過去拍手・其の三十 (2009/01/19〜2009/05/10)

某詩集から勝手にお題拝借シリーズ 016〜020



016:映る


あなたの瞳には、おれはどんな風に映ってる?

女に弱い優男?
戦う海のコックさん?


「サンジくんはサンジくんよ」


そう言って彼女はふわりと微笑んで目を細めたので、
その瞳の真ん中に捕らわれた愚かで最も幸せな男の顔は見えなくなった。


=============================================
某詩集より、1月16日。


017:磨く


「…何やってんだ」

キッチンの前を通ったゾロは、テーブルに向かい椅子に座り込んでいるサンジの背中に気付いて声をかけた。
背中から覗き込むと、テーブルの上には何本もの銀色のスプーンやナイフ、フォークが並んでいる。
サンジはそれを1本ずつ手にとって、布切れで丁寧に磨いている。

「見ての通り、手入れだ」
「ふーん……必要なのか、それ」

まるで宝物であるかのように丁寧にそれらを扱うサンジを見下ろしながら、ゾロはぼそりと尋ねる。
サンジは磨き終えたスプーンをテーブルの脇に綺麗に並べ、また別の1本を取って磨き始める。

「お前だって刀の手入れすんだろ」
「あぁ」
「それとまぁ、同じようなことだよ」
「………」

ゾロが無言になったので、サンジは手を止めて顔を上げた。
背後に立つゾロは、興味津々の子供のような表情でそのスプーンを見つめていた。

「きれいになるモンだな」
「だろ。食器も料理の一部なんだよ」
「わかった」

ゾロが素直にそう言うので、サンジは何故だか嬉しくなって微笑む。

「お前がプロだってのは、よく分かった」

その後の予想外の言葉にサンジは思わず固まって、
それからほんの少しだけ顔を赤くして、はははと笑ってまた手を動かし始める。

「珍しく褒めるじゃねぇかよ」
「…まぁ、別に一流とは言ってねぇけどな」
「……まぁ、そう言うと思ってたよ」
「あ、そ」

ゾロはふんと笑って、離れた。
キッチンから出る直前で、サンジはその背中を呼び止める。

「今日の夜食はピカピカの銀食器で食わせてやるよ、ありがたく思え」
「酒も忘れんなよ」
「さっさと見張り台行け、このアル中」
「誰がアル中だ」

ムッと顔をしかめて、だが大人しくゾロはキッチンから出て行った。
足音が遠ざかると、サンジは手にしていたスプーンを見下ろして、それがピカピカになるまで磨いた。


=============================================
某詩集より、1月17日。


018:おそろい


「お母さん、アイス食べていい」
「いいわよ」

真冬のこの時期に、ワガママを言って買ってもらったカップアイス。
普段はこういう甘いモノは食べ過ぎないように、とあまり買ってもらえない。
誕生日やクリスマスなんかのイベントのときや、真夏の暑い日は買ってきてくれる。
それから半額セールのとき。
母が「食べたい」と思ったとき。
そんなときしか、アイスなんて買ってもらえない。
学校帰りに友達とお小遣いで買うことも出来るけど、太ったり虫歯になったりはイヤなので滅多にしない。
でも美味しいし食べたいとは思うので、この日母が買ってくれたことは私にとっては嬉しいことだった。
別にイベント事は無いし半額でも無かったので、多分母がそんな気分だったのだろう。
とにかくそんな理由で買ってもらったアイスとスプーンを持って、コタツにもぐりこむ。

「美味そうだな、一口くれ」

向かいに座っていた父がそう言ったので、大袈裟に顔をしかめて一口自分で食べた。

「えー、お父さんの一口って大きいんだもん」
「ケチケチすんな」

そう言って手を伸ばしてきたので、渋々ながらそれを渡そうとしたら母の助けが来た。

「それはミラのでしょ。ちゃんと買ってあるから、娘にたかんないの」
「お、サンキュ」

母が苦笑しながら、私と同じアイスとスプーンを父に手渡した。
早速蓋を開けて食べ始めた父の一口はやっぱり大きくて、私はほっと安心して自分のをまた食べ始める。

「冬のアイスっていいよな」
「ね」

父と目が合って、二人で笑った。
ふいにその手元に目がいって、父の使っているスプーンをじっと見つめる。

父のそれは、私が今手にしているお気に入りとお揃いだ。
両親が結婚したときに二人で買い揃えたものらしい。
決して高価なものではないので、もう随分とくすんで柄の模様も取れかけている。
それでも母はそれを捨てずに父に渡すし、父もいまだにそれを選んで使う。

きっと私がいつかお嫁に行って、この家でこのスプーンを使わなくなっても、
これはいつまでもここに在って、両親はいつまでもこれを使い続けるんだろう。

そう考えたら、今自分が母のスプーンを使っているのが急に恥ずかしくなってきて、
急いでアイスを口に放り込んだ。

このアイス、こんなに甘かったっけ?


