志。









バイト先の塾を出たゾロは、欠伸をしながら駅への道を歩いた。



空を見上げるともう真っ暗で、点々と白い星も見える。

受験シーズンが近づくにつれ、生徒たちの間にもピリピリとした空気が流れ始める。
自分も数年前はこんなだったのか、といつも思いながらゾロは授業をしていた。

塾講師などというバイトをしていながら、
自分が受験生だったころは正直塾などには通っていなかった。
自宅での独学一本。
それでも有名大学と言われるところにどうにか合格したのだから問題は無い。
自分の生徒の中にも、塾などに通わずとも余裕で志望大学に合格できるような頭の者もいる。
それなのにせっせと通っては、机や教室とにらめっこして勉強している。

最近の若いのは大変だ。

などと年寄りじみたことを考えながら、ゾロはふと横に目をやった。


夜遅いにも関わらず、駅前はいまだに明るい。
ゲームセンターは受験などまだまだ関係無い、もしくは入ったモン勝ちな学生たちで溢れている。

入り口のすぐ横のシューティングゲームをしている男女の背中を、ぼんやり見つめている女子高生の姿があった。
制服姿のままガラス張りの壁によりかかり、ゲームする姿を見ているというわけではなく、
ぼんやりとした視線の先にゲーセンがあるだけ、といった感じだ。

