妊。






 「あ、ゾロ!!見て見て!!」

 「何だ」

 「はいはい競争だって!!」



そう言って指差す方向にゾロが目をやると、特設会場が設けられた広場に、何やら人垣ができていた。


垂れ幕には、『第3回赤ちゃんハイハイ競争』と書かれていた。


母親や父親らしき人間に取り囲まれながら、
コースでは赤ん坊が5,6人、スタートラインに座り込んでいた。
合図とともに、ゴールで待ち構える母親は一斉に名前を呼んだり手を叩いたり、必死になっていた。

そんなものは関係ないと言わんばかりに、
赤ん坊達はノラリクラリとそれぞれで勝手に行動している。
全く動く気配の無いものや、
かと思えば一目散に母親に向かっていこうとする孝行息子もいた。
たまに逆方向に這い出して、係の者に抱きかかえられ方向転換させられていた。





 「うっわー!ちょっとすごいカワイイ!!どうしよう!!!」

 「どうしよう、て言われても」



確かに必死にペタペタと這う赤ん坊の姿は、見ていて思わず頬が緩む。



 「あーー、子供欲しーーーー・・・」

 「・・・・・・ほー・・・・」

 「・・・・・・・・・・・・・・べっ!別にあんたの子供が欲しいって訳じゃないわよっっ!!?」

 「へーへー」























 「あーー・・・・」

 「どうしたナミ?調子悪いのか?」



キッチンのテーブルに崩れるようにうつぶせたナミに、
チョッパーは慌てて声をかけた。



 「うーん、最近なんかダルくて・・・吐き気もするし」

 「風邪でも引いたんじゃねぇのか?熱は?」



ナミの正面に座っていたウソップが、顔を覗き込みながら聞いた。
ナミは自分の額にぺたっと手を当て、呟く。



 「ずっと微熱な感じ・・・」

 「・・・・・ナミ、生理は?」

 「・・・・・・・・・・・えっ!?何よ突然!!」



クルーが皆揃っているキッチンでいきなり聞かれて、
ナミは顔を真っ赤にしてチョッパーを睨む。



 「医者として聞いてるんだよ!ちゃんと来てるか?」

 「あ、そ、そっか。えーと、・・・・・あれ?もうとっくに来てもいいのに・・・」



日付を思い出すように上を向いたナミは、
計算が合わないのか、小首をかしげた。







 「・・・ナミ、妊娠したのか?」

 「・・・・・・・・・・・・え?」





チョッパーの突然の言葉に、ナミは思わず隣のゾロの顔を見てしまった。






 「何だよ・・・・・」



ゾロは苦い顔でナミを見返す。



 「や、つい・・・」

 「ナミ赤んぼできたのかーー!!」

 「すげーー!!」

 「ああぁぁあぁぁナミさんそんなぁぁぁぁ・・・でも、でも!おめでとうございます!」



ナミを他所に、ルフィたちは面白がってワイワイと好き勝手に騒ぎ出す。






 「ゾロ、何か言えよ!親父になるんだぞお前!」



ウソップが手を伸ばして、ナミの隣に座るゾロの肩をバシバシと叩く。
皆が嬉しそうにしている中、ゾロだけは不機嫌な顔だった。
不機嫌どころか、怒っているようにも見えた。
ナミの方を見ようともせずそっぽを向いている。。