=============================================
某詩集より、1月18日。


019:時


「よぉ」
「おぉ、久しぶりだな」

本当に、久しぶりに聞いたはずの友の声はあまりにも昔と変わっていなくて、
何だかあの頃に戻ったような錯覚に陥った。
もちろんあれから10年近く経っているわけだからすぐに正気に戻ったが、
だがそんな時間の経過を感じさせない、かつての親友の声だった。

「お前同窓会にも来なかったんだってな、元気か?」
「…お前だって行かなかったんだろ」
「仕事だ仕事。お前は今何やってんだ?」
「シェフだよ」

そう告げると、電話の向こうで友人は「夢叶えたのか、すげぇな」と笑った。
ただ「すごい」とお決まりの返事をされただけなのに、
それが妙に嬉しくて、あぁおれダメだなと何だか泣きそうになった。

「……お前は? 剣道は続けてんのか?」
「あぁ、県警の部に入ってるからな。そこで」
「へぇ…すげぇなお前も」
「別にすごくねぇよ。ところで何の電話だったんだ? 帰省すんのか?」
「…あぁ…あのな……」

口を開こうとして、固まってしまう。
決意して、何度も携帯を投げ出して今日やっと繋がったのに。
それなのに、言うべき一言だけが出ない。

吹っ切れたと思っていたのに。
10年という時間が、あの頃の感情を錯覚だと判断させてくれたと思っていたのに。

声を聞いてしまったら、結局おれはダメなんだと改めて実感するハメになってしまった。

だがもう戻れない。
おれとこいつの間には、10年という時間と距離と、ずっとずっと初めから想いの差がある。


「…おれ、結婚すんだ…」
「…マジか!! 誰だ、地元のヤツか?」
「いや…職場の…女の、子」
「そうか…、おめでとう」
「ありが、とう」

おれがどれほど悩んだかも知らないで、電話の向こうの親友はいとも簡単に祝福の言葉を寄越してきた。
そりゃそうだろう。
こいつはあの頃から、おれの気持ちなどカケラも気付いていなかったのだから。

「式は挙げねぇから、連絡だけと思って」
「そうか、わざわざありがとな」
「それじゃ、な」
「おぅ、また帰ってきたら連絡くれよ。飲もうぜ」
「…あぁ、そうだな」
「じゃあな、本当おめでとう。幸せにな」
「……あぁ」

電話を切って、それから少しだけ泣いた。
親友に恋心を抱いて、10年経ってもそれを引きずって、それなのに他の女と結婚するのだから。
自分がみっともなくて情けなくて最低だと、電話なんかするんじゃなかったと、泣いた。

あいつがおれを覚えていてくれたこと。
知らないとは言え、おれ幸せを祝福してくれたこと。
連絡くれと、飲もうと言ってくれたこと。
声が聞けたこと。

それが嬉しくて、泣いた。


=============================================
某詩集より、1月19日。


020:消える


あぁ、やっちまった。
もう戻れない。

自分が放った言葉を思い出して、自己嫌悪に陥る。

もう、友達には戻れない。


自販機の隣のベンチに腰を下ろし、片手に持った手袋を鞄に詰め込んでから缶の蓋を開ける。

これ選んだら、あいつよく顔しかめてたな。
何でそんな甘いモンわざわざ買うんだ、とか言って。

冷たい両手で包み込んだココアの缶を見下ろして、ふっと笑う。
外気に晒された頬は寒いを通り越して痛いくらいだが、
温かいココアのおかげで手袋ナシの手はそこまで痛くは無い。

上を向いてはぁと息を吐くと、まるで煙みたいな白い息が灰色の空に向かって消えて行った。
雪が降りそうだ、とか思いながら、そんな寒い中で一人ベンチに座るおれはサムすぎる、と自嘲する。
せめて2人なら、違っただろうに。
そう思ったらまた考えたくないことを考えてしまって、ココアを握る手に力が篭る。

あぁ、今日はブラックにすれば良かった。
でも今あんなクソ苦いモン飲んだら、あんまりにも苦くて泣いてしまいそうだからやっぱりココアにして良かったんだ。

自分にそう言い訳して、うっすらと湯気を見せるココアを一口飲む。
そのまままた空を見上げる。

ココアは思ったよりも随分と甘く、
これをあいつに飲ませたらどんな顔をするだろうとかうっかり考えてしまって、
曇り空も白い湯気も吐く息も、全部混じって霞んできた。

あーあ、みっともねぇ。
結局おれ泣いてんじゃん。

やっぱ、ブラックにすりゃよかった。


=============================================
某詩集より、1月20日。


拍手/NOVEL/海賊TOP

日付別一覧

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送