宜。
始まりは、父が持って帰ってきた履歴書だった。
「ナミ、ちょっとコレ見てみろ」
「なに?」
風呂上りの私に、妙な笑顔と共に声をかけてきた父は、仕事用の鞄の中から封筒を取り出した。
コップに注いだ牛乳を飲みながら片手でそれを受け取り、中を覗く。
「何コレ?」
「いいから見てみろ」
首をかしげつつ、コップをテーブルに置き中に入っていた白い紙を取り出して開く。
それは履歴書のコピーだった。
名前の欄には『ロロノア・ゾロ』とある。
聞いたことも見たこともない男の名だ。
「…で、これが何?」
「どうだ?」
「どうだ、って?」
ソファに座っている父の足元に腰を下ろし、残っていた牛乳を飲み干す。
それからもう一度履歴書に目を落とした。
「お前と同じ年で、独身、彼女もナシ」
「……ちょっと、何が言いたいの?」
「将来もなかなか有望、しかも次男だ」
「………」
そろそろイイ年になりつつある私に今彼氏はいない。
結婚願望も強くなく、今のところ誰かと付き合う気もない。
仕事が命、というわけではないが下手すればこのままズルズルと独身、という可能性もある。
両親からの無言の圧力を感じていなかったわけではないが、
こうもあからさまに男を勧められるとは思ってもいなかった。
しかも正式な見合いならまだしも、履歴書などとは。
常務取締役・人事部長――自分の職権を有難く使ったらしい父の持ち帰った履歴書に、もう一度目を走らす。
ロロノア・ゾロ。
年は私と同じ。
経歴は…まぁ普通。
趣味・特技は剣道。
「中学の頃から剣道習ってて、今も道場に通ってるらしいぞ」
「ふーん」
父の言葉を流しつつ、さらに読み進めていく。
文字はなかなか丁寧で、好感が持てる。
まぁ履歴書を乱雑に書く者はいないだろうが。
重要ポイントの顔写真だが、生憎白黒のコピーでは暗く潰れてしまってほとんど見えない。
剣道を習っているだけあってか、なかなか鋭い顔に見える…ような気もする。
目をこらしていると、父がニヤニヤ笑いながらこちらを見ているのに気付いて慌てて顔を上げた。
それから履歴書を封筒に戻して、テーブルに置く。
「こんなの、勝手に持って帰っちゃダメなんじゃないの?」
「少々構わん」
「てか、私今誰かと付き合うとか考えてないし」
「会うだけ会ってみたらどうだ?」
「やだ」
「今度ウチに連れてこようか」
「バカ! やめてよね!」
父親に男を斡旋される娘って、どうなの。
そんなことを考えつつ、そのまま押し切って部屋に戻った。
翌日、残業を終えて帰ってみると、玄関に見知らぬ靴が一足。
お客様?と思って居間を覗いてみた。
そこで見たものは。
父と母と、それから若い男。
テーブルの上にはあらかた空になった皿が並んでいて、3人は何やら楽しそうに酒を飲んでいる。
その男には見覚えがあった。
ロロノア・ゾロだ。
あの履歴書の男が、何故か私の家で酒を飲み両親と夕食を共にしている。
固まっていると、ロロノア・ゾロが何か言って立ち上がった。
同じように両親も立ち上がり、3人はドアの方へやってくる。
マズイ、と思ったときには既に遅く、ドアを開けたロロノア・ゾロと思い切り正面でかちあってしまった。
「………」
「………」
背は、私より頭一つ分くらい高いだろうか。
潰れたコピー写真では分からなかったけど、くっきりとした二重の切れ長の目。
今その目は驚きで見開かれている。
お互いまるで見つめ合うかのように固まって動けないでいると、
ロロノア・ゾロの背後で父の嬉しそうな声がした。
「ナミ、ちょうどいい! 駅まで送ってあげなさい」
「……え……」
「彼はこのへん詳しくないから、迷わないようにね」
母までニコニコ笑いながらそう言ってくる。
ロロノア・ゾロも戸惑ったように、酒のせいか顔を赤くして両親と私を交互に見ている。
アルコールなど1滴も入っていない私も何故か顔を赤くして、
だがここで断るのも不自然なので、仕方なく頷いた。
彼が靴を履いている間に、すすっと父に近づき脇腹を小突きながら小声で怒った。
「ちょっと……本当に連れてくるなんて何考えてるの!」
「何だ、本物見てもダメか? 男前だろ?」
「ん…、…じゃなくて! まさかあっちにも言ったの!?」
「さぁなー?」
「お父さんに言われたら、向こうは断りたくても断れないじゃないの!」
「そんなこと無いだろう」
「もう!」
彼が立ち上がったのでここで会話が終わり、小さく溜息をついて外に出た。
夜道をてくてくと歩きながら、2人とも無言だった。
チラリと横目で見上げると、ロロノア・ゾロはまっすぐ前を見ている。
横顔は…嫌いじゃない。
そう思ったあと、父親の勢いに流されかけている自分に気付いて少し腹が立った。
