塗。










 「次の方ー、どうぞーー」



優しい看護師の声に導かれて、ナミは診察室へとおずおずと足を踏み入れた。






診察室内のデスクの前には、白衣を着た若い医師が座っている。
前の患者のカルテにさらさらと何かを記入して、看護師にそれを渡す。

それから先程受付でナミが書いた問診表をちらりと見て、椅子を回転させてナミと正面で向かい合う。



 「どうしました?」

 「え、と…手が……」



案外と若いそのドクターにまっすぐ見つめられて、思わずナミはどもってしまった。





ロロノア皮膚科――、予約を入れなければ最低でも2時間は待つハメになる、このあたりでは人気の皮膚科だった。
予約していても午後の診療になるほどに時間は押してきて、結局1時間待つことなどはザラにある。

人気っぷりをまわりから聞いていたナミは、有休を使って午前中の早い時間帯に予約を入れた。
さらに早めに来て、さっさと受付を済ます。
大概この場にいなかったり遅れたりする患者もるから、
朝イチの診察でないかぎりはその方が早めに順番が回ってくるのだ。


医者としての腕がいいのが有名なのか、
それともこのドクター個人の人気なのか。
そこまではナミには分からなかった。
とりあえずご近所の方からは『いい先生よ!』との太鼓判をもらってきたので、
ナミは色々期待しつつ診察の順番を待っていた。



そして診察室に入り、噂のドクターを拝むことになる。


あぁ、この顔かしら。
ナミは入った瞬間にそう思った。

不思議な緑色の、清潔そうな短髪。
くっきりと二重で切れ長の目は、一見怖そうに見えるが男らしいと言えなくもない。
すっと通った鼻梁や薄い唇、そして低く少し掠れたような声。

オバサマたちの間での人気の原因の一つを、ナミは理解したような気がした。





ナミが差し出した両手を、ドクターは同じように両手で掴んで、じっと見つめる。


元々アトピー体質なのだが、急に寒くなってきたせいもあってナミの両手の甲や指先は荒れまくっていた。
かさかさとひびわれて赤い身が覗き、時折透明の膿のようなものや、血が滲むこともある。
ハンドクリームを塗ってはみたが、合わなかったのか沁みて余計に痛くなり、
市販の手荒れの薬を塗ってみてもなかなか良くならない。
ガマンできなくなって、皮膚科を受診したのだ。


ドクターは手の甲に視線を送り、それからナミの手をひっくりかえして指先あたりにも目をやる。



ナミはその間、無言でドクターを見つめていた。

まだ若い。
自分より2,3年上くらいかもしれない。
その年で開業だなんて、実家が元々医院だったのだろうか。
さり気なくドクターの左手に目をやると、指輪は無い。
職業柄していないだけなのかもしれないが――。

そんなことを考えている自分に気付いて、ナミははっと顔を赤くする。


同時にドクターはナミから手を離し、デスクに体を向けて座りなおす。




 「手湿疹だな」

 「はぁ」

 「いわゆる、主婦湿疹ってヤツだ」

 「……主婦?」



カルテに何やら記入して、ドクターは再度ナミの手を取った。
唐突に触れられて、ナミはドキリと心臓が脈打つのを感じた。
単なる診察なのに、何考えてんのと心中でつっこみつつ、ナミは首をかしげる。



 「主婦湿疹?」

 「あんた、独身か? 一人暮らし?」

 「はぁ…」



患者に対するものとは思えない口調で、ドクターは話し始める。
同時にナミの手を観察しながら、カルテ上の両手のイラストに何やら赤い印を描きこんでいく。
ナミはぼんやりとそれを眺めていた。