ゾロはその女子高生を知っていた。


目立つオレンジ色の髪に、さぞモテるだろうと思われる容姿。

ゾロの生徒でもある、ナミというその女子は優秀だった。
目指しているところも偏差値の高い超有名大学だ。

その生徒が、夜遅くにゲーセンで一人立っている。




 「ナミ?」



ゾロが声をかけると、ナミは顔を向けた。
目が合うとすぐに駅へ向かって駆け出した。

ゾロは慌てて追いかけて、その腕を引っぱって立ち止まらせる。



 「まだ帰ってなかったのかよ。 あんなトコで何してたんだ?」

 「……何って、別に」



ナミはしばらく抜け出そうともがいていたが、やがて大人しくなった。
それを確認して、ようやくゾロははぁと息を吐く。



 「こんなトコ学校に見つかったら、受験に響くぞ」

 「……別にイイ」

 「あ?」



ナミの小さな呟きがよく聞こえず、ゾロは少し体を傾けてナミに耳を近づける。



 「別にいいよ」

 「何…」

 「大学なんて行きたくないもん」

 「ナミ?」

 「離してよ」



強い口調に、思わずゾロは腕を握った手を離した。
ナミはそのまままた向きを変え、駅へと走り去って行った。











翌日、ナミはちゃんと塾に来た。

授業を終え、教室を出て行く生徒たちの間からゾロは声をかけた。



他の生徒たちが全員出て行って、教室内にはゾロとナミだけが残される。
ナミは俯いて立ったままで、ゾロはその傍の机によりかかるように座った。



 「なぁ、何で大学行きたくないんだ?」

 「別に」

 「お前大学行って勉強したいって言ってたじゃねぇかよ。 ココにもちゃんと来てるし」

 「それは…」

 「それは?」

 「…何でもない」



一瞬顔を上げたナミだが、すぐにまた伏せてしまった。
ゾロは溜息をついて、机の上に後手をついて天井を見上げる。



 「何でもない何でもない……。おれってそんなに頼りねぇかー」

 「……別に」

 「学校の先生でも保護者でも無ぇんだぜ、おれは?」

 「………」



顔を下げて、ゾロはナミを覗き込むように首をかしげる。
ナミはちらりと見返してきて、何かを言いたげに口を動かす。

そのまま無言で、ゾロは待った。




 「………お母さんがね」

 「ん?」

 「お母さんが、ちょっと体調崩して」

 「…へぇ」



ナミは俯いたまま、自分の手を指先をいじりながらボソボソと呟いた。
ゾロは相槌だけうって、先を促す。



 「入院して検査した方がいいかも、って言われて」

 「……」

 「お母さんは大丈夫って言うけど、元々丈夫な人じゃないし」

 「……」

 「私が外の大学行っちゃったら、あの人ひとりぼっちになっちゃうから」

 「……」



じわりとナミの瞳に涙が滲む。
ゾロは腕を伸ばしオレンジ色の頭を自分の胸に引き寄せて、ポンポンと叩くように撫でた。

ナミはゾロのシャツを握り締めて、小さな声を出して泣き始めた。



 「…お前の家のことで、おれが口出すのも何だがな。 だが経験談から言って」



ゾロはナミの頭を抱いたまま、ボソリと口を開いた。



 「医者が検査しろっつーんなら、ちゃんとしてもらった方がいい」

 「………」

 「そんで何も無かったらそれでいいし、万一何かあったら治療してもらえばいいだろ?」



ナミは鼻をすすり、顔を上げた。
手は相変わらずしっかりとゾロのシャツを握り締めている。

鼻の頭を赤くして、真っ赤な目でナミはゾロを見つめた。



 「もし、もし酷い病気だったら?」

 「…どっちにしろおれたちにゃ分かんねぇだろ、検査受けてみねぇと」

 「……」



ゾロはナミの両頬を親指でこすりながら、言った。
また小さく鼻をすすったナミを、じっと見つめる。



 「お袋さん置いて下宿すんのが気懸かりなら、自宅から通える大学探してみろよ」

 「……」

 「お前のレベルならどこだって受かるし、あの大学じゃないとダメって訳じゃねぇんだろ?」



ゾロの問いかけに、ナミは少し考えてからコクリと頷いた。
それに微笑み返して、ゾロはナミの頭をまたポンポンと撫でた。



 「夢のための勉強できりゃイイんなら、レベル高い大学ならこのへんにだってある。
  おれんトコの大学だって、結構有名だぜ?」

 「………」

 「だから、大学は行けよ」

 「………」

 「お前の頭を埋もれさすのは、勿体ねぇ」



ゾロはそう言って笑って、ナミの額を指で弾いた。
抗議するようにゾロを睨んで、それからナミも緩く笑った。














 「先生」



1週間後。
授業を終えたゾロの教室に、違う講師の授業を受けていたナミが入ってきた。
出て行く生徒たちの間を縫って、ナミは教卓を挟んでゾロの前に立つ。

その顔を見て、ゾロはニヤリと笑った。



 「今日は元気そうだな」

 「うん、あのね」

 「おう」

 「お母さん、一応入院したの」

 「そうか…」

 「でもね、まだちゃんとした話は聞いてはないんだけど…心配なさそうだって」

 「そうか、よかったな」



そう言って微笑むと、ナミも嬉しそうに頷いた。



 「それからね、お母さんとも相談して、第一志望変えたの」

 「へぇ、どこに?」

 「グランド・イースト大!」



ゾロは教卓の上の資料の端をトントンと合わせながら、顔を上げる。
ナミは満面の笑顔だった。



 「ウチの大学か」

 「うん!」

 「じゃあ、春から同じ大学生だな」

 「うん! そうなるよう頑張る!」

 「お前なら楽勝だよ」



ゾロは手を伸ばしてナミの頭をガシガシとかき回して、そう言った。
ナミは抵抗もせず、相変わらず笑ったままで首をすくめている。

手を離す間際に軽く髪を直してやって、ゾロは資料を抱える。
ナミは片手で髪を直しながら、慌ててゾロの腕を引っぱって動きを止めた。



 「先生、待って!」

 「ん? 歩きながらでいいだろ?」

 「先生…、今彼女いる?」



教室から出ようとしたゾロをそのまま教卓越しに引き止めて、ナミはそう聞いた。





 「あ? 何だ突然。 いねぇけど悪ぃか?」

 「全然悪くない!」

 「あぁ?」



ゾロの両手を教卓の上で握って、ナミは頬を染めて笑いかける。



 「私が入学するまで、作っちゃダメよ?」

 「………あ?」

 「予約ね!」






そう言ってナミは体を伸ばし、ゾロの頬に掠めるようなキスをした。

固まるゾロを置いて、そのまま満足気な顔で教室から出て行く。







 「……ガキの分際で……」



そう呟きながらも、ゾロの顔は真っ赤になっていた。




『塾の教師ゾロと生徒ナミ』
私、塾とか行ったこと無いんですよ。
某通信教育と学校の授業のみ。
家庭教師とかも知りません。
講師のバイトしたこともないしなー。
困った困った。
書きながらとりあえず、私は教育者にはなれないなと思いました。まる。

10/20にリクくれたみちりんさん、これで誤魔化されてくれ。

2006/12/28 UP

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