信。
私の素性を噂で知る女たち。
私を買った男たち。
街でそういう人間とすれ違う。
気まずく目を逸らす者。
憚ることなく好奇の目を寄越す者。
最初は、それがひどく辛くてこっそりと泣いた。
自分の過去のせいで、ゾロ自身もそんな目で見られているのかもしれないと思うと、
また涙が溢れてくる。
でもふと気付く。
今の私の環境の、どこに泣く必要がある?
私はこれから生きて、もうすぐゾロの妻になる。
自分の傍には、ゾロが居る。
こんなにも幸せなのに、どうして泣く必要がある?
泣きたくなることなど、今まで何度もあった。
いくら泣いても消せない過去が、覚めることのない悪夢があった。
それでも私は、泣かなかったじゃないか。
こんなことぐらいで泣くなんて、幸せすぎて弱くなってしまったのだろうか。
そう思って、クスリと笑った。
幸せなのに、何故悩んでいるんだろう?
ナミは背筋を伸ばして、彼らの視線を受けとめてまっすぐ見返す。
遊女だったころ、客に対してこんな視線を向けたことはなかった。
抱かれながらも心はどこかに置き去りにして、
決してその瞳でまっすぐに客を見つめることなどなかった。
ゾロを除いては。
そのナミの大きな瞳にまっすぐに見つめ返されて、客や噂好きの女たちもたじろぐ。
にっこりと微笑んだナミの美しさに、男は無論、女さえも見惚れてその場に立ち尽くすのだった。
「すげぇなナミ、あいつら黙っちまったぜ」
「ふふ」
ナミの隣を歩いていたルフィは、背後に残された男たちをチラリと振り返って、笑いながら言った。
外の世界を知らないナミは、最近こうしてルフィに連れられて街を歩くことが多い。
ルフィが善意から(もとい、楽しそうだから)申し出て、ゾロは若干不満そうだったがそれに同意した。
妬いているのか、その子供のような顔にナミは笑った。
遊女屋の人間がその顔を見たらさぞかし驚いたことだろう。
こんなにも自然に、こんなにも楽しそうにナミが笑う姿など、おそらく知るものは少ない。
「なぁナミ、外国行ったことあるか?」
「え? 無いわ」
2人で通りをブラブラと歩きながら、ふいにルフィが問うた。
「おれ将来、絶対外国に行くんだ!
だからさー、それまでに祝言挙げて子供産んでくれよ?」
「えっ・・・」
にししと笑うルフィの言葉に、ナミは一瞬固まって顔を真っ赤にした。
ルフィはそれを気にするでもなく、前を向いてわくわくとした表情を見せる。
「ゾロの子供見てみてぇからな! 多分目つき悪ぃぞーー」
赤ん坊の顔でも想像したのか、頬を膨らませてルフィは噴出す。
それから隣のナミの顔を覗き込んで、一人納得したようにうんうんと頷く。
「お前に似たら美人になるな!」
ナミがふいに立ち止まる。
数歩進んでから、ルフィはそれに気付いて足を止め振り返った。
何故だかナミは、戸惑ったような表情を浮かべていた。
首をかしげてそれを見る。
「ナミ?」
「・・・いいのかしら」
「何だってー?」
小さなナミの言葉が聞き取りにくかったのか、ルフィは両耳に手を添えて叫んだ。
ナミは俯き、指を噛んで呟く。
「私が・・・私なんかが、ゾロの子供を・・・」
ルフィは一瞬考えるように首をかしげ、
それからナミの前まで戻ってきて、その頬をペチンと軽く叩いた。
「お前、何言ってんだ?」
「・・・・・・」
首をかしげて眉をひそめているルフィを、ナミは見つめた。
「何で急に後ろ向きになるんだ? 私なんかがって何だよそれ」
「だって・・・」
「今さら遊女上がりだからーーとか言うつもりか?」
「・・・」
「バカじゃねぇの」
「な・・・」
軽い口調で言われ、ナミは思わず驚いて目を見開く。
ルフィはそのナミの目を見ながら、呆れたように言った。
「ゾロがお前を選んだんだぜ? お前がイイって、お前だから、選んだんだ」
「・・・」
「お前、それにケチつける気か?」
「・・・そんな、ことは・・・」
何だか申し訳なくなって、ナミはまた俯いた。
「ナミ!」
呼ばれて顔をあげると、ルフィが満面の笑みを寄越していた。
「あいつは目がいいんだ」
「・・・」
「お前はいい女だぜ!」
ルフィは太陽のように笑って、そう言って駆け出した。
『いい女だ』。
格子越しに遊女を選ぶ男たち。
床を共にしてきた男たち。
彼らから何度も言われた、その言葉。
何の意味もない、何の感情も湧かない、ただの言葉。
だが、目の前の少年から出た同じ言葉は、何故だかナミの心を軽くした。
「何してんだナミ、次は茶屋に行くぞ!あそこはあんみつが美味ぇんだ!!」
ルフィは動き出さないナミに振り返って、叫んだ。
立ち尽くしてルフィを見つめていたナミは、はっと我に帰る。
急かすように、ルフィはぶんぶんと手を振っていた。
「宝払いもきくしな!!」
「・・・宝払いって、何それ!」
ナミは笑って、ルフィの元へ駆けて行った。
いつだって自分に自信がなかった。
自分を大切に思うことができなかった。
私に幸せになる権利は無い。
生きることも。
笑うことも。
それは私に、こんな私に、許されることなのか?
ゾロと出会って、その考えも少しは変わったけれど。
今度は違う悩みを抱える。
ゾロの傍に居ていいのか?
ゾロを好きでいて、いいのか?
ゾロには決して言えはしない、そんな悩みを。
だが、太陽から生まれたようなあの少年の一言は、そんな悩みを馬鹿馬鹿しいと一蹴してくれた。
たった一言だったのに。
自信を、与えてくれた。
ゾロの傍に居ていいと。
ゾロを愛して、いいと。
愛されても、いいと。
目の前で3杯目のあんみつをたいらげたルフィを、ナミは苦笑しつつ優しく見つめた。
『友達』になれることが、何だかとても嬉しかった。
2006/08/29 UP
『【廓】の続き』
6/28にリクくれた方、・・・・しまった!続編ゾロナミってリクだったぁーー!!!!
ゾロナミじゃ無ぇコレーーー!!!!
ごごごごごごめんなさい・・・・orz
えーと、そんなわけでルフィとナミだコノヤロウ(開き直り)。
リクが来たために内容確認で廓を読み直したわけですよ。
うわぁものっそい恥ずかしい。
書いてるときはノリノリだったけどね!(笑)
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