 「一番の治療は、主夫を見つけることだな」

 「は?」

 「炊事洗濯してくれるヤツ」

 「……あぁ、なるほど」



真面目な顔して言うものだから、ナミは思わず笑った。
顔を上げて目を合わせたドクターも、ナミの笑顔を見て口端を上げて笑う。


スケッチを終えたらしいドクターは手を離す。
ナミは何となくそれに寂しさを感じつつ、手を足の上に戻した。




 「とりあえず塗り薬出すから、ちゃんと塗れよ」

 「はい」

 「いつでも、気付いたときに塗ること。薬がいつも手の表面にあるように」

 「はい」

 「塗らなくて治らなかったら、おれの責任じゃないからな?」

 「…はぁ」



これも冗談だろうか、笑うべきか否か迷ってナミは微妙な表情で返事をした。
だが傍についていた看護師が笑ったので、あぁやっぱり笑うところだったのかと理解した。



おそらくは薬の処方でもしているのか、ドクターがカルテ上での記載を続ける間に、
受付から声がかかり診察室にいた看護師が出て行った。

ドクターと2人きりになり、ナミは手持ち無沙汰でとりあえずドクターの手元を見つめていた。


大きな手。
ゴツゴツとしていて、いかにも男の手だった。
皮膚科の先生だから、が関係あるのかは知らないが、なかなか綺麗な手だった。





 「とりあえず今日塗って帰るか?」

 「……あ、え?」



無心でその手を見つめていたため、突然話しかけられてナミは慌てて目を上げる。
ドクターは片眉を上げて、顎でナミの手を示す。



 「薬」

 「あ、えぇと、はい」

 「よし、…あー、看護師居ないか」



先程出て行った看護師はまだ戻ってこない。
ドクターは仕方なく立ち上がり、処置台から軟膏容器を持ってきてまた椅子に座った。
蓋を開け、軟膏を手に取る。



 「ほれ、手ぇ出せ」

 「え」



まさかドクターに塗られるとは思っていなかったので、ナミはオタオタと慌てて手を差し出す。
ドクターは片手でナミの手を取り、薬を塗っていく。

手の大きさやゴツさに似合わず、優しい動きで薬をつける姿を、
ナミはやはりぼんやりと見つめてしまうのだった。


















1週間後。


近所のスーパーで夕食の買い物をしていたナミは、数m先に見覚えのある頭を見つけた。

緑色の髪。
あの皮膚科のドクター、ロロノア・ゾロだった。

白衣を脱いで普通の人の格好しているゾロは、その若さもあってかとても医師には見えなかった。
買い物カゴを片手に持って、野菜を適当に放り込んでいる。
ナミは声をかけようかどうしようか迷って、その場に立ち尽くしていた。

自分にとっては一人のドクターでも、あっちにとってはたくさんいる患者の一人なのだ。
病院の外で会っても分からないだろう。

そう思い至って、向きを変えて姿を隠そうとしたが、
まさにそのときゾロがこちらを向き、ナミと目を合わせた。


「あ」と思わず声を出したナミは、慌てて片手で口を塞ぐ。

それからどうしようか迷っている間に、ゾロはずんずんと近づいてきた。



 「調子はどうだ?」

 「え、えと」



目の前に立って、ゾロは開口一番そう言った。

覚えていた、とナミがこっそり喜んでいる間に、ゾロはさっとナミの手を掴んだ。



 「ん、ちゃんと塗ってるみたいだな」

 「は、はい…」



ナミの手を包んでじっくり観察し、それから解放したゾロはにこりと笑った。
その笑顔に思わずナミの目は釘付けになり、返事をした自覚もなかった。




 「薬無くなったら取りに来いよ、そういうのは油断するとすぐにまた悪化するぜ?」

 「は、はい」

 「また塗ってやっから」

 「…お、おねがいします…」

 「じゃ、お大事に」



ぽんとナミの肩に触れ、またあの笑顔を見せてゾロは向きを変えて離れて行った。




その後姿を見つめ、自分の両手を胸の前で包みながら、
次の予約を取らなくちゃ、とナミは心の中で決意した。




『医者ゾロ、患者ナミ』
こうして常連の患者を増やしていくゾロ?(笑)

い、医者ゾロ…。
某所に素敵ドクターゾロがいるじゃないか…。
てことで皮膚科にしてみた。
続きがまったく浮かばないのでリクとかしないように(笑)。

10/16にリクくれたみちりんさん、これじゃダメかな…ダメか…。

2006/12/21 UP

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