「駅までじゃなくてイイっすよ」
「え?」
突然彼が口を開き、そう言った。
声も嫌いじゃない。
などと思いつつ顔を上げると、ロロノア・ゾロは笑っていた。
あぁ、笑顔もなかなか。
流されまくっている自分はもう無視するとして、「でも」と言うと彼はまた笑う。
「駅からの帰り道が危ねぇし」
「……そうですか、じゃあ、あの角を左に曲がってあとはまっすぐ行ったらすぐ分かりますから」
「ありがとう、今日はお邪魔しました」
「いえ、私は何も…」
「それじゃ」
ロロノア・ゾロはそう言って歩き出した。
少し残念に思いながら、その後姿を見送る。
角に差し掛かって……彼は右に曲がった。
「ちょちょちょちょ」
「ん?」
「左! ひだり!」
「………」
このへんに詳しくない人間が駅とは逆の右方向に用があるとも思えない。
一度通っただけで道を覚えられない人だっているだろう。
だが。
数秒前に左と言ったのに、右に曲がる人がいるだろうか。
どうやら私の目の前にいるらしい。
先程の母の言葉が脳裏をよぎる。
『迷わないようにね』
あぁ、なるほど。
「やっぱ、送ります」
「……どうも」
彼は照れを誤魔化すように笑いながら、肩をすくめた。
迷子体質ってわけね。
意外性、という意味で好感度アップのポイントだった。
「どうも、道は苦手で」
「いいえ、そんな人もいますよね」
クスクスと笑うと、彼も一緒に笑う。
「それに帰りは大丈夫です。 空手習ってますから、私。 だから父も送らせたんですよ」
「へぇ、そりゃ凄いっすね」
「……父から、私のこと何か聞かされました?」
そう聞くと、彼は不自然に目を逸らして「いえ、別に」と答えた。
「…言われたんですね」
「……」
「ウチの娘はどうだ、とか?」
「……まぁ、それに近いことを…」
「……はぁ、ごめんなさい。 父が変なこと考えてるみたいで。相手にしなくていいですから――」
「いや、おれは――」
彼が慌てたような口ぶりで顔を向けてきたので、私は思わず口をつぐんでしまった。
私の表情に気付いて、彼もはっとしてまた正面を向いて歩き出す。
「……そんな美人なのに、彼氏いないってのも何か」
「いないモンはいないんです。 そっちだって格好いいのに、彼女いないなんて」
「いないモンはいないんです」
「……お互い褒めあって、変なの」
「……確かに」
同時にぷっと吹き出して、それから声を上げて笑った。
あ、何か。
楽しいかも。
そう思ったころ、駅に着いてしまった。
都会から離れた駅なので、駅にはあまり人がいない。
電車が到着すればそれなりに人は増えるが、今はしんとしていた。
切符を買って、何だかお互い微妙な沈黙のまま駅前の低い階段で立ち尽くす。
「……あの」
「……」
「…父の言葉に乗せられるのは、イヤですか?」
「………」
「……あ、忘れてください」
思わず聞いてしまったのだが、彼が何も答えなかったので慌ててそう言った。
何というか、私かなりイタイ。
だが、もうさっさと挨拶して帰ろうと思った矢先に彼が口を開いた。
「たとえば」
「え?」
「部長の家で会ったんじゃなかったら」
「……」
「絶対におれから声かけてたと思う」
彼はそう言って、赤い顔を隠すように口元を手で覆って横を向いた。
「………」
「………」
電車が到着したらしく、駅構内から人の波が流れ出てくる。
向かい合って立ち尽くしたままの私たちの脇を、何人もの人たちが通り過ぎていった。
人波が過ぎて、またまわりがしんとなる。
それまで私たちは一言も喋らず、ただ向かい合っていた。
彼は相変わらず赤い顔で、何か言おうと考えているらしいことは見ていても分かる。
だが元々口は上手くないのだろう、結局無言のままだ。
私はというと、今ここに鏡があれば自分の顔の赤さにさらに恥ずかしくなっていたことだろう。
火照る頬に当たる夜風を涼しく感じながら、心の中で気合いを入れた。
「……とりあえず、敬語やめよっか? 同い年なんだし」
「……おう」
「えーと、……これから…よろしく…?」
「…よろしく?」
お互い疑問系で首をかしげつつ、笑う。
何だか微妙にじれったい感じではあるけど。
とりあえず、父の希望通りになってるのがちょっとムカつくので、
今夜のことは内緒にしておこうと思った。
『上司の娘に一目惚れするゾロ』
あぁまたもリクと違ってる……!
ナミさんが一目惚れしちゃってる……!!
しかもヘタレゾロ。
こんなのゾロじゃないやい!!!
10/20にリクくれたみちりんさん、……ほんとゴメン!
2006/12/29 UP
生誕'06/NOVEL/海賊TOP
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