 「・・・・知るか」



吐き捨てるように言ったゾロのその言葉に、
盛り上がっていたキッチンが一気に静まり返った。




 「・・・な、何だよそれ。照れてんのか?お前の子だろー?」



ウソップが慌てて場を取り繕おうとするが、それでもゾロは冷めていた。



 「違う」

 「・・・・・責任逃れする気かクソ剣士!!てめぇそれでも男か!!」



サンジが血相を変えてゾロに掴みかかろうとするが、
ゾロはその手をサッと振り払った。



 「おれじゃねぇ」

 「何が!!」

 「ナミと付き合ってんのお前だろーが!」

 「ゾロ、男らしくねーぞー?」



男どもが一方的に責める中、ゾロは一人イラついた溜息をつき、口を開く。







 「・・・・どうやって妊娠すんだ?」






その言葉に、一同は固まる。





 「・・・・・・冗談キツイぜ、未来の大剣豪・・・」



サンジは口元を引きつらせるが、ゾロはいたって真面目な顔だった。






 「キスだけでガキが出来ると思うのかてめぇは?」



 「・・・・どういう、意味だ・・・」

 「お、おいゾロ、もしかして・・・・・?」




何かを察したウソップは、恐る恐るゾロに声をかける。

ゾロは今度はウソップを見ながら、また言う。





 「まだヤってもいねぇのに、どうやっておれの子供孕むんだ?」





キッチンがシンと静まる中、サンジは信じられないといった表情でゾロを見る。




 「でもお前ら・・・夜とか一緒に寝てんじゃねぇかよ・・・」

 「・・・・『寝てる』だけだ・・・・」



チッと舌打ちをして、ゾロはそれきり口をつぐんだ。

男性陣は、こぞってゾロに同情した。

これで先程からのゾロの態度の理由が判明した。
付き合っている女が、自分がまだ抱いてもいないのに妊娠したと言うのだ。
機嫌が悪くなって当然である。




 「ナミ、どういうことだ・・・?」

 「オイ長っ鼻、まさかナミさんが浮気したとでも言う気か!!?」

 「でもゾロじゃないなら誰だよ!・・・まさか、お前か・・・?」

 「そうならばどんなにか・・・っ!!だが残念ながら身に覚えが無ぇ!!」





 「ナミ」



騒ぐサンジとウソップを無視して、ゾロはようやくナミを見た。
ナミは不安げな目でゾロを見返す。



 「ゾロ・・・・・」

 「誰の子だ・・・・?」

 「し、知らない!私こそ、身に覚えが無いわよ!!」



冷静に聞いたゾロの質問に、ナミはブンブンと首を振って慌てた返事をした。
その態度に、ゾロの何かがプツンと切れた。





 「んな訳ねぇだろ!!誰とヤったんだ!!」



いきなり大声を出したゾロに驚いて、わめいていたサンジたちも思わず口を閉じる。





 「信じてくれないの!?私、ゾロ以外の人とそんなコトしたいと思わないわ!
  もしかしたらっ!酔っ払ってあんたが襲って、お互い覚えてないだけかもしれないじゃない!!」

 「・・・・・・・・・いや、んなことは無ぇ!!忘れてたまるか!!」



しばし記憶を呼び戻したあと、ゾロは覚えが無いと確信し、
再びナミに詰め寄る。



 「第一てめぇ、初めてだっつって泣いてたくせに、何妊娠してんだよ!」

 「なっ!!こ、こっちが聞きたいわよそんなの!!」

 「耐えてきたおれの立場はどうなるんだコラ!!」

 「だから知らないってば!浮気なんかしてない!!」




ヒートアップした2人は、自分たちが色々と爆弾を落としていることに気付いていない。




 「涼しい顔してゾロ、我慢してたんだなぁ・・・」

 「不能かと思ったぜ・・・」

 「航海士さんたら、泣いちゃったのね・・・カワイイわ」






クルーたちに見守られ(?)ながらギャーギャーと言い争うゾロとナミの間に、
今まで口を出さなかった(というか出せなかった)チョッパーが必死に割り込んできた。




 「あの!ナミ!みんな!!ちょっと落ち着いてくれよ!!!!」

 「何だチョッパー!今取り込み中だ!!」

 「あのなゾロ!!まだ妊娠と決まったわけじゃ・・・・!」








 「「「「「「・・・・・・・・・・ん?」」」」」






再び、静まり返るキッチン。






 「・・・・・・え?」

 「だから、単に症状だけの話だから、ちゃんと検査したわけじゃないんだぞ!みんな騒ぎすぎだ!!」

 「あ、そっか」

 「そういえば、そうだよな」

 「何だよ、ややこしいな」



一番最初に騒ぎ出したルフィが、顔をしかめて言った。
ふーっと息を吐くチョッパーに、ゾロは神妙に詰め寄る。



 「検査って、何すんだ?すぐできるのか?」

 「とりあえず、内診と・・・・」

 「内、診・・・・・・それって、チョッパーがするの?」

 「うん」

 「・・・・・・・・・いやーーーー!!!そんな恥ずかしいのムリ!!!」



ナミの頭に、医学の本で得た知識がよみがえる。





 「内診って、アレでしょ!?あんな格好で!あんなトコに!!!」

 「でもナミ、ちゃんと検査しないと!ゾロが変な誤解したままになるだろ?
  それに生理が遅れてるのは事実なんだから、もしかしたら他の病気があるのかもしれないじゃないか!」

 「・・・・うー・・・・・・・・・でもイヤ!!」



顔を真っ赤にして、ナミはブンブンと頭を振る。




 「航海士さん、次の島は?」

 「え?」



突然話題が変わり、ナミはきょとんとロビンを見る。
ロビンは大人の笑顔で続けた。



 「船医さんだから、恥ずかしいのよ。知らないお医者様なら『診察』で割り切れるでしょう?
  それにあなたの年ならもう、一度は内診して色々検査しておいた方がいいと思うわ」

