猫。





とある大学の女子寮に、今日も猫の鳴き声が響く。





黒い短毛のその野良猫は、ここの住民に可愛がられていた。
一応はペット禁止となっているが、すでにその存在は暗黙の了解。
野良猫は気分次第で立ち寄る部屋を変え、その場所その場所で餌をもらっていた。

猫が玄関前で鳴けばどの部屋の住人も快く部屋を開けてくれるし、
場合によっては薄く開けられた扉から勝手に中に入ることもあった。
完全オートロックで防犯体勢万全なマンションタイプのこの女子寮では、
寮生は自分たちが部屋に居るときは鍵をかけないのだ。

最早野良猫と呼んでもいいのか、だが一つ処には留まらないため、
『誰かのペット』ではなく、やはりあくまでも『野良猫』なのだ。


この猫が、最近お気に入りにしている部屋、もとい人間がいる。
まわりからナミと呼ばれるその女は、明るいオレンジの髪とクルクルと色の変わる大きな瞳を持っていた。

ナミは猫を『ゾロ』と呼んでいた。
他の者も好き勝手に呼んでいることが多いが、ナミのまわりの友人たちの間では『ゾロ』で定着しつつある。



ゾロは、人間を『チョロイ生き物だ』と思っていた。
自分はネコにしては頭がイイと思っているし、
人間はちょっと甘い声で鳴けばすぐに食べ物を出してくれる便利な生き物、程度にしか思っていなかった。

だが、ナミは別だった。
どう違うのかは分からないが、ナミの傍に居たら落ち着いた。
他のと大して変わらないはずなのに、ナミがくれる食べ物は美味しい気がした。

ナミの部屋の前で鳴くと、すぐに扉が開いて明るい光が自分を照らす。
自分の姿を見下ろしたナミが柔らかく笑い、中に招き入れてくれる。
自分専用に用意された皿にエサを入れて、
それを食べる姿を嬉しそうに見つめてくる。
食事が終われば、ナミの膝の上で丸くなる。
喉を撫でてくれるナミの手は優しくて気持ちがいい。
満足いくまでその手を堪能して眠ったあとは、ふらりと出て行く。
ナミが『またね』と背中に声をかけてくるので、ピンと立てた尻尾を軽く振って応える。

決してナミの部屋に居つくわけではないが、2日と開けずにゾロは通っていた。










ある日の、大きな満月が空に浮かんだ深夜、
ゾロはナミの部屋に前に座ってにゃあと鳴いたが、室内に人気が無いのに気付いた。

仕方ない、とゾロは尻を上げ、新たな食事場を求めて階段へと足を向けた。

途端になにやら大きな音がして、人の声のようなモノが聞こえた気がした。
階下の踊場を見下ろしたゾロは、そこに転がっている人影を見て慌てて走り寄った。


ナミだった。


あの音は酔っ払ったナミが階段から転げ落ちた音らしい。
ナミはうーんと唸りながらも目を開けない。
ゾロはナミの頭の横でニャーニャーとできる限り大きな声で鳴いたが、
目を覚ます様子は無い。
顔を上げて鳴いても、人が駆けつける気配も無い。



 (ナミ)



ゾロが必死に叫べども、虚しくニャーと響くだけだった。
ナミは頭を切ったらしく、額から血が一筋流れていた。



 (ナミ、死ぬのか?)



ゾロはナミのシャツを咥えて引っぱろうとするが、当然動かせるわけがない。
ウロウロとナミの周りを歩き回り、ひたすら鳴いた。



 (ナミ、ナミ)



空を見上げると、大きくて真っ白な満月が自分とナミを照らしていた。



 (おれが人間だったら)



ゾロは満月に向かって鳴いた。



 (おれが人間だったら)



突然に空気がキーンと静まった。
ゾロは思わず鳴くのを止め、じっと満月を見つめた。
グリーンの瞳がその光を反射する。

ふいに、何かがキラキラと降ってくる。
小さな雪のような、光のカケラのような。



それが自分に触れたと感じた瞬間には、ゾロの姿は人間になっていた。







ヒトのそれになった自分の手を見下ろしたゾロは、
それを疑問に思う前に急いでナミをその逞しい腕で抱きかかえた。




玄関前でナミのバッグを漁って鍵を取り出し、ぎこちなくどうにか扉を開ける。
ベッドの上に横たわらせ、ナミの額にかかった髪を横によけた。

風呂場からタオルを持ってきて、額の傷の血をそっと拭った。
大きく切ってはおらず、もう血はほとんど止まっていた。
寝息を聞くかぎり、頭を打って意識不明というわけではなく酔っ払って熟睡、という方がピッタリくる。


酔って足を踏み外すなど、人間というのは本当にトロイ。
おれなら上手く着地するのに。
ゾロはそう思いながら、ナミの額を覗き込む。

それから、その傷をペロリと舐めた。



 「ん…」



ナミがくすぐったそうに首を振ったが、すぐにまた寝息を立てた。
ゾロはその様子をじっと見て、またペロペロと傷口を舐める。


血も完全に止まり、ゾロは満足気に微笑んだ。
手を伸ばしてナミの髪に触れる。
さらさらと柔らかい。

自分の毛も、野良なのに毛ヅヤがいいとナミは褒めてくれたが、
ゾロからすればナミの髪の方がかなりキレイだ。

ゾロは無心でその髪の触り心地を楽しんでいた。


唐突に、心臓がドクリと脈打つのを感じた。



 (終わりか?)



どうやら猫の姿に戻るらしい。
一体どうしてヒトの姿になったのかは分からないが、とりあえずネコに戻る気配は分かる。


ゾロは名残惜しげにナミの髪から手を話し、瞼を閉じたナミの顔を見つめる。




 「ナミ」




その単語を口にしたが、上手く発音できたか分からない。
ナミは相変わらず眠ったままだ。
とりあえず本当に大丈夫なのか、ゾロには判断できなかった。

少し考えて、ゾロは腕を伸ばしてベッド際の壁をどんどんと何度も叩いた。
隣の部屋の女はナミとも仲が良い。
音に気付いてくれたらしく、深夜だが動き出す気配がした。
ほっと息を吐いて、ゾロはもう一度ナミの顔を見下ろす。


さっき以上に脈が速くなってきている。
もうすぐ戻ってしまう。




 「ナミ」




今度ははっきりと言えた。

ゾロはもう一度その名を呼んで、ゆっくりと顔を近づけて、口付けた。


唇を離す間際、ナミが微かに目を開けた気がした。











 「ナミさん…?」



隣の部屋に住むビビは、開けっ放しのナミの部屋の玄関を静かに引いて、
おずおずと中を覗き込んだ。



 「にゃあ」

 「あら、あなた…」



高い声で鳴いた黒猫はビビの足元まで行き、パジャマのズボンの裾を爪で引っかいた。



 「ナミさん、中にいるの?」




猫に引っぱられるように中に入ったビビは、ベッドの上に横たわるナミの姿を見つけて思わず声を上げた。
額には傷があり、服は汚れて膝も擦りむいている。
目を閉じたナミは動かない。



 「ナミさん!」






ビビが慌てて電話の受話器を上げ救急車を呼ぶ間、
黒猫はベッドの上、ナミの枕元でずっとその顔を見つめていた。





『猫のゾロが人間になってナミを助ける話』
またも直球タイトルーーー!!!
何か世にも奇妙な物語を見た後のリクだそうですが。
どんな話だったのか……。
系統違ったらスマン!!

10/2にリクくれたruruさん、こんなノリでいかがでしょか……。

2006/11/14 UP

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