雨。









 「サンジくん! 早く早く!」

 「ナミさん、こけないようにね」

 「こけないわよ!」




土砂降りの雨の中、バシャバシャと水を跳ね上げながら2人は走る。
靴もズボンの裾もドロまみれになってようやく建物に辿りつき、入り口の屋根の下で揃って息を吐いた。



 「まったく…ツイてないわ」

 「ごめんナミさん、おれがもっと手早く買い物してりゃ…」

 「いいのよ、雨降るって分かってたのに傘持ってこなかったのは私だもん」



ナミはそう言いながら笑い、プルプルと頭を振って水を飛ばした。
その仕草を見下ろしながら、サンジは思わず頬を緩める。



 「中でタオルでも借りてくるよ」

 「うんお願い」



サンジは後ろを見やって、ふと気付いて再びナミに視線を戻す。
親指で背後を示しながら、声をかけた。



 「ナミさんナミさん、ここ図書館だよ? 入る?」

 「んー……すごく魅力的なんだけどね、この格好じゃ迷惑だもの」



ナミはそう言って、自分のシャツの端をつまんで絞った。
ボタボタと音を立てて水が落ち、サンジは苦笑する。



 「そっか…じゃあとりあえず、タオル借りてくる」

 「うん」




静かに扉を開けて中に入るサンジを見送って、軒先に残ったナミは灰色の空を見上げた。

まだ雨は止みそうにない。
もう一度シャツの裾を絞るが、当然乾くはずもなく気休めにもならなかった。
髪も一つにまとめて水を切り、サンジが戻るのを待った。






 「ナミさん」

 「あ、貸してもらえた?」

 「中にどうぞ、だって」



半分だけ扉を開けて顔を覗かせたサンジが、手招きをした。
ナミは戸惑いながらも扉に近づき、こっそりと中を覗く。



 「でも…びしょ濡れよ」

 「いいってさ」




サンジに促されるまま入ったそこは、古い木造の小さな図書館らしかった。
ガランとして人気はなく、図書館というよりは個人の文庫のようだった。



 「お邪魔します…」



しんとした室内にナミの声が響く。
返ってくる声は無く、2人の靴の音と屋根を打つ雨の音しか聞こえない。



 「サンジくん、誰もいないじゃない」

 「いや、奥に――」

 「さぁ2人とも、早く体を拭いて」



サンジの言葉を遮るように、奥から人の声がした。
2人がそちらに顔を向けると、現れたのは少し腰の曲がった銀髪の老婦人だった。
ゆっくりとした足取りで近づいてきて、手に持ったタオルを2人に手渡した。



 「あ、ありがとうございます」

 「いいのよ、ゆっくりしてって。どうせ誰もいないんだから」



婦人は柔らかく微笑み、2人を部屋の奥に案内する。

婦人の動きや口調はおっとりしたものだったが手際はよく、さっさと2人に服まで渡し問答無用で着替えさせ、
さらには窓際のソファの前の小さなテーブルに暖かいコーヒーまで用意してあった。

2人は遠慮したが、結局婦人の笑顔に負けた。
彼女の昔のものか、それとも娘や孫のものかもしれない白いワンピースを着たナミの隣に、
同じく誰かのシャツとズボンに着替えたサンジは腰を下ろす。





カップに口を付けながら、2人は窓から外を見る。
相変わらずザーザーと雨は降り続いている。



 「やまないね」

 「当分ね」

 「あいつらはもう戻ったかな?」

 「さぁ…まぁどっかで雨宿りしてるわよ、私たちみたいに」



2人が心持ち小声で話していると、再び現れた婦人が笑顔で声をかけてきた。
数冊の本を片手に持ち、ゆっくりと歩きながらそれを丁寧に棚に並べている。



 「雨がやむまでココにいていいよ、良ければ本でも読んでいいからね」

 「本当ですか?」



ナミはぱぁと顔を明るくし、それを見てサンジも微笑んだ。



 「よかったねナミさん」

 「うん、ちょっと見てくるね!」



玩具を前にした子供のような笑顔でそう言って、ナミは本棚へと向かった。





本を選ぶナミの姿を、コーヒーを飲みながらサンジは見つめていた。
時折目が合うと、ナミは笑顔を返してくれる。
それが嬉しくて、サンジはまた目が合うのを期待してずっと見続けていた。

しばらくして、数冊の本を抱えたナミがソファに戻ってきた。
サンジの隣に腰を下ろし、1冊を手渡す。



 「なに?」

 「レシピだって。よく分かんないけど、読むかなと思って」

 「ありがとナミさん」




サンジは微笑み、2人は背もたれてしばらく無言で頁をめくっていた。


婦人の姿はどこかに消え、室内には再び雨の音だけが響く。






 「あ」

 「え?」



ふとナミが声を出し、サンジは本から顔を上げた。

サンジが広げていた本を、ナミはじぃっと見つめている。



 「どしたのナミさん?」

 「これ、昔ベルメールさんに作ってもらったことあるわ」



開かれたそのページを指差して、ナミは懐かしそうに笑った。
サンジはページに目を落とし、そのレシピから出来上がりを想像していく。



 「じゃあ、今晩はコレにしようか」

 「ほんとに?」

 「うん、これなら材料もある」

 「ありがとサンジくん!」



それからナミは無意識にサンジに寄りかかるように体を寄せ、2人でその料理の本を眺めた。
コレは食べたことがある、コレはまだ作ったことがない、などと言いながら取り留めの無い会話をして、
時折2人で声を揃えて笑う。




 「っくしゅ!」

 「ナミさん、寒い?」

 「大丈夫大丈夫」



くしゃみをしたナミを、サンジは心配そうに覗き込む。
ナミは笑ったが、サンジは眉を下げてその手を握った。



 「サンジくん?」

 「手、冷たいよ」

 「そう?」



そのままナミの手の甲をさするように、両手で包み込む。
ナミがそれを振り払うことはなかった。



再びしんとなり、変わらない雨の音だけがそこにあった。



ナミの手を包み、ナミの体温を感じながらサンジはふっと笑った。



 「どうしたの?」

 「んーー……このままずっと雨ならいいのにって思ってね」

 「どうして?」

 「そしたらずっとナミさんと、こうしていられるかなーって」

 「……あら、それはどうかしらね?」

 「つれない貴女もステキだ!」



ナミはフフっと意地悪く笑いながらも、相変わらず2人の手は繋がれたままだった。





ザーザーと雨は降り続ける。





トクトクと、互いの鼓動を感じている。





抱き締めてもいいかいと聞けば、きっと彼女はダメよと答えるだろう。


サンジはそう考えて、また一人笑った。




 「サンジくん?」

 「何でもないよ」





何でもないよ。


だからこのままずっと降り続いていて。



この手を繋いでいられるように。

君の傍に居られるように。





止めど溢れる想いのように、空からは雨粒が零れ続けていた。





2007/03/08 UP

サン誕第1弾。
当日UPなど所詮は夢でした(笑)。
とりあえず原作風にしてみたよ。
サン誕だけど、サンジが幸せなんだかどうだかよく分かりません(笑)。
誕生日だからってラブラブを書くと思うなよ!(酷)

サスケ『紫陽花の詩』より。
Smile』ってアルバムに収録されてます。
曲目リストが何かおかしいことになってない、○mazonさん?

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