 「うー・・・・」



同じ女性のロビンに言われて、ナミはしぶしぶ頷いた。



















翌日手近な島につけたメリー号から、
ナミとチョッパー、そしてロビンが船を下り、病院へ向かった。

残された男たちは、キッチンに集まってそわそわと帰りを待っていた。




 「ナミ妊娠してんのかなー」

 「ゾロはヤってねぇっつーんだから、違うんじゃねぇの」

 「えーー!おれ赤んぼ見てぇよー」

 「・・・・まさかルフィ、お前が身に覚えあったりしねぇだろうな・・」



途端にサンジとゾロの殺気が突き刺さり、ルフィは無言で首を振った。



 「しっかしゾロ、お前も頑張ったなー」

 「・・・・うるせぇ」

 「おれなら耐えらんねぇよ、あんな美女とただ仲良く寝てるだけなんて・・・・」

 「お前と一緒にすんな、エロコック」

 「・・・・・・不能剣士に言われたかねぇな」

 「何だとコラ!!」

 「やるか!?」



 「あーーホラ!帰ってきたぞ!静まれ2人とも!」



ウソップが必死に仲裁し、4人は揃って甲板に出て行き、ナミたちを出迎えた。






 「どうだったナミ!?赤んぼいたか!?」

 「・・・・・・」

 「妊娠、してなかったわ」

 「えーーーーーー何だよー、赤んぼ見たかったーー」

 「いつかは見られるわよ、ルフィ」

 「そう言うならロビン赤んぼ作れよーーー」

 「ふふ、そうねぇ・・」




ルフィとロビンが呑気な会話をしている間、ナミは無言で俯いたまま女部屋に戻り、
ゾロもそれを追うように消えて行った。








それを黙って見送ったサンジたちは、
2人の姿が見えなくなってから、大きく息を吐いてようやく気を抜いた。



 「クソ剣士はちゃんと謝んだろうなオイ」

 「何だよサンジ、どうした」

 「ナミさんの浮気を疑ったんだぞ、腹切るくらいの気持ちでいてもらわねぇとな」

 「あら、きっと大丈夫よ」

 「ロビンちゃん、何で?」

 「きっと仲良しよ、今頃」


















 「・・・・・ナミ」

 「・・・・・・」



部屋の扉を閉め、カウンターの前に立ったままのナミの後姿に、
ゾロはおずおずと声をかけた。



 「・・・その、悪かったな、疑って・・・・」

 「・・・・・いいわよ別に」

 「何だ、その、病気とかも無かったのか?」

 「・・・・・・・・・・・・想像」

 「あ?」



囁くようなかすかな声だったので、ゾロは聞き返したのだが、
ナミはなかなか続きを話さなかった。





 「何だって?」

 「・・・・想像、妊娠」

 「・・・・・・・・・・は?」






ゾロの間の抜けた声に、ナミは耳まで真っ赤にして振り返った。



 「だ、だから何度も言わせないでよ!!」

 「・・・・・・想像妊娠・・・・」

 「繰り返すなーーー!!!!!」



湯気が出そうな顔を押さえて、ナミはその場にしゃがみこむ。







 「想像・・・・ねぇ・・・・」

 「・・・・何よっっ!!!」




ゾロはニヤリと笑いながらナミに近づき、同じように正面にしゃがみこむ。




 「想像で妊娠するほど、おれの子供が欲しかったってか」

 「・・・・・・・・・なっ、なっ、違うわよバカ!!!何よ!!!」



意地の悪い顔でナミの顔を覗き込みながら呟いたゾロを見て、
ナミは半泣きになりながらまた頬を押さえて俯く。





 「お前さえその気になりゃ簡単な話なんだがなぁ」

 「うっ、うるさいうるさい!!ニヤニヤしないでよ!変態!!」

 「この理性の塊のような男を捕まえて変態呼ばわりたぁ、いい度胸だ・・・」



さすがにムカっときたのか、ゾロは眉間に皺を寄せた。
それを見て、ナミも思わず大人しくなる。




 「・・・・・ごめん・・、で、でも!もうちょっと待って!私も心の準備がいるんだから!」

 「へーへー。こうなったらいくらでも待つさ」



片眉をあげて笑うゾロに、ナミも笑った。






ナミの『心の準備』が出来るのは、果たしていつになるのか。
それまでゾロは、ただひたすら辛抱強く待つのみであった。


ちなみにそんなゾロを、男共は同情したりからかったりしたが、
ロビンだけはゾロを『いい子ね』、と褒めていた。



揃いも揃って早とちりクルー。
ナミさんも覚えがないんだから、ありえないでしょうに(笑)。

想像妊娠って、どんなの?
実はものすごく切なくない?
ちなみにうちの先代の犬は、同居の猫が出産すると、つられてお乳が出てました。

あーータイトルが全く浮かばん・・・・。直球タイトル。

2005/12/17

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