葉すら聞いていない。
誕生日だというのに、
皆からおめでとうと言われ、美味しい料理を食べて、
お金はかかっていなくても想いの込もったプレゼントをもらって、
楽しい誕生日のはずなのに。
たった一人の男からの言葉や想いがもらえないだけで、こんなにも泣きそうになってしまうなんて。
唇を噛んで涙を堪え、ナミは黒い海を見下ろしながら『バカゾロ』と呟いた。
「誰がバカだって」
低いその声を聞いて、ナミはびくりと体を強張らせる。
振り返ると、眉間に皺を寄せたゾロがミカンの木に寄りかかって座り込んでいた。
「……いつからいたの…」
「お前が来る前から」
「……」
泣いてたのがバレたかしら、と思いつつも誤魔化すようにナミはゾロをギロリと睨んだ。
ゾロは片眉をあげて、ミカン畑から軽く飛び降りてナミの隣に移動する。
「……私、怒ってるんだからね」
「何で」
「何でって、今日私の誕生日なのよ!?」
「知ってる、宴会もしたじゃねぇか」
相変わらず眠そうに欠伸をしながら隣に立っている男を、ナミは呆れたように見上げた。
「何よそれ、それなのに今日一日あの態度!? 私がサンジくんと居ても平気な顔!?」
「……お前がそうしたかったんだろ?」
「……はい?」
ゾロは不機嫌そうな目をナミに向けて、ボソリと呟いた。
「……お前が、今日はサンジと一緒に居たかったんじゃねぇのかよ」
「…………え、ちょっと」
「………」
眉間の皺をさらに深くして、ゾロは視線を前方に戻した。
その横顔を見つめて、ナミはポカンと口をあける。
どうやら、目的は達成されていたらしい。
「……なに、アンタまさかあれでも妬いてたの…?」
「………」
「なーーーーんの反応もしてなかったじゃない」
「……邪魔したら怒るだろ」
「邪魔って…」
子供のように拗ねたその言い方に、ナミは思わず笑ってしまった。
「ゾロって」
「何だよ」
「結構かわいいヤツだったのね」
「……うるせぇ」
いつもクールで、感情の読めない男。
本当に自分のことを好いてくれているのか、不安にさせる男。
何のことはない。
ただ感情を表すのがヘタなだけだったのだ。
ナミは堪えきれずクスクスと笑い続け、ゾロはうっすら顔を赤くしてそれを睨んでいた。
だがハッと気付いたナミは顔を上げ、睨み返す。
「そういえばゾロ!!!」
「あ?」
「私まだ聞いてない!」
「何を」
「おめでとうって!」
「………」
掴みかからん勢いでそう言うと、ゾロは決まり悪そうに顔を逸らした。
「ちょっと何目ぇ逸らしてんのよ!」
「……もう言ったろ」
「……いつよ!!?? 聞いてないわよ!?」
今日一日を思い返してみたが、どう考えても聞いていない。
ナミは唇を突き出して猛抗議するが、ゾロはあくまでも『言った』と言って聞かない。
「聞いてないったら!!」
「……覚えてないだけだろ…」
「そんなわけないでしょ、 聞いてないってば!」
「もう言った」
「だーかーら!!!」
お互い譲らず、空が白み始め朝の早いコックが起きてくるまで、
2人は甲板で延々と言った聞いてないの押し問答を繰り広げていた。
ガタン、とできる限り控えめな音を立てて、女部屋の扉が開く。
中で眠っている女たちが目覚めていないことを確認して、男は室内に足を踏み入れた。
しんとした夜中ではゴトリというブーツの足音がいつもより大きく聞こえる。
だが嵐の夜を航海した女たちは男たち同様疲れていて、足音程度では目を覚ます気配は無い。
歩み寄り、男はベッドに眠る女を見下ろした。
そっと手を伸ばし、そのオレンジ色の髪に触れる。
撫でるように梳くと、女はうっすらと笑ったように見えた。
しばらくそうしたあと、男は身をかがめて女の耳元に口を近づける。
シャラリとピアスが鳴る音さえも大きく響いた。
それから、他のクルーが聞いたこともないような優しい声色で囁いた。
「ナミ」
女が起きる気配は無い。
「――誕生日おめでとう」
その滑らかな頬にそっと口付けて、男は離れた。
今の言葉は女の耳に届いただろうか?
女の目は閉じられたまま、相変わらず目覚める様子は無い。
だが、その寝顔はどことなく幸せそうに微笑んでいる。
聞こえていなくても構わない。
この女の誕生日に、誰よりも早く『おめでとう』と言えたのだから。
2007/07/03 UP
『誕生日に言うことを聞いてくれるサンジ、
誕生日なのに変わらない態度のゾロにヤキモチを妬かせるために一日BFを頼むナミ、
まんまとヤキモチを焼くゾロ』
えーと、こんなんで許してください。
場面がコロコロ変わってゴメンナサイ。
あえて、みたいな(グダグダ)。
とりあえずナミ誕1発目!
ナミさんお誕生日おめでっとー!!!
リクくださった凌さん、こんなんで勘弁を!!!
生誕'07/NOVEL/海賊TOP
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