与。










父はフリーのカメラマンだった。
記憶も残らぬ幼い頃に母は病死し、以来親戚連中におれの世話をまかせっきりにした父は、
一人カメラ片手に外国をフラフラと放浪し、時折帰ってきてはおれの相手をする、という生活だった。

父のことは、別に嫌いではなかった。
放っておかれた寂しさはあるが、それでも帰国したときはずっと相手をしてくれたし、
色んな国の色んな写真を見せてくれ、いつか一緒に行こうと言ってくれた。

おれにとっての家族は父だけだったし、父と一緒に写真を撮りながら世界を旅するのがおれの夢でもあった。



中1か中2の頃だったか、遠い地から父の事故死の知らせが届いた。
現地から送られてきた遺品の中には、銀行の金庫の鍵があった。
何年かけて貯めたのか、その金庫に納められていたおれ名義の通帳にはかなりの金額が記されていた。






高校に入ってから面倒を見てもらった親戚の家には、中学生の一人息子がいた。
息子を溺愛していた夫婦にとっておれの存在が邪魔だということは、すぐに分かった。

ある日帰宅すると、居間にはその家の夫婦が2人揃っていた。
まだ夕方だったが、伯父の方は早く帰宅したらしい。



 『まったく、ウチだって生活はラクじゃないのよ』

 『でもあの子の分の生活費は遺産から出してるだろ?』

 『あれには私たちの手間賃だって入ってるんだから!』

 『まぁ…』

 『高い授業料払ってるのに、ちゃんと学校に行ってるかもあやしいのよ? 無駄遣いもいいとこだわ』

 『そうなのか?』

 『どこの誰だか知らないOLの家に入り浸ってるみたい、まだ高校生なのに』

 『まぁ…、誰と付き合うかはあの子の自由じゃないか』

 『あなたはいつもそうやって逃げるのよね。コビーが変な影響受けたらどうするの!?』

 『それはそうだが…』





 「ゾロさん、入らないんですか?」



玄関に立ったまま動かないおれに、入ってきたコビーが後ろから声をかけてきた。
まだ中学に入ったばかりで、小学生と言っても通用するような小柄なコビーは、
丸い眼鏡の奥から人懐こい笑顔を覗かせた。
ダブダブの学生服で、袖口を邪魔そうにしながらコビーは玄関の扉を閉めた。



 「あぁ…」

 「帰りが一緒になるなんて、珍しいですね!」

 「あぁ、そうだな」




この1週間は、ずっと女の家に居た。

高校に行ってるかあやしいだって?
言っておくが、女の家の方がここよりも高校に近いのだ。
遅刻は常習だが、毎日ちゃんと行っている。
勉強は嫌いじゃない。
だがそんなことは、この家の女主人には関係ないのだろう。


この日は着替えを取りに戻ったのだが、コビーはおそらくそんなことは知らない。
無垢な笑顔のコビーに続いて、靴を脱いで中に入った。



 「ただいまー、母さんおなかすいた!」

 「おかえりコビー、……あら、ゾロくんも帰ってたの?」

 「……」



伯母はおれの顔を見て、気まずく顔を歪めた。

返事はせずに、自分の部屋に向かった。




 「……本当に可愛げの無い子」



おそらくコビーの耳には届いていない、だがおれにははっきりと聞こえた。





その日の夜、思っていたよりも少ない自分の荷物をまとめて、その家から出て行った。







家族を求めたわけじゃない。
そんなモノには興味は無い。
小さなときから家には誰もいなかったし、父が死んでからもまわりは他人だらけだった。

唯一の娯楽は、女だった。

フラフラと街を歩いて、声をかけてきた女の家に居座る。
その日限りの女もいたし、大抵は働いている女だったから、
食費も何も払わず半年近く居候したこともあった。


女はおれにメシと寝場所と一時の快楽を与えてくれる。

だがどれも、所詮は遊びだった。


飽きて出て行こうとするおれを、あっさりと見送る女もいれば怒り出すヤツもいた。
中には愛だ何だと泣きながら説得してくるものもいた。



愛だって?

そんなものをおれは求めたことは無いし、与えられたことも一度も無かった。

泣いてしがみついて、愛してると言う女の姿は滑稽でたまらなかった。
そう言う女たちの愛を感じた覚えは一瞬たりとも無かったし、愛した覚えも無いのだから。





そう、一度も。

今、このときまでは。











 「ただいまー」

 「おかえり。腹減った」

 「すぐ作るわよ、ほらあんたも!」

 「へーへー」



エプロンをつける女の横で、あくびをしながら手を洗う。

オレンジ色の髪を手早く頭の上でまとめ上げ、女――ナミも同じように手を洗う。
自分が使ったタオルを差し出すと、ナミはにこりと笑ってありがとうと受け取った。


いわゆるヒモという立場だが、こうしてナミと料理をするのが日々の日課になっている。
過去に暮らしてきた女たちとこういう類のことをした覚えは無い。
今の暮らしでも最初は何もしなかったのだが、
ナミに『今の男は料理のひとつもできなくちゃ』と叱られてムリヤリ手伝わされて以来、
なかなか楽しくなってきたのだ。



いつものように料理をして、いつものように風呂に入って、
そしていつものように同じベッドで眠る。

ナミのふくよかな胸に顔を埋め、細い腰に腕をまわしてしがみつくように目を閉じる。
こんな風に女に甘える態度を見せることも、過去ではありえなかった。


こいつに出て行けと言われない限りは、おれはずっと此処に居るだろう。


この世にこんな居場所があることを、ナミと出会っておれは初めて知ったのだ。








 「…お前って、ヒモとか囲うタイプにゃ見えねぇのにな」

 「そう?」



篭った声で呟くと、ナミが囁くように返事をした。
胸の谷間にさらに顔を埋めて、女の匂いを堪能する。



 「おれみたいな男は批判する側かと」

 「まぁ、あんまり好きじゃないけどね」

 「ふーん」



ナミはくすりと笑い、おれの頭を優しく撫でる。
その手の心地良さに、徐々に眠気が襲ってくる。



 「あんたはいいのよ」

 「ふーん…」

 「あんたはネコみたいなヤツだから」



ナミがおれの髪に顔を埋めてきて、何だかくすぐったくなる。
身をよじったが、ナミはおれの頭を抱えこんで逃がそうとはしない。
抗議の声を漏らすと、クスクスと笑う声が耳に届く。



 「あんたの過去がどんななのか知らないけど、自由に生きればいいよ」

 「……ふーん」

 「その生き方の中に…私も居ればいいな、と思うだけ」

 「……ふーん……」

 「ゾロ……あんたがさ、大学とか、何か勉強とかしたいなら…私は協力するよ?」

 「………」

 「あんたのことは、とても大切だから」

 「………」




つむじのあたりにナミが口付けを落とすのを感じて、
負けじとおれも目の前の白い肌にかぶり付いた。
ナミが抗議とも了承とも取れる声を出して、笑う。







愛されることも、愛することも。

おれは知らない。



目の前の、この女以外では。





『キャリアウーマンナミが、ヒモゾロを溺愛』
あ、あれ……。
ゾロ部分を書いてたらナミさんの出番無くなった……!!!!
ご、ごめんなさい!!!!!!
むしろ『ヒモゾロがナミにベタ惚れ』やんかコレ。
まいったね。
でもこれ以上ムリです(笑)。

10/16にリクくれたrieさん、何か違うけど許してくだされ…。

2006/12/20 UP

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